【才能、努力より重要?】セルフイメージを高める4つの方法まとめ

(1/4)三種類のセルフイメージを網羅し最強の方法修正型セルフイメージで実現確率を飛躍的に高める

 

高いセルフイメージと一口にいってもそれは大きく分けてふたつあります。「自分はなんだってできる」と思うことのできている人には大きく分けて二つのタイプの人間がいるということです。それは天才型セルフイメージ努力型セルフイメージです。そしてどっちが実現のために有用なセルフイメージかということは言い切れません。双方に一長一短があるからです。

(1)天才型セルフイメージ

まずは天才型セルフイメージ、これはつまり自分の現段階の能力や才能についてかなり評価している、俗にいうナルシストとも言えるタイプです。

これは批判しているのではありません。簡単に「それじゃダメだよ」と否定される社会においては一種ナルシストくらいでないと自信を保ち、その先で自分の望む人生をおくることは難しいでしょう。「実現力」においてナルシストは褒め言葉です。

このタイプの長所は、有能感が高く、自分は人より短い道のりで結果にたどりつけると思い込んでいるため、がむしゃらに頑張るよりも少し引いたところから効率的な方法を探すことに時間をかけられるところです。焦ることが少なく、めんどくさがりやなことが多く一種努力をバカにしているようなところがあるので、実際めんどうじゃない方法を探しだして効率を最大化することには長けています。

しかしこのタイプのセルフイメージの短所としては自分は効率を高く保つ人間だという思い込みがあり、また失敗しない人間だという思い込みがあることも多いので、無意識に効率を高く保つために時間を多くかけることをためらったり、失敗しそうになると自分の有能感が下がることを回避するために「やっぱどうでもいいかなと思った」だとかそういう感じの言い訳ですぐに実現をやめてしまいそうになる、つまり長期的になにかを目指すことが苦手な点にあります。

それと一度失敗すると自分に才能があるだとか能力があるという信念がゆらぎ、著しく自己肯定感が下がってしまう可能性があるのも難点です。

そもそもこのタイプの人にとってはなにかを実現することよりも、自分の有能感を保つことの方が大事なので失敗しそうなことに挑戦することは少なく、特に大きな理想を持つことなく当たり障りなくという感じで進む可能性が高いかもしれません。また俗に言うプライドが高く、自分の才能を人に知らせることに対するこだわりが強いので、人と協力するという方向に考えを進めることが少ないのも実現にとって障害になります。特に何かに挑戦して失敗したことがない人にも多いセルフイメージです。

 

(2)努力型セルフイメージ

もう一つは努力型セルフイメージです。端的にいって努力すればなんでもできるという方向の高いセルフイメージです。

このタイプの長所は、量がこなせるところです。努力至上主義のようなところがあり、がむしゃらにやることこそが人生と思っていることもあるので、とにかく量をやることに関しては抵抗がなく、実際にその中で失敗しても、特に気にすることなくそれを続けることができるということも多いです。諦めることが少なく天才型セルフイメージを持つ人よりそれを実現する可能性が高いセルフイメージかもしれません。

短所としては、とりあえず頑張ればいいという考えを持っている場合が多く、その場合、方法について少しひいて考える時間をとることが少なかったりして効率が悪くなりがちなところです。

 

(3)ハイブリッド型セルフイメージ

というように大体セルフイメージが高い人というのは上の二つのどちらかに分けられ、一長一短を持つことが多いのですが、時たま二つの長所だけを掛け合わしたハイブリッド型の高いセルフイメージを持つ人がいます。それが「実現力」が「方法修正進化型セルフイメージ」と呼ぶもので、

つまり「今の自分にはできずとも、方法を修正して進化していけばできないことなんて何一つない」という風に考えている人のことです。

このタイプの人は、特に自分の現在の能力についてはたいしたことがないと考えていますが、成長していけば未来においては必ずできると信じて疑わない類の有能感は持ち合わせています。そして修正していけばという考えを持っているため、あてすっぽうな努力は意味がないとし、修正していく方法論にこそ焦点が当たっていることが多く、考えることと行動することのバランスがとれていて失敗への抵抗感も少なく、自分の有能感を守るために理想のスケールを小さくするといういわば自分の可能性を縛るということもしないというタイプです。

こういう方法を修正していけば、できないことなんて何一つないと考えるタイプの高いセルフイメージを持っている人間として代表的なのはフェイスブックのCEOであるマークザッカーバーグです。「実現力」の巻末で紹介している10 rules for sucessの中の発言にもあるように彼は常に

「失敗しないなんて不可能で、しかしそれを修正していってあきらめなければ必ず何事も実現できる」

と信じて疑いません。

 

セルフイメージを高くしても天才型か努力型かどちらかしか持たないとしたら実現の可能性を最大限あげることはできません。それらを合わせた方法修正進化型セルフイメージを持つことで実現の可能性を最大限あげることができます。

⇒そういう思い込みを自分にてっとりばやく刷り込むなら10 rules for sucessのザッカーバーグの動画を繰り返し聴くのがはやいでしょう。

すでに言ったように天才型セルフイメージと努力型セルフイメージでどちらが諦める可能性を減らし、実現する可能性をあげるかといえば努力型セルフイメージです。

がむしゃら信仰におちいりがちなのが難点ですが、それが難点であるということを踏まえ、方法への注意を十分に持つことができるならば、努力型セルフイメージを持ち圧倒的な量を厭わないことが実現への近道かもしれません。

セルフイメージを高めると天才型セルフイメージを持つことになりがちかもしれませんが、それは低いセルフイメージを持つよりははましにしても実現の可能性を最大限あげることにはなりません。「できる」と考えるのではなくて「進化すればできる」と考える。もしフェイスブックのマークザッカーバーグのような方法修正進化型セルフイメージを持つことができるならば、長期的に見て自分が実現したい人生が実現する可能性は飛躍的に高まります。

 

(2/4)セルフイメージを高めれば人生の自由度も高まると心得て実現確率を飛躍的に上げる

 

「実現力」ではまず何を実現するにもセルフイメージを上げること、自信を持つことを長期的に最も大事なこととしてあげました。それはセルフイメージをあげ、「自分には一兆できる」「頑張れば99%のことは実現できる」というくらいの自信を持つことができれば人生における自由度が格段に高くなるからです。

もちろんその高いセルフイメージを持つことができれば自分が実現したいことを実現しやすくなる。そういう意味で思い通りにいきやすくなる=自由度が上がるともいえます。しかしそれだけではありません。自信がないことの最も大きな弊害は、自分がほんとうにつきつめたいこと、進みたい道を

「でもやっぱりできそうにないから」

「自分より才能がある人がたくさんいそうだから」

という理由で諦めてしまいかねないことです。そもそも実現しようとする前にそれを諦め、他のとりあえず実現可能性が高そうな道に人を進めてしまう。セルフイメージが低いとそういう意味でも自由度が低い人生を進んでしまうことになりかねません。

もしセルフイメージが高く「別になんとかなるっしょ」と思っていたら、実現可能性が高い道になんか違うと思っていても仕方なく進むということをしなくて済みます。選択の自由度にもセルフイメージの高さは大きく関わっています

 

僕らの社会では「謙虚さ」というものが美徳とされている部分があります。

しかしこの謙虚さというのは自己否定と紙一重です。誰もがなんらかの才能を与えられているはずです。それなのにほんとに心から「自分なんてとりえないっす」と思っていたら、与えられてる才能を見つけ出すこともできません。

自分の中で才能がある場所というのはもっとも短時間でもっとも大きく人に貢献することができる自分の希少価値がもっとも高い分野であり、その結果として返って来る価値量の効率(時給)も高い分野であり、希少価値が高いがゆえに人に代わってもらえる度合いが低いために「自分だからやれること」として自分がやる意義と情熱を感じられる分野です。

そのようにして「自分だからできる度合いが高く、別の言い方をすれば他人に代わってもらえる度合いが低い」という分野においてこそ情熱による過程の充実と結果の効率が両立することができ、それが人を幸せにする最善の方向性と考えられますが、自己否定をして「自分に希少価値を発揮できる分野なんてない」と考えていたらその方向性が見つけられなくなってしまいます

 

 

 

自分に自信を持っていること。自分が何か高い希少価値を発揮できると思っていること。それは日本においては「ナルシスト」だとか「傲慢だ」とか言われることが多いかもしれません。

しかしほんとうに傲慢なのは自分に才能が与えられていながらそれから目を背け、結果として自分のものとして私物化し人のために活かそうとしない態度ではないでしょうか。

勘違いでもいいから「自分には一兆できる」「もっと素晴らしいすごい人間のはずだ」と自信を持つことができるならその「もっとすごい人間」を実現すべく、自分がもっとも効率よく人に価値を与えられる分野を探し出すことになるでしょう。

そしてその分野である種「お前らと一緒にすんな」という気概を持って努力し、実際に「すごい」に値する価値量を提供することになるでしょう。世界から見てもその人間が勘違いくらいのセルフイメージの高さを持っていた方が、その人間が「自分なんて」と思って才能を見出すことも、ろくに努力することもしないがゆえに、特にその人間の希少価値も高まらず結果特に大きな価値も提供されないよりありがたいはずです。

そして過去においては勘違いくらいのセルフイメージを持ち、その自己像に沿う自分をつくるべく努力をし、その先でより希少価値が高い=より自分にしかできない仕事ができたなら、自分がこの世に生まれたことに対してより大きな意義を感じられるはずです。

そういうより自分だからできる貢献によって感じられる、自分がこの世にいることに対してのより大きな意義こそが、長期的な幸福感の根幹を為すのではないでしょうか。子供が生まれ親になることだって子供にとって一人しかいない親として子供に貢献する、つまり世界で自分にしかできない貢献=自分だからできる度合いがもっとも高い貢献によって自分がいる意義をかなり高めているとも言えます。

セルフイメージが低くていいことなんてあるでしょうか? 筆者も軽い鬱状態でセルフイメージが著しく低い時代を過ごしましたが、その頃の方が今よりよかったことなんてひとつとして見つけられません。

セルフイメージが低いと,

批判されるとすぐに落ち込むし、

・自分はたくさんのことを諦めるしかないんだとしか思えないし、

・人が羨ましく見えるし、

・才能なんてないとおもっているから自分を活かす活かさないというが概念がなく、いやなことでもやるしかないとしか思えず、

広範な意味での奴隷的な状態に陥りやすくなるかもしれません。

 

セルフイメージの低さはそういう意味でも自由の敵ということもできます。そんな人生のどこが楽しいのかという話です。

奴隷的な状況にあってしかるべき、自分にはそれを打開して独立不覊で生きていける力がないと思い込んでいる人間が不自由な状況から抜け出せるわけがありません。セルフイメージの低さは「たいした人間じゃないから他に選択肢がない」という思い込みを生みその先で不自由を拡大します。

日本社会は明らかに平均的なセルフイメージが低すぎるでしょう。そんな社会において「謙虚だよね」と言われいてるのは「自分の中で活かすべきところも見つけないでのうのうと自分の幸せだけ考えて生きてるよね。だから不幸なんだよ」くらいに受け取った方がいいという気がします。

持つべき謙虚さがあるとしたら「自分なんて」と思うという類のことではなく、

「自分は才能はあるしこの世に理由を以って創造された素晴らしい人間だが、だからそれを活かす必要がある」

という類のものではないでしょうか。

しかし、周りを見ていて明らかにナルシスト寄りの人の方が人生楽しそうですし、持つべき謙虚さなんてほんとはなく「なんで認めないんだ!」という面倒な主張をして人に迷惑をかけなければいいのかもしれません。そしてやはり自分を肯定しきっている人は他人に対しても否定的なことを考えていないという印象を受けます。めでたい人になれるならできるだけめでたい人になった方が身のためかもしれません。

「謙虚がいい」なんて僕らの人生を潰す価値観を真に受けないことをお勧めします。逆に現代社会で「自己愛強いね」くらいに言われていないと、自分の可能性を無駄にしているかもしれません。人に比べて何かができるという才能は、人に比べて何かができないという欠陥と引き換えに与えられているものだと考えられますが、自分に才能なんかないと思い込んでいることで才能の代償である欠陥にしか焦点を当てられなくなっているのかもしれません。自分の才能に焦点を当ててそれを活かさない限りその代償として失っているものばかり目立ち、それに振り回されることになるのは間違いありません。

もし人に比べて圧倒的にできないことがあるのなら、きっと人に比べて何かできることがあるはずです。

というより人に比べて何かが圧倒的にできないということが、捉えようによっては誰かを勇気付けられる才能です。才能がないがしかしひたむきにやっていたり、その先で何かを実現できたりということを発信すればそれに背中を押される人はたくさんいるはずです。

そもそも自信がない人にも、自信を持つことに対して否定的な人と、自信を持つことに肯定的な人がいます。

前者の人に対して「セルフイメージが低くて実現や自分の幸せのためにいいことなんてほんとにあるだろうか」という類の話をしてきたのは、「自信を持つなんて悪」という考えをなんとなく持っていて「自分なんて」と考え続け、ついに活かされることのない筆者よりよほど大きな才能を幾度となく見てきて

「あなたは思っているより何倍も素晴らしいしもったいないからもっと自信をもってよ」

と言いたくてもそのアドバイスが無意味であることをわかっていたので言えずにいたからというのもあります。

決してセルフイメージが低い人に対して「ださい」とか「感謝がたりない」という反感を持っているのではなくて、単純に「もったいないな。ほんとは素晴らしいのに」と思っているのです。

それでも「やっぱ井の中の蛙ナルシストになんかなりたくない」「自信なんて持ちたくない」と思われたなら、もし未来で「やっぱ自信持ちたい」と心から思った時に「実現力」の続きを読んでください。

どっちにしても「自信を持てたら苦労しないんだよな」というふうに思われるかもしれません。実際筆者もずっとそう思っていました。「自信もてよ」という類のアドバイスに対して軽率で役に立たないアドバイスをすんなと思っていました。

あるときまでは自信を持つことに対しても否定的でした。しかし、やはり自信を持つことが自分の実現と自由と幸福には必要だと思い至ったというより考え至り、試行錯誤してそれなりに自信をつけて、やっぱり自信をつけてよかったと思い他人にそれを勧めなければと思った今に至ります。

個人の人生レベルではなく世界レベルで考えても「自分が世界を変えられる」くらいの尊大なセルフイメージを持つ人がいればいるほど支配が難しくなっていくといえます。

「自分なんて」という人ばかりなら基本的に業界や国や世界を動かすなんて他の人がやってくれよという感じで他人事として済ますために、好き勝手やっても大して抵抗する人は現れませんが、「自分は世界を変えられる」という尊大なセルフイメージゆえの使命感をもっているいわば多少痛い人がたくさん出てくると、支配者側が好き勝手やったときに「おいおかしいだろ」と言い出す人がたくさん出てきます。監視がより働くようになります。

やはり個人の人生のみならず世界の自由にとっても一人一人が「自分なんて」と思わずに「自分こそが世界に一石を投じるんだ」くらいに思っていた方が好都合だということになります。僕らが支配者でより簡単に支配したいと思ったなら、面倒な人を減らすために「自分なんて」というセルフイメージが低い人を増やしたり、多くの人が言うことをより一人の人間に影響させてちょっと違った考えを抱かせにくくする仕組みをつくるでしょう。もし「自分なんて」と低いセルフイメージを持っている場合、どこかしらの何かしらの支配に一役買っていると思えばそれを克服することが捗るかもしれません。

「実現力」は筆者が実際に使ってきた方法論も含めて実際に自信を持てるようになるために行動レベルに使える方法論を筆者が知る限り網羅しました。

自信をつけたいけれどつけられない。そんな人にこそ「実現力」の方法論で自信をつけ、その先でより自由で実現したいものを諦める必要のない人生を送って欲しいのです。「実現力」があなたの実現を助けるのみならずより自信をつけることで、より自由で幸せな人生を送る支えになれば幸いです。

(3/4)セルフイメージと一緒に上げる「抽象度」というものさしを網羅して実現確率を飛躍的に上げる

 

セルフイメージが高くなるというのは傲慢になっていくということではありません。どんどん傲慢になって自分が自分がという意識が前に出るなら、セルフイメージの向上に失敗しているということになります。こういう間違ったセルフイメージの向上をしてしまわないために知っておきたい概念の一つに抽象度というものがあります。(どれだけ抽象的かというものさしとはここでは分けて考えます。)

抽象度とは苫米地さんが最初に紹介した概念で簡単な言い方をすれば

どれだけ高い視点で物事を考えているか

ということです。これでは全然なんのことを言っているかわからないので説明します。

抽象度がもっとも低い状態とは全く持って周りのことが見えていない状態です。つまり自分のことしか考えていない、いたって利己的な生き方といえます。

自分の目が足元にある状態を想像してください。そして、抽象度が一段高くなり視点が自分の頭を超えるところまでくるとようやく自分以外のこと、自分の周りの人間のことが見え始めます。さらにその視点が高くなると周りの人のみならず自分がいる組織全体のことが見え始めます。

そしてさらに視点が高くなると自分がいる組織含む業界全体のことが、さらに高くなると業界を超えて国全体、さらには世界全体、最終的には宇宙全体のことを考え始めるということです。

宇宙全体のことを考える意識というのはなかなか想像しがたいですが、そこまでいかずとも視点が高くなるとともにより広い範囲の幸福のことを考えるようになるということですね。また空間について視点を高く持つことに限らず、時間について視点を高く持つことも抽象度を上げていると捉えます。

たとえば今の自分の利益にしか興味がなかった人がだんだん少し視点を高くして未来の自分のことについて考えるようになり、その先でさらに視点を高くして自分が死んだ後の時分について考えるようになる。これも抽象度をあげているといえます。

セルフイメージが高くなってもこの抽象度が上がっていない状態はいってみれば井の中の蛙状態です。ほんとうに極限にセルフイメージが高くなった人間というのはただ自惚れているだけの人間ではなく、自分がそれだけの能力や技術があるという自負に基づいてだからこそ人より広い範囲の幸福のことを考える責務があるという使命感を帯びた人です。

なぜならセルフイメージが高い=自分をすごいと思っている=成功しているととらえるならば、成功というのが人に貢献したことの対価である限り、自分が大きな成功をするすごい人間だと考えるのは、自分が並の人より他人に多くを与える人間だと思ってることに等しいからです。

セルフイメージが最高に高かった人たちとは具体的にいえば本気で国や世界を変えようとした人たち、革命家でいえばチェゲバラ、アーティストでいえばジョンレノン、起業家でいえばジョブズ、そういう人たちです。

彼らは自分自身に最大限の自信を持っていましたがそれだから自分は何をしてもいいという独善的な思考に陥ることなくだからこそ、広い範囲に貢献するようなことができるしする必要があると考え、その人生を全うしました。低い抽象度とそれに伴った使命感のない自信は自惚れの域を出ないのでとてももろいのです。利他性なき自信は傲慢であり人生における調和を著しく損なうでしょう。そしてどれだけ抽象度を上げられているかということがそのまま物事に取り組むエネルギー、俗に言うやる気に直結してきます。

抽象度が低くこれが実現できても自分だけしか得しないと考えてやるのと、抽象度が高くこれが実現できたら世界中の人たちの生活をよくできると考えてやるのと、どちらがやりがいを感じ情熱をかけられるでしょうか

十年後の自分のためにやるのと、これをやらなければこれから100年、200自分が死んだあとも誰もやらないから自分がやらなければならないと思うことをやるのとどっちがやる気がでるでしょうか。

きっと後者でしょう。子供を持った親がそれまでより仕事を頑張れるのは自分のためというところから二段抽象度が上がって家族のためにという視点でやるからと捉えることもできます。

抽象度が高いとは

視点が高い=位置エネルギーが高いというようなもので行動に落とすときのエネルギーが高まる

というイメージだとわかりやすいかもしれません。

 

ここで筆者は抽象度が高ければ高いほどいいと言っているわけではありません。世界を変えることよりも目の前のほんとに幸せにしたい人一人のために頑張った方がやる気が出るというケースももちろあるでしょう。

あくまで抽象度があがればあがるほど使命感をモチベーションを加算しやすいという傾向の話をしています。そしてたとえば孫正義のように「一兆二兆と豆腐のように数えられるくらいの会社をつくる」というスケールの理想を持った場合、そのスケールに合わせて一千万人二千万人に何かを与えられる人間というセルフイメージを持たなければ実現はおぼつかず、周りの人しか見えていない、十年後のことしか見えていないという抽象度ではセルフイメージを保つことも実現をすることも難しく、実現したい理想のスケールに合わせて抽象度という視点もあげる必要があるということです。

どこでもドアをつくりたいという誰もできると思っていないような理想を実現するなら、誰も世界で実現できると思っていないことを自分は実現できるという程度のセルフイメージを持たなければなりませんが、その鬼のように高いセルフイメージは鬼のように高い抽象度、世界を変えるんだという視点と共にしか持つことができないということです。

 

抽象度とやる気について詳しくは中期の方法設定について、短期の集中力についてでも話していきます。とにかくセルフイメージを上げる際は抽象度(利他性)も上げていなかなくてはバランスが取れずに結局そのセルフイメージは崩れることになるということです。

筆者は孤独には二つあると考えています。孤高孤低です。この高低は抽象度の高低のことです。

抽象度がいたって低い状態、自分のことしか考えていない人とは人は一緒にいたいとは思いません。お互いに価値を循環できる人としか人間関係が続かないのは当然でしょう。しかしまた、一人一人が自分のコミュニティのことしか考えていない中でそれより広いコミュニティのことを考えている=抽象度が高い、という場合も人は孤立しがちです。

たとえば、会社で会社の利益が短期的には最大化するような方向性に対して「しかし、それでは業界を長期的に利することにはならない」という考えを唱えて反対すれば、たちまち孤立してしまうかもしれません。抽象度が周りより高いというときにも孤立は存在するのです。

筆者は坂本龍馬の

「正義を唱えたために孤立するのは男子の本懐だ」

という言葉が好きですが、孤立したときにその孤立が必要性のあるものなのかそれとも改めるべきものなのかということは自分が抽象度が低いがために孤立している=孤低に陥っているのか、抽象度が高いがために孤立しているのか=孤高であれているのかということを考えて見るといいかもしれません。

抽象度を上げることができれば、自分が業界や国や世界をも変えるくらいの貢献をするんだと思うことができれば、自分に自信をもつことも容易になり理想の実現も圧倒的に容易になります。

 

(4/4)才能は思い込みの足元にも及ばないという希望というより事実を網羅して実現確率を飛躍的に上げる

 

第一の長期の理論に関しても中期、短期に関しても筆者は「才能」というものを式の中にいれていません。才能があるかないかが小さいことだは言いません。それはかなり大きなものです。でも才能があるかないかが大きいとしてもそれが足元にも及ばないくらい大きいものが僕らの人生を左右しています。それはもちろん「思い込み」です。

人間はほとんど思い込みの奴隷です。人生は5年10年という長いスパンで見れば自分の思い込みを実現していく過程にすぎません。「実現力」は

努力量とは自分が思い込む自分と現状の自分の差でしかない

と考えています。この自分が思い込んでいる自分というのがセルフイメージです。

そしてこの思い込みの前では才能なんて足元にも及ばないくらい無力な存在です。才能があっても自分は大したことがなせないと思い込む人はその才能を使わずにそういう人生を歩みますし、才能がなくても自分は世界を変えられると思い込む人はどれだけ才能がなくてもついには世界を変えるでしょう。「実現力」はそういう思い込みの致命的な重要性を前提にして書かれています。

ジョンレノンは「もっとも根本的な才能とは自分には何かが出来ると信じることである」という言葉を残していますが、信じるというもっとも根本的な才能でさえも「実現力」で語っていくように技術なのですから、もっとも悪影響が大きいのは才能が大事だと思い込むことだと言えるでしょう。

厄介なのは自分の思い込みというのはほっとくとどんどん世間の大多数の思い込みに寄せられていくということです。「常識なんてしらねえよ」。そう意気込むことは簡単です。でもほんとうにいい意味で非常識な人生を生きる人はきっとそう意気込んだ人の1割にも満たないでしょう。

常識なんてしらねえよと意気込んでいるだけで、環境が無意識に影響を与える常識に対して無防備でいるならば、結局常識的な思い込みを無意識に刷り込むことになり、その結果「世間一般的に考えてできることは成すしできないことは成せない」という人生を送ることになります。

何らかの目標の実現を目指すならその目標を自分は達成できるという思い込みを、自分の中に維持することに最大限労力をかけなければいけない。思い込みが全てです。それを徐々に変えることができれば徐々に確実に人生を進化することができます。

この思い込みの重要性は「実現力」だけが主張する馬鹿げたひとりよがりなものではなく、

・社会心理学において、「予期したものが意識的、また無意識に予言に沿った行動をとることにより、予言が成就する」という予言の自己成就という現象として科学的に語られていたり、

・偽薬でも与えられた人間が薬だと信じ込めばなんらかの改善がみられるプラシーボ効果として医学的な現象として語られていたり、

・自己変革についての名著である七つの習慣の著者スティーヴン、コヴィが「私たちは単純に、物事は「こうだ」、あるいは「こうあるべきだ」と思い込んでいるだけである。そして、私たちの行動や態度、考え方そのものも、こうした思い込み=パラダイム(考え方、見方)から生じている。」と言っていたり、

・自己啓発の大家、マーフィーの法則で潜在意識にあることが実現していくと言われていたり、

・引き寄せやアファメーションが思い込みを変えることに過剰すぎるほどこだわっていたり、

・具志堅用高さん、大野智さん、羽生結城さん、中村俊輔さん、などなど多くのパフォーマーや有名な演奏家を多数輩出し続けるジュリアード音楽学院すら、練習時間の長短よりイメージトレーニングに力を入れて自分が素晴らしいパフォーマンスをできると思い込むことに莫大な労力を費やしていることからもわかります。

いたって未熟でたいしたことがない井の中の蛙な例で恐縮ですが、高校三年生の夏に文転して東大に合格したりビジネスを始めて一年足らずで1日で数十万円の収益を出す経験をしたり、自分の本を出したりという世間一般的に考えれば多少は難易度が高いと言われることを、筆者がどうして実現してこれたかといえば、特別な才能があったからではなく、15のときの挫折による軽いうつ病の時代を経て自分はほとんど自分の中の思い込みの奴隷だということを思い知っていて、それを変えることに人の何十倍も労力を使ってきたからにすぎません。

キチガイじみたことも自分の思い込みを維持するためには厭わずやってきました。多くの人は何か目標を目指すとなったときにその目標のために必要だと思われることをやることに力を費やしますが、筆者はそれよりもまずその目標ができると自分に思い込ませることのに最大限の力を費やしました。その目標をゆくゆく実現するだろうという思い込みさえあればそのために必要なことを自分が勝手にゆくゆく行おうとすると確信していたからです。

人間の脳は一秒間で日本が誇るスーパーコンピューター京40匹分の活動をしているといいます。頭の良し悪しなんてたいして重要じゃないでしょう。どんな脳だって現代のスーパーコンピューターをはるかに超える脅威的なスペックを持っているのですから大事なのはその使い方です。そして人間の脳は思い込みを実現するために最善をつくします。

人間の行動の九割は無意識的なものだといわれています。一秒間でスーパーコンピューター40匹分の脳が一日中かけて無意識に自分の思い込みを実現するために動いているということでしょう。その目標を実現できると思いこめるようにどんどん最善をつくしましょう。その思い込みがなければ目標を実現することは難しいでしょう。逆にその実現を思い込むことができるならばその思い込みを実現すべく圧倒的に優秀な誰しもの脳という超スーパーコンピューターが動き出し人間の行動の九割を占めると言われる無意識の行動を確定し、実現にどんどん向かわせてくれることでしょう。

マザーテレサは「思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい。それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい。それはいつか性格になるから。性格に気をつけなさい。それはいつか運命になるから。」ということを言っています。思い込みが人生になっていくというのは短期的にはそうでないとしても長期的には避けられないことです。

 

まとめ

 

今回の記事では、

【才能、努力より重要?】セルフイメージを高める4つの方法まとめ

というテーマでお話ししました。

(1/4)三種類のセルフイメージを網羅し最強の方法修正型セルフイメージで実現確率を飛躍的に高める

では、3種類のセルフイメージについてそれぞれの長所・短所を含めて解説しました。

(2/4)セルフイメージを高めれば人生の自由度も高まると心得て実現確率を飛躍的に上げる

では、自信を持つことが自分の実現と自由と幸福には必要だということ、そういう人たちが増えれば支配者側も不自由を迫りにくくなるということについて触れました。

(3/4)セルフイメージと一緒に上げる「抽象度」というものさしを網羅して実現確率を飛躍的に上げる

では、セルフイメージと一緒に「抽象度」を上げることで実現確率が飛躍的に上がることについて述べました。

(4/4)才能は思い込みの足元にも及ばないという希望というより事実を網羅して実現確率を飛躍的に上げる

では、人間の行動の九割は無意識的なものであるといわれており、思い込みの強力さについてお話ししました。

 

 

 

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