僕が15でした挫折について

15まで僕は至って幸福な人生を送っていました。
 
恵まれた家庭環境。
本当に14までは何か苦労した思い出がないんですね。
 
学業では常にトップクラス。
ピアノ教室でもトップクラス。
サッカーでも小学生のうちはうまくやるリーダー的立ち位置。
本当にずっと笑っていた。
そんな人生だったんですね。
完全に幸福だったと思います。
挫折を知らないから酷いこと友達に言ってた記憶もあります。
 
でも15でその完全に幸福だった人生は終わりました。
 
中学三年生ですね。
 
まず主に理由は部活動です。
 
僕はゴールキーパーをやっていました。
 
スクールカーストってありますよね。中学くらいまでは。
 
うちの学校だと
サッカー部ってスクールカーストトップだったんです。
 
だから中学二年まではまあ上手くいってました。
 
部活でもそれなりにこなしていたし、
人間関係でも仲良くやっていたし(挫折がないからかひどいこと言ったりした記憶も多々あって一部には嫌われてましたが)、
恋愛も好きな人と付き合っていたし、
 
でも僕が中学三年になった瞬間に全てが変わりました。
 
僕はゴールキーパーで副キャプテンに指名されてたんですが、
マジでどんなに頑張っても
 
高いボール
 
が取れなかったんです。
 
朝練は0730からですが、毎日大体0700に行って練習してました。
チームメイトに手伝ってもらって。
部活終わって家帰ってからも外でて壁に当てて高いボールを取る練習しました。
 
 
でもどんなに頑張ってもダメだったんです。
プラスして
僕はオスグッドという一種の成長痛で
キーパーがするゴールキックも全然遠くに飛ばなくなって。
 
僕はそのときできる最善を尽くしていました。
でも全然うまくいかなかった。
自分のせいで何度失点したか、試合に負けたかわかりません。
 
レギュラーも後輩に取られました。
 
下手くそなのに副キャプテン。
後輩にきついことも言わなきゃいけないわけです。
後輩にもバカにされていたし、
僕のせいで失点した時のチームメイトの「またか」という顔は
忘れられません。
 
僕がチームメイトがたくさんいる部屋に入ると
「おい、ハイボールが来たぞ笑笑」
そうやっていじられる。
僕は笑ってました。ニヤニヤする技術ばっか高めて来ました。
でも今でも夢に出てくるし、
いじめられた方がいじめだと思うならいじめというなら
僕はいじめられてたと思います。
 
自分のせいで失点した時のこと
ハイボールとあだ名つけられていじられたときのこと
今でも夢に出てくるんですね。
それで泣きながら目覚めることも今もたまにあります。だんだん少なくなって来ましたが。
 
中高一貫、週6練
その時の僕にとっては部活が命でした。
それが全くもってうまくいかない。
自分だけうまくいかないならまだしも
自分のせいで何十人に迷惑かけるわけです。
 
下手くそなのに自分の学年にキーパーが一人しかいない
かつ一応上級生アド
それで最終的には試合には出してもらってました。
 
でも本当に自分のせいで何点取られたか。
 
それに加えて
中学三年のクラスにどうしても好きになれない人が一人いたんですね。
でそいつが当時の僕の親友だった奴とやたら仲良くしていた。
そのせいで僕は親友だった奴とあんま関われなくなった。
代わりに一緒にいた奴も好きにはなれなかった。
 
そして当時大好きだった彼女にもふられた。
 
でも一番きつかったのは部活動での挫折なんです。
顧問に「お前がチームの穴なんだよわかってんのか」
そう言われて「すいません」って言いながら号泣。
でもオスグットのせいで練習もそんなにできない。
 
休み時間は大体突っ伏している。
そんな感じになっちゃったんですね。
 
普通に抗不安薬とか必要だったと思います。今おもうと。
 
その時期に聴いていた音楽が
メーデー/bump of chicken
ハルジオン/bump of chicken
というかバンプラッド全般です。
 
中二まで聴いていたのはミスチルとか。
小学生の頃はひたすらスピッツ聴いてましたね。
友達と二人で歌いまくってました。
いい思い出です。
 
登校して友達と会っても無視してイヤホンで曲ききながら通り過ぎる。
そんな感じが一年続いた。
 
三年間の集大成的な最後の試合に
ほとんど自分のせいで負けた後の顧問の言葉を
僕は今でも忘れません。
一生忘れられないと思います。
 
笑いながら
「こんなキーパーだったんだからしょうがない」
 
僕は一生忘れられないし、
彼は教育者として最低と言えると思うし、
僕は本当に一生忘れません。
 
でもカラオケでは、いつも僕はトップクラスにうまかったんです。
だからバンドで成功しようと思った。
何としてもバンドで一旗あげてやろうと思った。
 
それで中二の仲良かった奴らとバンド組んだんですね。
でもそれもうまくいかなかった。
僕ともう一人は本当にプロになってやろうと思っていた。
でももう二人はそこまで真剣にはやろうとしなかった。
即解散。
 
もう自分は複数人でやるのに向いてないと。
そこで即確信したんですね。
 
それで個人競技のバド部に行った。
そこでも人より僕は頑張ったと思います。
でも結局打点を高くしようとしすぎてスマッシュが打てなくて
試合でほとんど勝てない下手くそ。
 
恋愛もうまくいかない。
心を許せる友達もできない。
 
「自分の思い通りにできるようになりたい。」
 
なにも思い通りにいかない三年間
僕は図書館に通い詰めました。
自己啓発を読み漁りました。
 
でもやっぱり
「それができたら苦労しないんだよな」
で終わるものばかりだったんですよね。
 
まず根本の
思考が現実化するから気をつけろ。
それを痛感していたし
実際そうなのを自己啓発で知れたのは良かったと思います。
 
だけど既存の自己啓発、成功哲学では僕は変われなかった。
 
だからその時から既存の成功哲学を元に
それをもっと具体化したもの、
行動レベルに落とし込んで
続けるのに必要な意志量を減らしたもの
 
実現力
 
について研究してきました。
 
それでやっと自分の思い通りに行ったのが
文転してから半年で東大に現役合格
だったんですね。
 
僕はバンプもラッドも全部自分の音楽プレイヤーから削除しました。
ハッピーエンドを歌っている歌。
人生は明るいと思える歌。
例えばamazarashiの未来づくり
大橋トリオのthe long parade
そういうものだけ聴き続けました。
勉強中も聴いてましたね。
 
「このままじゃ受からない。」
 
そういう悲観的な考えに支配されて泣きそうになる。
そういうことがよく起こったので、
勉強中も集中力を犠牲にして聴いていました。
 
もしバンプやラッドをそのまま聴いていたら、
間違いなく東大に受からないどころか、勉強すらできなかったと思います。
「どうせ自分なんて」
 
と思ってしまったら進化はしない。
僕は自分の体験からそう思うんです。
 
僕は未だに部活動での挫折によって
「自分はチームでやるには向いていない」
という思い込みに支配されていて、
どんな集団にも馴染めないし、
そういう孤独から抜け出せていないですが、
 
「自分ならできるはずだ感」「本来ならできるはずだ」「自分こんなもんじゃない」
=高いセルフイメージ
 
これを保つことには成功してますし、
それを保ってもらうことでこれまで結構な人の人生を思い通りな方向に寄せてきました。
 
バンプやラッドを批判したいわけではないです。
実際最近のバンプは
虹を待つ人で
「どこまでもずっと自由」
「そのドアに鍵はない」
って言ってますよね。いけるよって言ってますよね。
僕はそういう最近のバンプの曲は今でもよく聞きます。
 
世界中が
「自分なら変えられるはずだ」
と思えれば、
実際にそれが変わる。
 
僕は光になるという曲で
「人情味顔の奴隷根性にノーをつきつけろ」
と歌っています。
 
「自分なんて」
「自分は動かされるしかない」
そういう低いセルフイメージは
自分の人生も、社会も良くならない。
 
そういう意味あいです。
 
一緒に高いセルフイメージを持って
鬼進化して
自分のみならず
社会を変えていきましょう!