[決定版]モチベーションを維持する具体的な策30の網羅

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この記事は理想を実現する方法論について語った「実現力」という本の一部です。僕のコーチングにおいても利用しているテキストの一部ということになります。

僕の理論においてはモチベーションを「それが実現した後に対して感じているリアリテイ」として捉えており、モチベーションを維持するにはいかにイメージや色々を含めてその理想が実現した後に頻繁に触れるかということが何より重要だという立場です。

つまりモチベーションの維持の技術とは自分が実現を目指す理想が実現した後に頻繁に触れる技術、目標をより多くの回数意識する技術、という風に考えます。そしてこの記事はそのように理想や目標を頻繁に意識するにはどうしたらいいかということからモチベーションの維持について語ったものです。

本の一部をそのまま記事にしたものなので改行がなく多少読みにくいかもしれませんが内容としては筆者が知る限りモチベーションを維持するために行動レベルでできることを網羅したものになっています。この中から2,3個でも採用して自分の理想に当てはめて行うことができれば日々その理想に向かってモチベーションを維持することははるかに簡単になるでしょう。あなたの一度きりの人生にとって価値のある理想を実現する支えになれば幸いです。

以下本からの抜粋です。

中期実現力で方針決定力よりも重要な要素だとした実現後に触れる頻度力について、つまり目標の実現後に触れる回数を増やす仕組みについてです。この実現後に触れる頻度が保てているか否かという部分がモチベーションを維持できるかを大きく左右します。方法決定の実践編はかなり抽象的なものだし一回限りとりあえず行うものに過ぎず、仕組みとはいえないもものだったかもしれません。そしてこの目標実現後に触れる回数を増やす仕組みは本書のもっとも特徴的な方法論であり、結局のところこの目標実現後に触れる回数を増やした先で実現後へのリアリティを保つことのできた人こそがモチベーションと方法への注意を保ち続け理想を実現するといっていいでしょう。何も工夫せずにただ諦めないことを心がけでやっている人となんらかの工夫している人とではモチベーションの保ちやすさに天と地の差があります。そして行動レベルで何の工夫もせずに心がけだけで諦めないように何かを続けることは、僕らが戦場に武器なしで向かうこととなんら変わりがありません。一見、奇妙な方法論が多い部分でもありますが本書の中でどこが他のノウハウと異なっていて、実現の役に立つかといえばこのパートでしょう。もう一度いえば他がいくら足りずとも理想の実現後に触れる頻度を保ち、その先でそれが実現することに対してリアリティを保つことができるならば、モチベーションを保ち続け、その実現のために何ができるかということを自ずと考えることになり、行動を繰り返した先で実現することができるからです。僕らは多くの場合モチベーションを保つのに「心がけ」しか使わず、それを技術だと思って向上してもいないために、モチベーションはより簡単に維持できる余地しかありません。ここに筆者があなたの可能性が自分が思っているより数段大きいと信じる一つの理由があります。全くと言っていいほど向上させていないものである以上、僕らのモチベーション維持の技術は実現後に触れる頻度を仕組みや工夫で保つことで簡単に飛躍的に進化させることができます。

この分野の実践編についても続けやすいものを重要度の高いものとして先に紹介していきます。具体的にはとりあえず効果が大きい小さいはおいておいて、一度やればほとんど自動的に続けられるもの、そして自動的とは言わないまでも比較的簡単に続けられるもの、最期に簡単には続けられないものという三段階にわけています。各段階の中では効果が大きいと思われるものほど先に紹介していきます。
理論編において、目標の実現後に触れる形にはいくつかあり効果が高い順に並べると自分が目指している理想をすでに実現している人が多いコミュニティによって実現に触れる、すでに自分の理想を実現している人に一対一で会うことによって触れる、自分の理想に近い人の動画を見ることで触れる、自分の理想に近い人の音声を聴くことで触れる、理想の実現後を示すような画像で触れる、言葉で触れるという順になることを説明しましたが、この順序というのは効果の順序であり続けやすさ、実践のしやすさというものを考慮していないものです。そしてそういう実践のしやすさという判断基準を何より重要視しているのがこれから並べるリストです。もちろん読むだけでは何も変わりません。ぜひ続けられるものから自分の理想に合わせてカスタマイズして実践してみてください。ほとんど自動的に続けられることだけ実践するだけでも僕らの実現力は飛躍的に向上することができます。

1、ほとんど自動的に続けられること

 

A,家の至るところに理想の実現後を示す画像や文言を貼っておいて実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

やろうと思えばだれでもできること、そしてそれをやることで理想の実現後を意識する回数を確実に増やせる行動です。一度自分が日常的に見るところに貼れば、あとは自動的に自分が理想の実現後に触れる回数を増やすことができます。
家の至るところというのは部屋だったりトイレだったりリビングだったりどこにでもといえますが、その中でどこに貼るかといえばトイレ、風呂、寝室の三箇所です。昔から「馬上、枕上、厕上」という言葉があります。物事がひらめくのは移動中、寝ている時、排泄をしているときだという中国の教えです。そして物事がひらめくときというのは自分の表層的な意識(顕在意識)が後退しているときだと言われています。それはなんとなくぼーっとしているときだったりうとうとしているときだったり、端的にいえばリラックスしているときです。一説では脳波が関係していて、人間が普段生活しているときの脳波であるβ波(14〜38hz)からα波(8〜14hz)に下がっているときだともいわれます。脳波のことはさておき、簡単にいえばリラックスしているときこそ自分に何かが刷り込まれやすい状態だということです。そして家にいてどこで僕らがリラックスするかといえばトイレ、風呂、そして寝る前と起きた直後の寝室の三つです。この場所で自分の理想を実現したあとをイメージできる情報と、それに触れる機会をつくれれば自分が理想の実現のためにモチベーションを保つうえで大きな支えとなってくれるでしょう。
まず貼りたいのは理想の実現後をあらわすような画像です。たとえば車が欲しい人ならその車の画像でもいいかもしれませんし、川のほとりに別荘が欲しいという人ならそういう別荘の写真でもいいかもしれません。注意すべきは「あたかも自分のものになっているように画像を工夫して選ぶなりアレンジするなりする」ということです。たとえば高級車の画像だったら車屋にある高級車の画像ではいけません。それはまだ買っていないという状況を僕らに想起させるからです。たとえばもしかしたら高級車の外観よりも運転席から見た助手席の方が自分が乗っている=手にしている感覚が得られていいかもしれません。自分の家の空の車庫の中に欲しい車の画像を切り抜いて貼ったようなものでもいいかもしれません。
ある歌手は下積み時代のエピソードに自分が好きだった三人組のバンドのポスターの中の一人の顔の上に同じくらいの大きさの自分の顔を貼り付けていたというものがあります。そのポスターを見るたびにその歌手は自分が好きなバンドのメンバーであるかのような感覚を味わっていたのでしょう。まさに自分の理想が実現した後に触れる頻度を高めていたということができます。もちろん貼る画像は一つじゃなくても構いません。
画像より効果はないと思われるものの、もちろん言葉を貼っておくことも効果があります。それは理想が実現した後を示すものである必要があります。つまり「〜がしたい」とか「〜をやりたい」とかいう言葉はそれが手に入っていない現状を意識させるので、効果があるどころか逆効果だということです。理想の実現後を意識するためにオススメするのは「〜させていただき感謝します」という言葉です。感謝は理想の実現後でもっとも特徴的な感情です。あるオリンピックの金メダリストはオリンピックに出場が決まる前からキッチンに「オリンピックで優勝しました。感謝します。」という言葉を貼っていたそうです。彼はキッチンにいくたびにオリンピックで優勝したあとという彼の理想の実現後の心境を味わっていたのかもしれません。「〜しました。感謝します」という言葉よりも「〜させていただき感謝します。」という言葉の方をお勧めするのは、一旦完了形で述べてから感謝する言葉よりも「〜させていただき感謝します」という言葉の方が抵抗なく、その理想が実現したときの感情を味わえるような感覚があるからです。別に実現してもいないのに感謝するというのはかなり違和感のあることだと思いますが、理想の実現への足が止まってしまうことのもっとも多きな理由は理想が実現したあとに大して感じているリアリティが足りないからです。本気で実現を目指すなら実現後に触れる回数を無理矢理でも増やさない手はありません。
一度家に貼ることができれば、その後何度も何百度も理想が実現したあとを意識する回数を増やすことができます。これをするだけでモチベーションの維持を飛躍的に簡単にすることができます。

B,PCに目標実現時を喚起させる画像や言葉を一定時間ごとに自動表示して実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

これも一度設定すればそれ以後のPC作業中何度も自動的に理想の実現後を意識する回数を増やすことができる仕組みです。たとえばネット上で売られているものにサブリミナルソフトというものがあります。PCを開いているときに、設定した時間ごとに画面に設定した文言なり写真を表示してくれるというものです。サブリミナルアプリだけではなくリマインダーアプリも使うことができます。リマインドすることにその日のタスクだけではなく、自分の理想の実現を設定するということですね。これらを利用すれば作業中理想の実現時を意識する回数を自動的に増やすことができます。その結果理想の実現へと通じないようなネットサーフィンや作業をする時間も自動的に減るでしょう。
画像は先に説明した通りですが作業中に表示する文言として本書が勧めるのは「〜できたとしてどうやったか?」という質問です。たとえば人類を宇宙に移住させるということが理想であるならば、「人類を宇宙に移住させられたとしてどうやったか」という質問を表示させるのです。これは「人類を宇宙に移住させるにはどうやるか?」という言葉とは根本的に異なります。なにが異なるかといえば前者の言葉は「できたとして」という仮定によって、一旦理想が実現後に触れてから対策を考えられるのに対して後者の「〜させるには」という言葉は理想の実現後ではなくてまだ理想が実現していない現在を意識させる言葉になっているという違いです。当然その質問への答えとして思いつくことも、前者の一旦理想が実現した後を仮定した質問に対する答えの方が、より余裕があり俯瞰的なものになるでしょう。後者の「〜するにはどうやるか」という言葉だとそれが実現できるかわからないという不安や焦りと同居して考えてしまう可能性がありますが「〜できたとしてどうやったか」という言葉なら、すでにその理想を実現したあとの立場で考えることができます。後者の質問で浮かぶイメージのは理想を実現しようともがいている姿、前者の質問でイメージできるのはすでに実現した人が振り返っている姿でしょう。理論編で方法について考えるときには態度として余裕があることこそが大事だという話をしましたが、その余裕を僕ら自身に与えることができる言葉だといえます。この「できたとしてどうやったか」という言葉は他の場面でも重宝します。
それとこれは友人がこの文言の方がいいのではと提案してくれたものなのですが、PC上に表示させる文言として、「理想が実現したときに受けるだろうインタビュアーの質問」を表示することでよりリアリティを持って自分に理想の実現後を刷り込むという方法があります。理論編で言ったように脳はスーパーコンピューターの何倍もの速度で活動しています。その活動を全て自分の理想のに向かわせることができれば、世界中が無理だというような理想さえ実現することが可能です。誰しも自分が想像もしないくらい優秀な装置を脳に持っているといえます。そして脳を動かすための鍵は他のなにものでもなく自分にどんな質問を投げかけているかということです。具体的には、たとえばタイムマシーンを完成させるという理想があるのであれば「どのようにこの短期間でタイムマシーンを完成させたのですか?」という言葉をリマインダーとしてPCの画面上に表示させるわけです。ちょっと長くなってしまうので文言の冒頭にインタビュアーが質問していることをあらわすイとかそういう文字をつけて「イ「どのようにこの短期間でタイムマシーンを完成させたのですか?」」という風に表示するといいでしょう。「〜できたとしてどうやったか?」という現在のまだ実現していない自分が理想の実現後を仮定するような言葉を使うよりも未来のインタビュアーが質問している形にすることで、もっと実現後をリアリティを持って自分に触れさせることができるかもしれません。現代においてPCを見ている時間は相当長いと考えられますが、その時間中常に自動的に自分の理想の実現後に触れられる仕組みをつくるならば日々自分が当てる焦点の中で大部分を自分の理想に当てることができ、その先で僕らのモチベーション維持の技術を飛躍的に進化することができます。

C,壁紙を理想が実現した後に見える景色の画像に変えて実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

携帯の壁紙、PCの待ち受けというのは現代人がもっとも多く目にする情報の一つでしょう。ここを理想の実現した後に見える景色に変えれば、理想の実現時を意識する回数を飛躍的に増やすことができます。たとえばメタルの聖地ウェンブリースタジアムでライブをすることが夢であるメタラー青年がいたとしたら壁紙をウェンブリースタジアムのスタジアム上から見た景色にするわけです。注意したいのはやはり実現したあとの景色でないといけないということです。観衆がとったステージ上にいるアーティストの写真などにすると観衆でいる自分が意識され刷り込まれてしまいます。
そしてそういう画像に設定するのみならず画像の上にまた理想が実現した後を意識できるような文言を画像を編集して貼っておくといいかもしれません。しかしここで貼っておく文言は長くても毎回読むことはないので、できるだけ目に止まるような工夫が必要です。一つは、省略した形で理想が実現した後を意識できるような文言を設定すること。たとえばさきほど話に出したインタビュアーの質問を縮めたものにしてみてイ「な(ぜこんなにも)短(期間で)で(きたのか?)」、つまり「イ「な短で」」という言葉を画像に貼るというのが一つ。その他には目標を大体四文字〜七文字程度に短くして、それをそのまま写真に貼るのではなくその文字を逆から読んだ形で貼ってみます。逆から書くとそれが謎の暗号のような形になりますが、そうなることによって待ち受けを見るたびに「なんて書いてあるんだ」という意識が働いてなんとなく文字への注目を増やすことができたりします。たとえば空飛ぶ車を創りたいなら「そらとぶくるま」という文字をひっくり返して「まるくぶとらそ」という言葉を写真の上に編集するわけです。古代のある魔術師はいろんなものを逆から読むことを積極的に勧めました。速読の方法でも本を頭から読むのではなく後ろから読むとよりはやく文章の内容を把握することができるというものがあります。潜在意識(無意識)では顕在意識とは逆の方向に時間が流れていると言う人までいます。いたって怪しい話ですがこの逆文字の可能性について詳しくはこの実践編の自己暗示についてで話しています。何がともあれ僕らが1日に頻繁に見る情報の一つである携帯の壁紙に実現後を意識できる情報をもってくるだけで飛躍的に実現後を意識できる回数を増やすことができます。

財布に理想を貼っておいて実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める
毎日僕らはどこを確実に頻繁に見るか、その一つが財布です。財布を開いて目に飛び込んでくる側面は僕らが必ず見ると保証できる場所です。その場所に自分の理想の実現後を意識できるような文言を書いた紙を貼っておきましょう。その際、おすすめなのは「〜できたとしてどうやったか?」という質問です。たとえばオリンピックで金メダルをとりたい。そしたら「五輪で金とったとしてどうやったか?」という質問を書いた紙を財布に貼っておきます。これによって作業時間ではない時間にも自分の理想を実現するための方針や方法について考えることができます。そして「〜できたとして」という仮定は一旦実現後に飛ぶ質問なので、実現後に触れるのに最適です。もし財布を開いたときに一緒に飯を食う仲間に見られるのが恥ずかしいなら自分だけがわかる短縮系で書いておきましょう。たとえば五輪で金なら「五金としてどやか?」などと書いておけば何を書いてあるか他の人は知ることができません。そのようにして確実に理想の実現後に触れる回数を増やすことができます。恥ずかしくないならプラスして自分が実現したいことを実現したあとをあらわすような画像を貼っておくのもいいでしょう。財布に理想を貼るだけで僕らの実現したい理想に対する問題意識を飛躍的に拡大することができます。

D,TLに自分の理想を実現している人を多数招いて実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

長期の実践編でセルフイメージを保つために普段見るTLを自分が理想とするような人たちが多数を占めているものにするという一つの策を話しました。そして理想の実現後に触れる回数を多くするためにもSNSのTLを使うことができます。すでにSNS力編で説明したセルフイメージを保つために理想とするような人たち多数を占めるようにしたTLで、自分の理想をすでに実現している人の発言を多く観れるようにすることです。作家になりたい人なら作家がたくさんいるTLをみましょう。ボットではなく実際にリアルで発言しているものなら尚いいですが、たとえば「ノーベル科学賞をとるくらいの発明で人類を前に進める」だとか、実現している人が極端に少ないまたはいないような理想を目指しているのであるならばその実現をするのに必要な異常に高いセルフイメージを持っている人、もしくは規模としてそのくらいの理想を本気で追っているようなボットや発言集をフォローするのがいいでしょう。向こうからフォローが返ってくるかは気にしなくていいですがリアルの友達とつながっているアカウントでそういう意識高い系と思われるようなことをするのは恥ずかしいという人は、長期の実践編で言ったように自分がフォローをしているだけのロム専のアカウントを作って普段見るTLはそちらにし発言はリアルの方のアカウントですればいいでしょう。今は向上心なくなんとなく変化のないつまらない毎日でも、普段見るTLを変えるだけで飛躍的に僕らの進化を捗らせることができます。

E,実際にそれを実現している人が多数いる場所を作業場所にして実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

これはなかなかやり続けることが難しいですが、一度作業場所を自分が目指す理想を実現した人がたくさんいるところに固定することができれば、毎日自分の理想の実現後に触れることができるのでだんだんその理想が実現することが自分の中で当たり前になっていくでしょう。たとえばベンチャー起業をした先で小さな会社の経営を成功させていきたい人がいたとしたら、潰れはせずになんとか会社として存続しているベンチャー企業が集まっているような共有オフィスを借りたり、ある大学に合格したいと考えている人がいたとしたら自習室で勉強するのもいいですが、その大学の近くにある喫茶店に行けばその大学にすでに合格した学生をたくさん見ることができてその姿は理想の実現後を意味しているわけですから理想の実現後に触れることにつながってモチベーションはより上がるでしょう。受験生にとって自習室は自分の理想を同じように目指している人がたくさんいる場所であって理想の実現後に触れられる場所ではありません。毎日は無理でもぜひ自分の理想をすでに実現している人がたくさんいるところで作業する機会を持ちましょう。きっとそのたびに冷めがちだった情熱がまた戻るという感覚があるはずです。すでにじぶんの理想を実現している人が多数いる場所を作業場所にできるなら、実現後へのリアリティをより保つことができ、モチベーションの維持が飛躍的に簡単になります。

F,作業中目に見えるところに自分が理想の実現後に触れられる文言を書いた紙を置いておくことで実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

何か作業をしているときでもふと休憩したときに見るような場所があるはずです。たとえばすでにPCの画面自体に一定時間に一度自分の理想を表示するという方法の話はしましたが、それと同時にPCを見ているときにいやでも目に入るのは画面の下とキーボードの間に余っている部分です。この部分に理想の実現後を意識できる言葉を紙に書いて貼っておくか置いておくかしておくことでPCで作業をしているときは常時、視野の片隅に自分の理想が入っているという状況をつくりだすことができます。とはいえこの画面下の部分というのは周りから丸見えになってしまう部分です。そこにあからさまに自分が何を理想にしているのかということを置けば周りに丸見えになってしまって恥ずかしいという人もいるでしょう。なので画面下に置いておく理想は自分だけが何を書いてあるかわかる形にしておくといいかもしれません。すでに話した逆文字や省略を使うなどして自分の理想を文言でいつでも意識できるようにしておきます。
理想自体を文言で表す以外には、その理想を実現するインセンティブを明らかにしてそれを文字にしていつでも意識できる状態にしておくことです。インセンティブというのはその理想を実現する目的の部分で動機とも言えます。つまりその理想を実現したら何が得られるのかという部分です。たとえばある企業に入社することをめざしているとして入社してその場限り嬉しいという感情を得るためだけに目指している人はほとんどいないでしょう。その入社した先で周りの人よりもよほどいい初任給をもらえるだとか、その先で職を失う可能性が限りなく低くなるだとか、周りの人に優秀なんだねと言われるだとか、ひょっとしたら好きな女の子が振り向いてくれるかもしれないだとか、そういうインセンティブが目標とは別にあって目指しているものだと思います。どんなインセンティブであろうと僕らが心から望んでいるものであれば自分が進んでいく上で強力な原動力になることは確かですし、このインセンティブを得たときの感覚を先取りして得ることこそが、理想の実現後にもっともリアリティを持って触れられる形です。自分が何を得るためにその理想を実現するのかということを明らかにしてそれを書き出しましょう。どんな下らない動機でも構いません。くだらないか高尚かはどうでもよく、とにかく自分に嘘をつかずにそれを得たときのことを考えるとき、一番理想を実現すべく頑張るやる気が出るということを書き出してください。僕らに正直にほんとに得たいものを書かなければモチベーションを維持する策として機能しません。そして理想のみならインセンティブも明確に意識できるように文言にして作業中目につくところに置いておきます。もし人様の目に触れたくないようものならこれも省略した自分だけがわかる形で書いておくのも手です。理想そのものよりその理想を実現した先で何を得られるのかということを明確に書いて、意識できる状況をつくっておくことの方がモチベーション維持に役立ちます。理想そのものではなくその先で得られるもの、インセンティブを毎日より多く目にすることができればモチベーションを飛躍的に簡単に維持することができます。

G,朝の目覚ましに自分の理想を実現している人の音声を使って実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

朝起きた直後というのはその眠気で普段の意識がかなり後退しているときであり自分に何か植え付けるにはもってこいであることはすでに話しました。長期のポイントの実践編では理想に近い人の音声や音楽を目覚ましに設定することでセルフイメージを保つという策について話したわけですが、自分の理想に近い人かつ自分の理想をすでに実現している人の音声なり音楽なりを目覚ましに設定すれば、セルフイメージの維持のみならず理想の実現後へのリアリティもより大きくすることができます。たとえばメジャーリーグで大活躍したいという夢があるならイチローの音声をスマートフォンでの目覚まし音声に設定するといいかもしれません。毎朝起きた直後に自分の理想のことを考えることができれば、一日はより自分の理想に焦点が当たったものとなるでしょう。目覚まし音声は一度設定すればあとは毎朝勝手に鳴ってくれるもの。使わない手はありません。一度設定すれば自動的に寝起きの自分に影響を及ぼし続ける目覚ましの音声を自分の理想をすでに実現している人の音声にすることができれば格段により1日の中でその理想に当たる焦点を拡大することができます。

できる理由だけ書いて明確にし書き留めておくメモをつくっておいて実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

「何かを実現できるかできないかはできる理由から考えたか、できない理由から考えたかだ」という先人の言葉がありますが、できる理由を考えるか、できない理由を考えるかということは、つまり理想が実現した後に触れるのか、理想が頓挫した後に触れるのかということでもあります。できる理由を考えるとき僕らは実現後に焦点を当てていて、できない理由を考えるとき実現しなかったときに焦点を当てていると捉えることができます。できる理由を考えるからできると思い、できない理由を考えるからできないと思うのは至極当たり前のことですが、そうだということがわかったからといって一部の根拠なき自信を先行することのできる才能がある人以外はできる理由からいつも考えるということは難しいでしょう。できない理由ばかり考えてしまえばそれは僕らの理想の頓挫後に触れる頻度を高めることになり実現を遠ざけることになってしまいます。
本書は書き出すことでそれをより意識できるようになる(より焦点を当てられるようになる)ということをよく利用するわけですが、ここでもできる理由から考えることで理想の実現後に触れる回数を増やし、できない理由を考えないことで理想の頓挫後に触れる回数を減らすために、「できる理由だけ具体的に書き出してPCのメモなり、ノートに書いておく」という行動を策としてとることを勧めます。難しいことではありません。なぜそれを実現することができるのかということを考えてそれを思いつく限り書きとめておくだけです。
しかしこれだけでは不十分です。多くの場合、不安になるのはそれが実現できる理由が考えられないからというより、「それが実現できない理由を考えてしまうから」という方が正しいでしょう。たとえば好きな異性がいて付き合いたいけどなかなかアタックできない=アタックへのモチベーションが続かないというとき、「自分の顔が釣り合っていないから」とか「スクールカーストが低いから」とか付き合うことを実現できない理由から考えてしまっているから不安になってモチベーションが続かないということになります。
なのでできる理由だけ書いて明らかにしておくのみならず、できないと思う理由への反論も書いて明らかにしておく必要があります。たとえば先ほどの例で言えば、顔が釣り合っていないというできない理由に対してその好きな異性は顔で判断するタイプの人じゃないだとか、スクールカーストが低いからという理由に対して実際のところその異性もスクールカーストは低いとか、とにかくくだらなくても的外れでもとりあえずはいいので、できない理由に対しての反論を書いて明らかにしておくと不安が軽減できます。人が不安になるとき=理想の頓挫後に触れてしまうとき、思考回路というのはだいたい同じです。そこで「不安になっちゃダメだ。前向きに前向きに。」となんの根拠もなく前向きに考えることを自分に強いたとしてもそれは難しいはずです。不安になるとき自分はどんな根拠を持って、どう考えるからそれができそうにないと思ってしまうのだろう、と自分の思考回路を分析し、それに対する反論なり、その不安になったときの思考回路の的外れな部分なり、代案なり、ともかくにもその思考回路がくだらないと思える理由を書いて明らかにしておけば、前向きに考える理由を自分に与えることができます。たとえば音楽家が「いつか自分が曲をかけなくなるのではないか」という不安に苛まれているのなら「分析して自分の曲に取り入れることのできる曲は世界中にいくらでもある」だとか「曲を書けなくなったらなったでそのスランプがまた自分の肥やしになりその先でいい曲が書ける」だとかいくらでも、いくらでも不安を呼ぶ理想の頓挫後へのイメージを逸らすために考えられる反論はあるはずです。できる理由とできない理由への反論を頭の中に置いておくのみならず書いて明らかにしておくなら、できない理由からいつも考えてしまって不安になるということは少なくなり、理想の実現後に触れる回数を増やして、頓挫後に触れる回数を少なし実現の可能性を高めることができます。できる理由とできない理由への反論を書き出しておくことで飛躍的に簡単にできる理由から考えることができるようになります。

 

H,応援してくれる人の中でも信じてくれる人にしか理想を言わないことで実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

これは理想の実現後に触れる回数を増やすための方法論というよりも理想が挫折した後に触れる回数を最小にするための方法論という感じですが、理論編でも話したように自分が何を成し遂げようとしているのかということをむやみやたらに人に言わないことです。これについては意見が割れていて、逆に言うことでプレッシャーをかけようと主張する理論もあります。確かに言ってしまえば多少はやらなきゃとなるのは確かです。でも問題はやらなければとなるのが理想に向かって進むのに足かせとなる人もいるということです。
たとえばかなり能天気、楽観的な方の人間でプレッシャーをかけなければままいいかあ、という感じになって理想そのものを忘れてしまう、僕らがそういう感じの人だったならば確かにやらなければという感情が多少生まれた方が進むためになるかもしれません。でも逆に割と「こうしなければ」「ああしなければ」という不安な強迫観念のようなものにさいなまれやすいタイプの人だったならば、その上他人からのプレッシャーがかかってしまったら足かせ以外の何物でもなくなります。
プレッシャーがかかるというのは言ってみればそれまで「〜したい」という願望だったのが「〜しなければ」という一種の義務感に変わってしまうということでもあります。なぜ義務感に変わるかといえば人に言ったら「それができなかったときにメンツが潰れる」という恐れが生じるからです。その恐れを感じている状態は言ってみれば理想の実現後と逆の「理想が挫折した後」に触れている状態です。これは本書のモチベーションの維持の方法論からいうとマイナス効果ということになります。
失敗したと思われるのが怖いと思っている人ほど、他人に自分の理想をいうのはいらぬプレッシャーといらぬ理想が挫折した後に対する恐れを抱くことにつながります。そして失敗したと思われることが怖いくらいのプライド、ある意味でのセルフイメージが高いならば、他人のプレッシャーなど利用せずとも理想の実現後へのリアリティを確かに持って理想を実現するモチベーションを高める方法論はいくらでもあります。逆に特にプライドが高く他人から失敗したと思われてもまあいいやというくらいなら別に他人に言ったところでたいしたプレッシャーにもなりません。
ということで目指す理想はやたらめたら人に言わない方が、モチベーションの維持に役立つという話をしましたが、全く言わないで一人きりで何かを目指すというのは全てを自分で背負うことになるためかなり進みが鈍る可能性があります。
本書でお勧めするのは「自分を応援してくれる確信があり、かつ自分を信じてくれる確信がある人だけに基本的に不安、愚痴だけを話す」というものです。なぜ応援してくれる人だけではダメなのか、基本的に自信や確信ではなく不安や愚痴を話すべきなのか、順に説明します。
まず応援してくる人の中でも自分を信じてくれる人だけに絞るべきなのは、「それはできっこない」という思いを僕らのビジョンに影響させないためです。まず明らかに論外なのは自分を応援してくれもしなければ信じてもくれない、いわばドリームキラーと呼ばれる人々に自分の理想を言うこと。どうなるかといえば「いや無理でしょ」というようなことをきっと言われるでしょう。時たまそういうふうにできっこないと言われた方が燃えるという人がいますが、これは相当な自信が元からある人です。理想を目指すときは大抵の人にとって「できるのかな」という不安との戦いです。人から「無理でしょ」と言われてしまえば「無理なのかな」と思ってしまって当然です。
そしてやはり理想を言うべきではないのは「自分を応援はしてくれるけど自分の理想の実現を信じてくれそうにない人」。この人たちは応援してくれはするので、間違いなく味方ではありますしこの人たちに言わないのは多少申し訳なさもあるでしょうが言わない方が無難です。たとえば自分が旅をしてその国の最北端まで行く、くらいの理想ならきっとできないでしょと思われることはないので悪い影響は及びません。しかしたとえばいっぱしの貧しい農民が国を動かすような指導者にって革命を起こすという周りの一般的な感覚でいえば無理かなというような理想を話した場合、応援はしてくれて口には出さずとも「いや無理でしょ」と間違いなく思われることになり、その無理でしょというイメージがプレッシャーとして自分の理想に影響することになりかねません。根拠は現段階ないかもしれませんが、経験論としてよく言われるように、人の想いと想いはどこかでつながっているのでしょう。自分の理想を話して最初自分がそれができると信じて疑わなかったとしても、誰かが「いやできっこない」と思ったならその言葉を聞かずとも自分の理想の実現への自信に陰りが出る。そんな経験をしたことが筆者はありますし、そんな風にしてこれまで数多の理想が死んでいった。そんな風に思わざるをえません。ある芸能人は自分の芸能人になりたいという思いを恥ずかしいからという理由で誰にも話さなかったそうです。結果的に彼は芸能人になる夢を叶えましたが彼が誰にも話さなかったというのは彼が芸能人になれるという確信を保つのに役立ったのではないでしょうか。
だから理想を話すとしたら応援してくれる人というよりは「自分の理想が実現することを信じてくれる人」にすべきです。たとえば自分自身がその理想が実現するか半信半疑でも、すでにその理想を実現している人だったり、根拠のない自信を持つ才能があるタイプの人にあって「そんなの普通にできるっしょ」と信じてくれるというより当たり前に実現するものとして言われたなら、なんとなく特に何が変わったわけではないけれどできる気がしてくるという経験をしたことはないでしょうか。筆者自身は何度もあるのですが、そういうときやはり僕らの理想にたいして他人の「できるでしょ」という想念が影響することで自分の理想の実現への自信が増しているのかもしれません。
つまり理想を言うべきか否かというのは応援してくれるか否かということではなくて、自分が実現する理想が実現することを信じてくれるか否かという基準で考えるべきだということです。つまり自分の理想がどれだけ突拍子のないものかということや、一般的な感覚から言って実現を信じられるかということによっても自分の理想をいうべきかということは変わってきます。たとえば落第寸前の生徒がクラスメイトに「なんとか落第しないように頑張る」という理想を話して他のクラスメイトにとって落第しないことは当たり前だとしたら、その理想の実現確率は上がると考えられます。他方、落第寸前の生徒がいきなり「校内一位をとる」と言ったとしたら周りの「そんなの無理でしょ」という想念が自分の自信に影響して誰にも言わないよりも実現の確率は下がる(理想の実現後にたいして感じるリアリティが失われる)」と思われます。
ということで自分の目指す理想が世間一般的な感覚から言ってできないように思われる突拍子のない理想であればあるほど、誰にも言わない方が無難です。周りがドリームキラーであふれているとき、何に関しても「そんなのできっこない」という思いであふれいてる状況にいるならば尚更です。
そしてなぜ自信や確信よりも愚痴や不安を言うべきなのか。それは「話すは離す」というのが事実であるように思われるからです。つまり理想の実現への自信や確信を話せばそれを離すことになります。逆に愚痴や不安を話せば離して荷が降りることになります。フロイトは「孤独においては人がその中に持ち込んだものだけが成長する」ということを言いましたが、もしそうであるならば理想を目指すにあたって障害になるようなことは人に言うことで成長させず、理想を実現するために必要なものは人に言わずに自分の中で成長させるべきなのです。だから愚痴や不安の方が人にいうべきです。自分の理想の実現を応援してくれる人にそれを言えば、きっとその愚痴や不安にたいしてなんらかの反論をしてくれたり、その懸念を解決するような助言をしてくれたりしてより理想の頓挫に対するリアリティを薄めることができるでしょう。
確信や自信を失いたくなければ人に言わない方が無難です。「できる」という確信を話してそれを「いや無理でしょ」と否定されるとそれまで自分を支えて進め続けていたものを失いかねません。そしてそれを自分の中で育てる方法論はいくらでもあります。
誰が自分のことを応援してくれているのかわからない。そういうときは逆に、自分自身が誰を応援しているのかということを考えてみることです。大抵人は鏡で自分が心から応援できる人は、僕らのことを心から応援してれているものでしょう。
とここまで理想は人に言わない方がいいという話しをしてきましたが、それは自分の目指す理想がそれなりに自分勝手なものでしかないときの話しです。もしそういう一人で理想を抱え込むような歩みが嫌なら、みんなで目指せる理想を持つことです。言い方を変えて本書のでも解説したキーワードを使えば抽象度の高い理想を持つことです。抽象度については長期の理論編などで解説しています。たとえば世界平和は世界全体を見据えた抽象度が極度に高い理想です。本気でそのレベルに抽象度の高い理想を目指しそれを表現するなら、多くの人がその理想に共感してくれて応援してくれる、そんな風にして人が集まるでしょう。そういう生き方ができれば孤独は克服されるかもしれません。それともっと確実なのは難しいですが自分自身が人を応援し信じられる人間になることです。世界は鏡ということを言いましたが、自分が人を応援し信じられる人間なら他人も自分を応援し信じてくれることでしょう。孤独の本質は自分と他人を分離しているところにあるのではないでしょうか。他人の幸せが自分の幸せであり、他人の悲しみが自分の悲しみという思想を口先ではなく持てているなら、孤独感=自分が切り離されている感覚を感じることもないでしょう。しかし現実的に自分がうまくいってもいないのに他人がうまくいくことを心から願うことはよほどの精神的な才能があり綺麗な心を持っていない限り不可能です。だから多くの人は理想を実現するために、多くの他人を素直に応援できもしなければ信じられもしない状況で目指すことになりますが、そういう状況でめざす場合、理想をやたらめたら人に言うのは自分と同じように他人を素直に応援できない人からの足かせを食らうことになりかねないので危険だという話しでした。他人を信じたり応援できるようになるための近道は、僕らが自分を信じた先で何かを実現し余裕を持つことでしょう。
先に話したように自分の実現したいことを人にいうべきかということに関しては意見が割れています。実際に言ったり言わなかったりしてどっちが自分が進みやすいかということを試してみることをお勧めします。有言実行というスタンスの方が進みやすいのか、不言実行というスタンスの方が進みやすいのか、それを理解しどちらかを徹底するだけで実現力は飛躍的に進化することができます。

 失敗を挫折ではなく修正の材料と捉えられる考え方を長期的に整えて実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

これは他の方法論と違って行動レベルに具体的というものではありませんが、理想の実現後に触れるのと逆に、理想の頓挫後へのイメージに触れて頓挫後へのリアリティを高めてしまわないために非常に重要なので尺をとって語ります。打たれ弱いかそうではないかということは、セルフイメージにも大きく影響されます。自分は成功者だと思い込んでいれば、多少の失敗があってもどうせ成功するだろう通過点にすぎないと思い込めますし、自分は失敗者だという思い込みを持っていれば、成功しても自分の力ではなく他人の力だと思い込み、この先これが続くとは思えないということになるかもしれません。そういうセルフイメージのつくりかたは長期のポイントに任せますが、失敗に対する打たれ強さというのはセルフイメージだけによらず失敗を修正の材料と捉えられているか、それとも理想の頓挫後へのイメージとリアリティを強めることにつながる挫折と捉えてしまっているのかということにもよります。これはほとんど考え方の癖のようなものです。筆者にも少しの失敗で他の失敗めいたことを引っ張り出して並べて「何もかもうまくいかない」と考えてしまう時期があり、その考え方の癖を矯正することで打たれ強さを作ってきましたが考え方、解釈の仕方はやはりそれまでの考えが積み重なったものなので、一朝一夕に変えられるものではありません。そういう意味では打たれ強さ、不屈の精神をより効率的に身につけようと思えば、セルフイメージを変える方が効率がいいかもしれませんが、失敗の解釈の仕方の癖を変えることができたなら、世の中から挫折という概念がなくなり、エジソンが一万回電球の発明に失敗して言ったように「私は失敗したことがない。ただ一万通りのうまくいかない方法を見つけただけだ。」という打たれ強さの境地に至ることができるかもしれません。そうなればすべてのことを実現することはたやすいでしょう。失敗や挫折という概念が自分の中から消えたならあとは実現か進化しかありません。

ということで改めて言えば、必要なのは失敗を挫折と思わず修正と思うために必要だと思われる「結果ではなく成長に焦点を当てる考え方」と「ハッピーエンド信仰」の二つです。以下この二つを身につけるにはどうしたらいいのかということを行動レベルで考えていきます。

1、結果ではなく成長に焦点が当てる考え方を身につけて実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

A,方法論ノートをつくる

まずは本書の各所で勧めていますし、モデルプラン編では作り方も解説していますが、他のことはおいておいて自分の理想を実現するための方法論だけまとめる場所、できればノートを作ることです。たとえば仕事で独立したいなら自分がする独立の具体的な内容やどんな分野で独立するかなどはおいておいて、実際に独立のための準備を進めながらも独立をするにはどんな方法論があるのかという人に教えられるくらいの再現性のある方法論をノートにまとめていくといいです。
ただ理想の実現を目指しているという場合、失敗は実現が頓挫したという事実でしかありませんが、そこでもし方法論をまとめていたとすると失敗したときに「ああそうか、この方法ではうまくいかないのか」という最善の方法論を研究することの一つの材料になるからです。たとえばトイックで800点を取ることを目指して進んでいて750点しかとれなかったときのことを想像してください。方法論をなにもまとめておらずがむしゃらに進んでいては「ああ、ダメだったか」という結果への落ち込みが大きいかもしれませんが、もし方法論をまとめてどこかに書いて育てていたとすると「ああ、この勉強法はダメだったということで他にいい方法があるんだな。」という風に結果をこの場合ならトイックで800点とるための一つの材料として捉え失敗を方法論をより改良する機会として捉えられる可能性が高くなるでしょう。エジソンの「失敗ではない。うまくいかない方法を一万通り探し出しただけだ。」という言葉は、彼が発明の達成に焦点を当てて考えていたのではなく自分の研究の方法論を研究するというマインドをもってあたっていたということではないでしょうか。失敗を恐れずに進むために頭の中で失敗は軌道や方法の修正でしかないとか思っているだけではなく、方法論を実際にまとめていると失敗を挫折と思わずに方法論の修正と思うことに役立つということですね。
できれば一つ一つの行動を何かを実現するためにやっているという意識ではなく、僕らが方法論をまとめていてこの方法論はどうなんだろうかという試しとして、実験として行えるようになれば失敗を挫折として捉えることはほとんどなくなり材料としか思えなくなるでしょう。
失敗を挫折ではなく理想の実現までの一つの修正と捉えるという考え方は、PDCAサイクルの考え方に近いかもしれませんが、PDCAサイクルを回すという意識でやると結局のところPDCAの先で何かを実現するという達成に焦点が当たってしまうため、PDCAサイクルだけでは失敗ヘの打たれ強さはそこまで向上しないというのが本書の考え方です。PDCAサイクルを使っていくならば図のようにサイクルを回せば回すほど方法論がその面積として育っていくというイメージを持てば、より成長に焦点が当てられるようになるのではないでしょうか。とはいえイメージだけで考え方は変わらないので、やはり方法論ノートを作ってそれを頻繁に加筆修正していくというのが理想の実現より方法論の成長に焦点を当てるのに効果的です。のちにも短期の方法の修正パートで紹介しますが、のちのちその方法論をどこかに公開する気でやっていくと加筆修正がはかどります。場所はFBでもブログでも本でも構いません。実際に筆者は「何かを実現する」ということを実現しようとしたときに、不安が先行したり少し失敗するとへこたれるような人間だったので、まず何を目指すであれ実現する力をつける必要があると考え、この本の前身となるような実現の方法論メモをEVERNOTE上につくり、ことあるたびに加筆修正してきましたが、そのおかげで何を目指すにも自分の実現の方法論の試しとして捉えらえる機会が増えて失敗に対して打たれ強くなった面はあります。ということで結果ではなく成長に焦点があてられる自分をつくるなら、自分が目指していることの方法論だけまとめるノートを作ってそこで方法論を育てていくというのはオススメです。ノートに実際に書き付けると加筆修正が汚くなりがちというならスマホやパソコンのメモ帳などでも構わないでしょう。方法論を育てる場所をつくるだけで飛躍的に成長や進化に焦点を当てることができるようになり、失敗を挫折だと捉える機会が減っていきます。

B,日頃成長に焦点をあてることができている音声や音楽を聴く

これものちに短期の方法の修正のパートでも紹介しています。セルフイメージを始めとする思い込み同様、自分の考え方も自分が触れている情報によってつくられるものです。世の中には研究者をはじめとして、成長や何かを深めることに焦点を当てて生きられている人たちが大勢います。しかしそれは世間においては圧倒的に少数です。何かを深めること(成長)より、何かを得ること(結果)に焦点を当てて生きている人が大多数です。どちらが偉いとかいいということではなく、普通にいきていたら周りの大多数の人間の影響を受けて、結果に焦点をあてる考え方をしがちになりその先で失敗に弱くなるということになりかねないということです。結果ではなく成長に焦点を当てたければ、成長に焦点を当てる生き方をしている人に積極的に触れることです。かつセルフイメージを高められたり自分が理想とすることをすでに実現している人なら尚いいでしょう。そうやって自分の考え方も自分が触れる情報によって変えて行くことができます。また音楽にも成長に焦点を当ててステップバイステップで進化、だったり何かをつきつめるというテーマのものがあったりします。後ほどそういう音楽も紹介していきます。
また昔の日本にあった思想として「精進」という思想があります。のちに紹介する松下幸之助の音声を聴いたりすると顕著なのですが、昔の日本では何をするにしても「これは修行で、この道こそが自分が突き詰める一つの道なんだ。」という思想がありました。一つの道がある、と言う風に考えることは自分が研究する一つの分野がある、自分が進化させる一つの技術があるともいうことができ、つまり結果より成長に焦点を当てられていたという風にもとらえられます。この精進という思想は現代の日本においてはマイナーなものとなってしまいましたが、たまにそういう松下幸之助をはじめとする「精進」思想を持った人の音声を聴いたりして、「この世は修行であり、自分がつきつめる一つの道がある」という風に「道」の精神を思い出すことができたなら、結果に焦点を当てがちな自分の考えをそらして圧倒的に簡単により成長に焦点が当てられるでしょう。

C, なんでもかんでも「力」をつけてラベリングしたメモをPCにつくって加筆修正する

本書は意識してなんでもかんでもバカの一つ覚えで「力」をつけるということをしています。それはそれがなんであれ「力」をつけてラベリングすることでそれが結果を達成するものというより向上進化させる技術だと考えることができるからです。
たとえば近所のママ友との人間関係に困っていたとしましょう。ここで「ママ友との人間関係を良好にする」という風にしか思わないとそのママ友の中のいけすかない一人に皮肉を言われていらっとしただけで「やっぱりここらのママ友との人間関係を改善するのは無理だ」と嫌になってしまうかもしれません。しかしここで「ママ友人間関係力」という無理矢理「力」をつけた技術をつくりその技術を向上進化させていくことに焦点を当てられれば、いけすかない一人に皮肉を言われたときにも「なるほどあの人はこういうときに皮肉を言うのね。」という風にママ友人間関係力を向上させるための材料として感情的にならず理性的に考えられるかもしれません。
ただ「ママ友人間関係力」という考え方を頭の中で考えているだけでは不十分です。「ママ友人間関係力」という名前のメモをPC上なりノート上なりにつくって、気がついたときに加筆修正することでよりママ友との人間関係を向上していく技術だと考えることができるようになります。でもそんなメモをつくったとして結局加筆修正しない。それでもどうしても何かの技術の進化なり成長に焦点を当てたいということならPCのリマインダーなりスマホのリマインダーに「◯◯力」と書いて一日に数回リマインドすることにします。たとえば実現力という技術の進化に焦点を当てたいなら「実現力」と一日に数回リマインドすればいいです。筆者は最近は、本書でも紹介している習慣力にもっと焦点当てたいと考えています。なぜなら習慣力がついて習慣にしたいと思ったことをかたっぱしから習慣にできたなら、人生はもっと劇的に面白くなると考えられ、習慣力という言葉に焦点を当てるときそのワクワク感を感じるからです。習慣力という言葉を見るたびに筆者はワクワクすることができます。だからその言葉を目にする機会をリマインダーで増やしています。このように自分がどんなことを成長するのに焦点を当てたいのか明確にしそれをスマホなりPCでリマインドするならもっとその進化に焦点を当てることができるようになります。素振りをするのではありません。バッティングフォーム力を鍛えるのです。数学を勉強するのではありません。数学力を進化させるのです。本を書くのではありません。「その本力」を究めるのです。(実際に本書も「その本力」というメモをつくって改善的や方針などをそこにメモっていました。)不安を解消するんじゃありません。不安解消力を向上するのです。そのようになんでもかんでも力をつけてラベリングして管理することでよりそれを高めるためにやったろうというより成長や進化に焦点があたった気分になっていきます。本書はやることリストはリマインダーで管理するのではなく,PCのメモにマクロなものはためておいて、ミクロには実際に書き出して消すという形で管理することを短期の実践力編でも勧めています。自分が焦点を当てたときにワクワクするような進化にもっと焦点を当てるならば、人生はもっと面白くなる余地しかありません。

成長に焦点をあてる方法論については短期の実戦編においてはも紹介するので、中期においてはこのくらいにしておきます。

ハッピーエンド信仰を身につけて実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

A,ハッピーエンドを含む作品に触れ続ける

ハッピーエンドの作品とバッドエンドの作品という世の中の作品の分類があります。ハッピーエンド信仰を身につけて最後には必ずうまくいくだとか行先は明るいと思うためには、ハッピーエンドで終わる情報にバッドエンドで終わる情報より圧倒的に多く触れる必要があります。オススメはイメージも残すことができるハッピーエンドの映画です。具体的にどんな作品がオススメかは作品編で話しますが映画はイメージも残りやすいですし、感動モノは感情と一緒にイメージをインプットできるので僕らにより強く影響力を及ぼすことができます。他にも本や音楽、ハッピーエンドの作品はたくさんあります。逆にバッドエンドの作品はいかに好きであったとしてもじゃあその作品に触れ続けた先で、人生は右肩下がりだったり悲劇であるという思い込みをインプットして、その通りの人生を生きる、ということはほんとうに自分の願うことなのかということを自分に問いかけ、もし実際にそれを願わないなら触れることはやめた方がいいでしょう。
筆者が特にお勧めするのがColdplayのMiraclesのPVです。LOUIS ZAMPERINIという戦闘機が撃ち落とされ、海を漂流して助かり、その後の過酷な捕虜体験を乗り切り、またランナーとしても著名な成績を残したという先人の不屈の精神を主に描いている映像作品ですが曲調とあいまっていかに絶望的な状況であっても最後には必ず事態はよくなるというハッピーエンド信仰、そして自分は必ず走りきるという思い込みを植え付けるのに最適です。単純に見ていてとても背中を押されます。曲のクライマックス、曲中でもっとも盛り上がるメロディに合わせて主人公のLouis Zamperiniがランナーとして成績を残しガッツポーズ、またその親しい人たちも喜んでいるシーンや、捕虜生活を終えてzamperiniが歓喜しているシーンが流れ、耐えて諦めず譲らないことこそが全てだというzamperiniの言葉で映像が終わるというハッピーエンドを自分に植え付けるためだけにあるようなPVです。感動せずにはいられないはずです。ZamperiniがこのPVを何度か見て、このMiraclesという曲に不屈の精神とハッピーエンドというイメージを持ち、繰り返しこの曲を聴けばそのイメージを聴くたびに強化することができます。筆者はこの曲をおそらく一千回以上聴いてきましたし、本書を書くBGMとしてももっとも多く使いました。本書を書くことのみならず何度も不安に襲われた時にこのPVを見たり曲を聴いたりすることに助けられてきました。
そこまでして僕ら自身の考え方を変えたくないと思われるかもしれません。ほんとうにそう願っているならいいのですが筆者が心配するのは、現在後ろ向きな考えが自分を支配しているがために単純に希望ある情報や理想ある情報に触れることに非常に抵抗があり、そのためそういうことをするのに虚しさを感じてしまうというケースです。それは筆者自身が実際に体験してきたことでもあります。一時期筆者はそういう希望ある情報を、綺麗事を並べる人の気持ちがわからない軽率なゴミとして軽蔑しそれを避けていました。しかし大事なのは現状の自分がどんなものを好むかということではなく、自分がどんな人生を生きたいのかといことではないでしょうか。悲劇的で悲観的な情報に触れ続けその先で悲劇的で悲観的な思い込みを持ちながら素晴らしい人生を望むこと。それこそが絵空事です。ぜひ現状の自分にとってどんな情報に触れることに抵抗がないかといことではなく、実際に実現したいことを実現するにはどんな思い込みが必要なのかということから、日頃触れる情報を決めていくことをお勧めします。自分が抵抗し守っているのは自分を破滅させるような現状の自分の性質かもしれません。自分の理想の人生を実現させるのに役に立たないどころかそれを阻害するような性質かもしれません。ハッピーエンドの作品にだけなんどもなんどもふれつづけるならばそうしないより圧倒的に簡単にハッピーエンドをより強く信じその先で飛躍的に進化することができます。

B,ひどい困難を克服したり幾度の失敗を乗り越えて実現した人の音声を聴く

辛い状況にあるときにハッピーエンドを信じ込むのにオススメなのは想像を絶する困難を乗り越えて何かを実現したりなんどもなんども失敗してもへこたれなかった人の音声です。もしエジソンが一万回の電球の発明の失敗について一万回失敗したのではなく一万通り試したのだと言ったときの音声が残っていたとしたらその音声が失敗なんてないと考えるのを助けてくれたに違いありませんが、残念ながら彼の音声は残っていません。しかし彼に負けず劣らず、ひどい失敗をしたり、幾度となく失敗をしたりしながら自分の実現したいことを実現してきた人が、「困難はあったけれどそれは自分を信じて乗り越えられるものでしかなかった」と確信を持って語っている音声はたくさん残っています。のちに具体的に紹介しますが失敗をしたところで失うものなんて何もないじゃないかと語っている音声も効果的です。そしてもうダメかもしれないと思ったときにそういう音声をなんどもくりかえしていると、困難や失敗が通過点でしかないように思えてくるものです。筆者自身なんども落ち込んだときにそういう音声に助けられてきました。自分が接する情報を選べるようになったということ、それこそが現代以降、一人一人が無限の可能性を持っていることのもっとも大きな理由です。のちにそういう困難を通過点と思うための音楽や音声は紹介しますが、失敗したときに周りの誰も応援してくれないとしても、支えてくれる情報は数知れずあるということを忘れないでください。そういう情報がたくさん限り僕らは望めば助けを得ることができます。かんがえられないほどの困難を克服してきた人の音声をなんども聴くならば、飛躍的に簡単に僕らの挫折や落ち込みを乗り越えることができます。

C,人生の早いうちに失敗による自己否定を繰り返しそれを克服する経験をする

これはなかなか大切だと思っていてもできることではありませんが失敗を失敗だと思わないために必要なことなので紹介しておきます。「成功とは意欲を失わずに失敗につぐ失敗を繰り返すことである」という言葉がありますが、一部の天才を除いて何かを実現しようと思えば間違いなくかなりの量の失敗が必要になります。それが人生をかけた夢や理想ともなればなおさらです。結婚して家庭を持てば自分がとるリスクは自分以外の人のリスクでもあることになります。その点でごく若い内にリスクを多少おかしてでも一度きりの人生を死ぬ直前に後悔しないような道を歩み始めておくことは非常に重要でしょう。社会では年を経るにつれて失敗をすること、リスクをとることが心境的にどんどん難しくなっていきます。そして僕らは基本的に怠け者であるために、失敗して深い自己否定をすることがないと自分を変えようとはしません。そのまま失敗をろくにせずに大人になれば、失敗をしないためのプライドだけが大きくなって挑戦できない人間になるかもしれません。実際多くの場合、大半の夢は追いかけられることもなく、プライドや思い込みのために挑戦されることもなく、諦められたものが大半でしょう。夢は逃げない。逃げるのはいつも自分だという先人の言葉がありますが、大人になる前に大きな挫折をして大きな自己否定や卑屈を克服する経験をしておくと、挑戦することに臆病になって逃げたり、やってもすぐにできっこないと逃げ出すようなことにならずに済み、自分ならうよ曲折あってもできるはずだと思えるようになるはずです。あなたがまだ若いなら実現するためにではなくゆくゆく挑戦することもなく逃げるような人間にならないために挑戦しましょう。大人になると現実が見えて来るという言葉は人生のベストを諦める人の割合は大人になると増えるという確かにある世の中の傾向を言っているのであって、大人は理想と折り合いをつけて生きていくのが正しいだとかそんな意味ではないでしょう。その中でもベストのために挑戦している人は多くいますし、その人たちに悲観的な世の中の傾向なんて見えていないか見えていても気にしていないでしょう。それが大人になるってもんだなんて言葉を真にうけることは、その人たちと同じように後悔だらけの人生を送ることになることに他なりません。自分が真にうける=頻繁に触れる情報の種類をコントロールし、その先で自分の思い込みをコントロールできたならそんな風にベストを諦めて生きる必要なんて全くありません。何度失敗しようともその実現を信じ続けることができるなら確実に実現することができます。まだ人生がよくなることを疑わず変化することを厭わない若いうちに大きな失敗をすれば失敗することを恐れなくなるだけではなく、飛躍的に進化することができます。

2、比較的簡単に続けられること

ここからは自動的と言わないまでも、比較的簡単に続けられる理想の実現後の意識回数を増やすことができる行動について話していきます。

A,毎日、自分の理想を完了形プラス感謝の形で書いて実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める(断言法)

断言法と言われる方法です。書くという作業は脳のいろんな分野を活性化させる作業です。目標を頭で認識するのみならず自分の手で書けば脳のいろんな分野で自分の理想を認識することができるということです。ある脳科学者によれば人間の脳というのは基本的にはカオスの状況にあり、ほっておけばあれやこれやいろいろなことに興味が拡散する性質を持っているそうです。その日は「絶対にやるぞ」と決めたのに次の日にはまあいいやとなっているのは、脳の性質からすると当然のことなわけです。そしてそういういろんな方向に拡散しやすい脳を一つの方向に方向づけるのに非常に役立つのが書くという作業です。書くことで脳幹の網様体賦活系(RAS)というところにある多くの細胞が刺激されます。この網様体賦活系(RAS)は脳が処理しなければならないあらゆるものの中でその瞬間に注意を向けるものをより重要視するべく働きます。書くことで大脳皮質に「目標により焦点を当てろ!」と働きかけることができるわけです。これによってより僕らが目標に焦点を当てることを助けてくれます。そしてタイピングよりも手書きの方がより脳を活発に働かせることができるというのはあらゆる研究において実証されているので目標を書くなら手書きがいいでしょう。実際に筆者がペンをなくしたり忘れたりということが重なって代わりにタイピングで数日断言法を行っていたいたとき、「なんかモチベーションが上がらないな」と思いペンを買って手書きでやるとモチベーションが戻るという体験を何度かしました。想像以上に手書きとタイピングの効用には差があります。書くと叶うということは各所でよく言われていますが、それは書いたら突然そうなるということではもちろんなく、書くという作業によって書いたことにより多くの焦点を当てることができ、その結果その理想を実現するための行動を増やすことができ、結果叶いやすくなるということでしょう。この断言法を使って成功したある漫画家は「断言法が何かを叶えるのはもっと不可解な力によるものだ。試しに自分の力ではどうにもならないことで断言法をやってみるといい。素晴らしい偶然が起こることになるだろうから。」という言葉を残していて、それだけ僕らにとって未知数の可能性を秘めた方法といえるかもしれません。実際に筆者も数年間いろんな理想で実践していますが効果を感じなかったことはありません。
イエール大学で行われたある調査においては自分の夢を明確に持っているのみならずその夢を書いていたわずか三%の学生の10年後の財産の合計は調査を受けた人全体の財産の95%をしめていたそうです。もちろんお金が全てではないことは言うまでもありませんが書いて目標を明確にするということの実現への効果は計りしれないということです。また筆者がしっくりきてしまった捉え方の一つに「自由度が高いものをカタチにするとエネルギーが生まれる」という考えがあります。固体は熱エネルギーを加えることによりより自由度の高い液体になり、液体は熱エネルギーを加えることによってより自由度の高い気体になります。そして自由度が高い気体をカタチのある固体にする過程では逆にエネルギーが生じます。気体より自由度が高いもの、それは僕らの想像です。地球の裏側にまで一瞬で飛ばすことができます。そしてこれを文字という一枚の紙の上に固定されたカタチにすることでエネルギーが生じるというわけです。論理としては色々と問題があるかもしれませんがイメージとしてしっくりきませんか?
どのように理想を書くかといえばやはり断言系プラス感謝という形をオススメします。感謝は実現後に最も特徴的な感情でありであるがゆえに自分に実現後を意識させるのに役立ちます。「〜た。感謝します。」でもいいですし「〜させていただき感謝します。」という言葉でも構いません。感謝が何かが実現したあとにもっとも特徴的な感情であることは先に話した通りです。目標の実現後を脳に印象づけられる言葉ならなんでもいいでしょう。書く回数としては10回以上書いた方がより脳に自分の理想を印象づけることができますが、いきなり10回以上書くという風に決めてしまうとなかなか続けることが難しくなってしまいます。最初は一回で構いません。最大限一つのことをするハードルを低くして続けられる可能性をあげましょう。改めて確認すれば「〜がしたい」という言葉では、その理想が実現していない現在が脳に印象づけられてしまいます。完了系で書きましょう。
慣れてきたら朝活動を始めるとき、昼ごはんを食べたあと、そして夜寝る前の3回、この断言法を行うことができると効果は絶大です。そのくらい時間をかけるに足ることです。特に朝起きた直後と夜寝る前というのは人間の顕在的な意識が後退していると言われ、暗示が無意識に入りやすい時間とも言われいるので、この時間帯にもし断言法を行うことができれば実現の強力な武器になることは間違いないでしょう。(筆者はこの時間帯眠すぎて続けることができませんでしたが)他のなにをやっていても、この毎日理想を完了系プラス感謝で書くということを続けていなかったら、筆者もきっとこれまで実現できたことの半分以上は実現していなかったでしょうし、この本を出すこともなかったでしょう。この人一人の理想を一生支え続けられるような本を出すという理想を実現するために筆者は朝昼晩のみならず、50分の作業区分が終わりまた新しい作業区分を始めるたびに「一人の理想を一生支え続けるような本出版させていただき感謝します」という断言法をペンをなくしたときにはタイピング含めて毎区分三回は書いていました。
そこまでやらずとも、もし朝昼晩3回理想の実現後を完了系プラス感謝系で書くことを続けられれば、理想を諦めてしまう可能性は相当下げることができます。書くだけでそんな変わるわけないと思われるかもしれませんが騙されたと思ってやってみてください。理想を書き始めた日からより焦点の絞られた生活になっていくことでより自分が実現したいことの実現を信じることができるようになっている自分に気づくはずです。断言法を癖にするだけで実現力は飛躍的に上がるしその先で自分が実現したい人生に飛躍的に近づくことができます。

B,すでに自分の理想を実現している人と定期的に会って実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

当たり前ですが効果は大きいです。やはり他のいかなる形よりも直接会うということがお互いに影響を及ぼし会える形です。周りでそういうことをしている人はあまりいないかもしれませんが、自分の理想を実現している人に会っていただけませんかとそういう風にたずねてみましょう。多忙な人は難しいかもしれませんが世間で思われているよりもそういう人は会ってくれるものです。僕ら自身の希少価値を高めることなく人脈ばかりつくるのは時間の無駄ですが、モチベーションの維持のために人に会うのはとても効果があるでしょう。成功していると言われる人は与えることをとても意識する人が多いので意外に簡単に会ってくれるでしょう。毎日会いに行けとはいいませんが週一回くらいすでに理想を実現している人と会う機会を設けることができれば、モチベーションを保つ上で大きな支えとなるでしょう。人に会うということに関してはほんとうに「求めよ、さらば与えられん」という言葉がお似合いです。大抵会いたいと言えば会ってくれるものですし、すでに自分が実現したいと思っている理想を実現している人と会うことによるモチベーションの維持効果は計り知れません。人に会ってもらえませんかといってそれを断られることは自分の打たれ強さを養う上でも役に立つかもしれません。じぶんひとりでなんとかするのではなく、すでに実現している人に定期的に会うことができれば実現後へのリアリティは飛躍的に高まります。

C,すでに自分の理想を実現している人の音声を聴き続けて実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

長期のポイントの実践編でもセルフイメージの維持のために理想的な人の音声を聴き続けるということをやるといいというのは話しましたが、具体的な理想に関してもこれは効果が絶大です。自分が目指す理想が未だ誰も達成していないもののときには、同じ規模の他の理想を実現した人の音声を聴くより他にありませんが、大抵の理想にはすでにそれを実現している人がいるはずです。そして今やyoutubeにさまざまな人の音声があがっている時代です。たとえば弁護士になりたいならyoutubeにすでに司法試験に合格している人の勉強法の音声などが多数あがっているはずです。内容どうせ大したことがなくどこかに書いていることですがそういう音声は自分の理想の実現後を自分に触れさせるのに非常に役立つものでありモチベーション維持に大変役立ちます。移動中に聴くのもいいでしょう。モチベーションは理想の実現後に対して自分が感じているリアリティに比例します。モチベーションが続かなくなるのは、理想の実現後に対してのリアリティが不足する時なのです。そしてすでに自分の理想を実現している人の音声というのは簡単に自分の理想に対するリアリテイを補給させてくれる非常に頼もしいサポーターです。イヤホンはじめ様々な発明のおかげで、何度も言うように求めれば明るい情報に触れ、明るい方向へ考えを進められる時代になったのです。一般人が動画や音楽や音声に好き勝手に接触できるようになったのはせいぜいここ30年の変化です。普通に暮らしていたら会う機会がないような自分が理想とするような人の心意気をリアルタイムでなくても、たとえ地球の裏側であってもありありと感じられるのは現代の人間の特権でしょう。現代のように触れることのできる情報の多様性に恵まれなかった時代に生きた先人がなんらかの理想を描いてそれに向かっていくとするとどれだけ孤独で理想の実現後に対するリアリティを維持する難易度が高かったか、それは想像を絶します。現代人は先人と違って理想を実現することを助けてくれるような情報にいつでも触れる自由があるからこそそれだけ素晴らしい世界を実現する責務があるとさえ言えるかもしれません。先人よりも大きく世界を理想的なものに変えていく責務があるということができるかもしれません。筆者ももちろん幾度となく自分の理想に対して、「そんなことできるはずがない」という思いにかられ理想への歩みを止めそうになるということを経験してきました。そしてその度にすでに自分の理想を実現している人の音声に助けられました。すでに実現している人にとっては理想は願望ではなく既成事実です。何かを実現した人が後からその実現を振り返る音声にはもちろん、それが実現するかわからないという不安は一切感じられません。そんな人の音声をずっときいているとどんどんできないはずがないという気持ちがしてくるものです。いつどこにいても音声を聴けば理想に触れることができる。そしてそれは技術が発展した現代以降の人しか享受できない強力な助けです。この助けを得るとき筆者は現代まで自分の理想を信じ人類のために技術を発展させてきた先人への感謝を思わざるをえません。昔に比べて自分の思い込みを簡単に変えられる時代になったということはまちがいなくいえるでしょう。触れる情報をより選択できるよになったということは自分がどんな人間になっていくか、どんな人生をつくるのかということがより選択できるようになったということ以外の何物でもありません。それなのに多くの人は自分が必要だとも思っていないし自分が理想とする未来にとって必要とも思っていない情報にSNSで触れることに1日の隙間時間の大半を費やして現代人の特権を踏みにじっています。それはとてももったいないことではないでしょうか。少なくとも何かを実現するならSNSで周りが考えていることやしている生活を辿っている場合じゃありません。自分がインプットできる情報が多様になり、インプットのコストが下がったことの可能性はもっと大きいはずです。すでに自分の理想を実現している人の音声を聴き続けるならばモチベーションが続かず諦めてしまう可能性を飛躍的に低くすることができます。

D,モチベーションが下がったとき作業中背景に自分の理想を実現している人の動画を流して実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

本書では多少の集中力を欠いてでも作業中すらセルフイメージや理想の実現後への意識回数を増やすということに費やすことを勧めています。長期の実践編におけるセルフイメージの維持についてもいいましたが、動画というのはかなりのリアリティを持って自分に触れさせることのできる情報です。 どんなに気をつけて管理していても、そしてどんなに物事を続ける才能がある人間でも、日々モチベーションというのは上がり下がりするものです。どうしてもその日はやる気にならない。そういう日もあるでしょう。努力の天才と言われるようなイチローさえも調子の悪いときには毎日やっていることまであと一歩でやめそうになるという話をしています。それくらいモチベーションがダダ下がりした日には、何もやらずにほったらかして散歩でもするというのも手ですが、どうしても作業をやらなければいけないときなら、作業中自分の理想をすでに実現している人の動画を流しながら作業をすると、常に理想の実現後にある程度リアリティを持って接している状況を作り出せるため、ある程度モチベーションを下げ止めることができます。別にモチベーションが下がっていないときでも、ときどきこの背景に自分の理想をすでに実現している人やその理想に近い人の動画を流しながら作業をするというのは、そのときどきの作業効率を下げることになっても長期的に見てモチベーションの維持にかなり有効なのでお勧めです。筆者は嫌になってきたときよくmiraclesのPVとイーロンマスクやらスティーブジョブズやらの動画を一緒に流すというカオスな環境の中で作業していました。世界でもっとも勇気のある人間の心意気にいつでも触れることができるというのはすでに話したように自分の人生をベストに近づける上で現代人だけが享受することのできる特権です。モチベーションが下がったときそのまま頑張って続けようとするのではなく背景に流す動画によって切り抜けようとするなら「モチベーションがあがらないから」という理由でやらない日が飛躍的に減ります。

不安(理想の頓挫後に触れるような思考)に陥ったら即不安を解消する音楽を聴いて実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める(そういう音楽を持っておく)

これは理想の実現後の反対であるその頓挫後に触れる回数をいかに減らすかという話です。どんなに自信にあふれた人であっても特に夜は「ほんとうに実現できるのだろうか」「実現しなかったらどうしよう」という不安に苛まれてしまうことがあるに違いありません。そしてこの不安をほったらかすとそれが思い込みにまで強くなり、その先で「人生終わりだ」というような絶望に変わってしまう可能性があります。そういう危ない種はいかに小さなものでも刈り取る必要があります。そのために有用なのは音声ではなく音楽です。音楽はそれと違った種類の考えを遠ざけ、それと似た種類の考えを誘導することができます。不安や落胆に襲われたときに自分のそれを解消することのできる音楽を持っておくなら、それらを簡単に摘み取ることができます。そういう感情の安定効果もあるような音楽については後ほど紹介していきますが、なかでも本書が紹介するのはすでに紹介したColdplayのMiraclesという曲です。大橋トリオもおすすめです。とにかく自分なりの、自分が不安や落胆になったときにそれを解消できる音楽というものを持つならば感情のコントロールは相当に容易になります。自分で自分の機嫌をとることができる人間はそうでない人間より圧倒的に遠くまで進むことができるでしょう。理想の頓挫後に触れるような不安を自分の心がけでこんなこと考えちゃダメだ、前向きに考えようという風に心がけで処理しようとしたところで無駄です。こんな風に考えちゃだめだという風に考えている時点でそのことを考えています。そんな風に心がけで自分を楽観的に保つのではなく、他の方法で技術的に自分と不安とを切り離す方法論を持つべきです。そういう自分だけの数曲を持つことができるならば、不安は恐れるに足りません。不安を心がけではなく自分が触れる情報で消去する術を確立したなら、圧倒的に簡単にモチベーションを保つことができるようになります。

背筋を伸ばして実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

セルフイメージの保ち方でも、また短期の作業をいかに楽しむかという部分でも話していますが、やはり不安という理想の頓挫後に触れる機会が生じたときにも背筋を伸ばすだけで次の1分後にはその大部分を消すことができているでしょう。一度騙されたと思ってやってみてください。背筋を伸ばしながら自分や未来に否定的なことを思い浮かべるのはいかに後ろ向きな人でも非常に難しいことです。背筋を伸ばすだけでそのとき考えていることが飛躍的に前向きなものになります。

E,通勤通学中などをイメージングの時間にして実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

理想の実現後に触れる回数を増やす方法としてよく言われるのが「イメージング」です。しかしなんの助けもなしに、ありありと理想の実現後をイメージすることはたやすいことではありません。そこで大きな助けとなるのはやはり音楽です。音楽は感情を想起させることに長けています。何も聴かずにイメージングをするよりも音楽で感情を想起しながらイメージングをした方が明らかに効果があります。記憶のメカニズムからいっても感情を伴った記憶の方が定着しやすいのはまちがいありません。
通勤通学中、ねむ気と戦いながら勉強や仕事をするのはあまり効率的ではないでしょう。それなら自分の理想を明確にしそれを自分に刷り込むための時間にしましょう。たとえば感謝に溢れた曲を聴きながら自分の理想をイメージする時間にするとかです。その日のモチベーションも高まります。
もう一つイメージングの時間としてオススメなのは歩いているときです。ただひたすら歩くという形の瞑想があったりしますが、歩いているときは単調作業を延々と繰り返すがゆえに、通常の意識が後退して暗示が入り込みやすい状態になると言われています。そういうときに音楽を聴きながら理想が実現した後をイメージングするとはかどります。筆者がやっていて非常に効果があるのでオススメするのはランニングイメージングです。自分が理想の実現後を信じることを助けてくれるような音楽を密閉性がそれなりにあるイヤホンから流して聴き、その曲に閉じこもりながらfランニングし、自分の実現したいことが実現しているところをイメージするというものです。使う曲としてはACIDMANのアルケミスト(特にブリッジ盛り上がる部分)、久石譲のstand aloneなどがオススメです。たとえば想像しうる実現した後のイメージとしては、それを実現させたあと友人やら誰かやらに「どうやって実現させたか」ということを訊かれたときにどんなことを言うかを考えるだとか、そのあとどんなところにどんな人といくかを考えるだとか、とにかく想像していて自分がほんとに理想が実現したあとのような気分を味わえるようなものなら、どんな恥ずかしい想像でも構いません。むしろおそらく恥ずかしいくらいの想像の方が理想が実現したあとへのリアリティを大きく感じることができるでしょう。歩いているときの他には、自転車に乗って開けた場所を音楽を聴いて走りながらイメージするというのもオススメです。レディガガがまだ売れないうちから大スターのような気分で街を歩いていたというエピソードもありますが、そういう理想が実現したあとに成り切った時間をとって実現後へのイメージを保っていたからこそ、その理想に向かって足を止めずに進めることができたのでしょう。ある著名な画家は「fake it until you make it」という言葉を残していますが、理想が実現するまでいかに理想が実現すると自分を騙し続けることができたかということこそがモチベーション維持の鍵とも言えます。人と直接話しているか、直接話していないときにはSNS含め本を読んだり検索したりして他の情報に触れているか、そんな生活を送って自分がしたいことを考えたり、実現したいことをイメージする時間をもたなければ僕らが僕ら自身で望む人生を実現することは不可能です。自分が誰にも邪魔されず使える時間の一部を自分がしたいことをイメージする時間にあてれば実現する可能性を格段に上げることができます。

F,時間をとってイメージトレーニングをする実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

これは通勤通学中とは別に時間をとって、特にスポーツや劇や演奏など練習の環境と本番の環境が著しく異なるようなパフォーマーなら絶対に行うべき理想の実現後の刷り込みです。
脳は想像と現実の区別をすることが苦手だということが脳科学で明らかになっています。それはよく言われるようにレモン噛んでいる想像をすると実際に唾液が分泌されるということからもわかります。
理詰めでああだこうだ考えて完全に手順を理解していたとしてもそれができるようになるかはまた別問題です。特に練習環境と違って本番環境においては大勢の観衆がいたり、審査員がいたりというよりプレッシャーがかかるような状況でやるならばもちろん頭でわかっていてもできないといことが簡単に起こります。
イメージトレーニングを重要視して実際に自分の実現したいパフォーマンスを実現しているスポーツ選手は数知れません。たとえば十種の競技で日本一になりその独自の方法論を発信している武井壮さんは高飛びをする前多くの選手がやるように一人で心を落ち着かせるということを行うわけではなく、綺麗に飛んでいる選手に目を向けあのように飛びたいというイメージを頭の中で何度も思い描くそうです。またプロ野球史上三冠王に三度輝いた落合博光氏は自分がいい動きをしているなと思ったなら何十分でもたとえ他の選手とランニングしていてもそれをやめてその動きを焼き付けていたそうです。フィギュアの羽生選手はソチ五輪に飛行機で向かう十時間中ずっと四回転のジャンプが成功しているイメージをすることを繰り返し、結果目を閉じると自分が四回転のジャンプを飛んでいるところしか思い浮かばないというところまで実現のイメージを確固たるものにし、実際にジャンプを成功させて金メダルをとりました。プロ野球史上伝説的な選手として知られる長嶋茂雄さんはまだイメージトレーニングが全くもって一般的じゃなかった頃から、試合前にホームランを打つイメージトレーニングをすることを決して欠かさなかったといいます。彼は少年野球教室にて「球がこうスッと来るだろ、そこでグーっと構えて腰をガッとしてあとはバアと行ってガッと打つんだ」という全くもって参考にならない教え方を常日頃していたことで知られていますが、彼が伝説的な成績を残せたのは考え方や理論や技術が優れていたのではなくて自分しか理解することのできないイメージの鍛錬を怠らずそれがすぐれていたからだということを如実に示すエピソードかもしれません。(長嶋茂雄伝説で調べるとほんとうに笑えるのでオススメです。)天才と凡人、練習していないのにできる人と練習しているのにできる人とを分けるのはそうしたいいイメージがどれだけ自分自身に染み付いているのかといことかもしれません。
筆者もそうしたイメージの影響力を軽視したばかりに失敗した経験があります。筆者が中学時代ゴールキーパーをやっていたときセンタリング(サイドから上がってくるボール)の処理が非常に苦手で、よくチームメイトに蹴ってもらって練習していたわけですが、結局その練習環境は実際にの試合中、ゴール前に人が密集し、自分がミスをしたら即失点というプレッシャーがかかった環境とは似ても似つかないものだったのです。それなのに筆者はそういうプレッシャーがかかった場面を頭の中で思い描いていいセンタリングの処理をするというイメージトレーニングをほとんど行わず本番と違った環境での練習のみを繰り返しました。結果的に試合中のセンタリングの処理がいつまでたっても向上しなかったことは言うまでもありません。
いくら理論や技術が向上したところで実現するイメージよりも実現しないイメージの方にリアリテイを持っているなら、実現するイメージに対して違和感しか持っていないなら、素晴らしいパフォーマンスを発揮することはできません。実際の練習時間とイメージトレーニングの時間半分半分くらいでちょうどいいかもしれません。長く練習すれば上手くなるというのは明らかに間違いです。サッカーの本場のプレミアリーグは練習時間がかなり少ないといいます。イメージする際はイメージへのリアリティを最大限引き上げるために五感を意識してイメージしましょう。また練習環境と本番環境が著しく違い、たとえば審査員が見ていてプレッシャーがかかるという場合なら、一人称の視点ではなく三人称の視点で、審査員が見ているなら審査員から見ている視点で自分が実現したいパフォーマンスをイメージするといいでしょう。またイメージへのリアリティをあげるのに利用したいのは感情です。感情がイメージを確固たるものにしてくれます。感情を想起させるのにお勧めできるのは音楽です。音楽を聴きながらそれが実現した時の感情を想起してイメージできるならより有効なイメージトレーニングができるでしょう。
また僕ら自身でイメージするのみならず他人の動画を見てイメージするというのも武井壮さんや落合博光さんがやっているように非常に効果が見込めます。自分でやるとどうしても悪いイメージが先行してしまっていいイメージが染み付かないなら、他人の動きからいいイメージを補給する以外にありません。たとえば大勢の前で話す機会があるけれど、あがらないで話せるか不安ということなら、大勢の前で堂々と話しているたとえばTEDなどの動画を見て大勢の前で堂々と話せるというイメージを補給してから自分がそれをできているイメージを頭の中で繰り返すといった具合にです。またできることなら、他人の映像にしても、第三者の視点からとられた映像ではなく、一人称の視点でとられた動画の方がいいでしょう。たとえばショートゴロをうまくさばいて一塁に送球するといういいイメージを強化したいならば、テレビでやっている野球中継でうまくさばいているシーンを見るというだけではなくて、youtubeなどでできるだけ実際にさばいているショート自身の視点から映されたいい動きの動画を見つけてそれを刷り込む方が実際の本番で自分がうまい動きをして一塁に送るイメージに近いものを刷り込むことができるということです。実際に完全にその人自身の動きというのは頭にカメラでもつけていないと撮れないので見つからないかもしれませんが、たとえば二塁からショートの動きを写しているだとか、上から撮った映像より動いている人自身の一人称の視点に近いものがあればそっちの方が効果的でしょう。
イメージトレーニングが重要なのはスポーツや演奏に限りません。プレゼンや営業や面接や、その他練習環境と本番環境が違うようなすべてのことです。理詰めで頭だけで考えるよりその時間の五分の一でもイメージを強化することにまわすことができたなら、間違いなくパフォーマンスは飛躍的に向上するでしょう。このイメージトレーニングに力を入れている人がまだ少ないからこそ、それに少しでも力を入れるようになればパフォーマンスは飛躍的に向上する余地しかありません。その先で僕らは飛躍的に進化することができます。

G,コーチをつけて実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

 

 

自分の指導者というより助言をすることで一緒に理想を目指してくれる人を持つという策です。ネット上を探せばいくらでもそういう自分のコーチを見つけるということができる時代です。そしてコーチをつけることは多くの場合、理想の頓挫後に触れる頻度を少なくし、実現後に触れる頻度を上げることにもつながります。
カウンセリングとコンサルティングとコーチングの定義はたくさんありますが、カウンセリングとはその場で話しをきいて感情的な問題を軽くするものを目指すもの、コンサルティングはその案件について助言してその案件を成功させることを目指すもの、そしてコーチングとはその人の将来まで見据えた上で案件というよりその人に助言をするもの、どれがどれより素晴らしいものということはもちろんありませんが、本書が勧めるのは自分をコーチングしてくれる人をつけるというものです。
利点としてはもちろんそのコーチの方法論を吸収することが実現の可能性をあげるということは間違いありませんが、コーチをつけて何かを目指すことにはそれだけではない利点があります。
まず一つ目には客観的な分析、考察がより容易になること。自分一人で目指してるとどうしても客観的な視座というものが抜け落ちがちです。一人で客観的に目指すには「それってでもこうじゃない?」だとかそういう風に常に予想されうる批判を想定することになり、それが作業の精神を疲弊させることにもなりかねません。そしてそうやったとしても結局のところ一人でやるなら一人の意見によってしか進んでいくことができません。時としてかなり感情的になってしまうことも避けられないでしょう。他人の視点=客観が入らないというのは主観が拡大する可能性をより広げます。しかし一人自分にコーチをつけてそのコーチと話し合って方向性を見直したり、失敗したならその原因を探ったりということができるならば、一人他人の視座というものを持ち込めるのみならず、一人で考えるときより二人で話し合うという状況を整えたときの方が、自分の中のより客観的な意見を引き出すことにもつながるでしょう。一人でやっていると方法論なきあてずっぽうでがむしゃらに目指してしまいがちだとしても、コーチと目指すならばまず方法論について考えることになり、「コーチとのアポがあるからより明確に客観的な方法論をまとめておかなくては」という風により方法に対しての意識を拡大できるかもしれません。
また一人でもその実現に関してなんでもしゃべれる人をつくっておくことは、自分の中にいらぬものを溜め込まないで済むという利点もあります。友人や家族にはなかなか喋り難い、遠慮してしまいがちなことに関しても、一緒に本気で目指すコーチがついたとなったらそのコーチには遠慮なく実現への不安や落ち込みについても話すことができます。話すは離すです。そうやってネガティブな感情を話せることはネガティブな感情を溜め込まずに離す事にもつながり結果、不安という理想の頓挫後に触れる頻度を下げ、モチベーション維持をより容易にすることにもつながります。そしてそういう愚痴や不安を話したとき、きっとコーチは「でもこうこうだから大丈夫だよ」ということを言うことになるでしょう。それは自分の前向きな意見ではなく他人の前向きな意見です。自分で色々こねくりだしてなんとか前向きに考えるということをするよりも自分以外の客観的な前向きな意見がきければより簡単にポジティブなことを考えられることでしょう。単純に一人でも自分の実現を心から応援してくれている人がいるということはとても心強いです。
さらに自分だけだとサボってしまいがちでもコーチという他人の強制力がはたらくことでよりサボる可能性をすくなくすることができるということです。たとえば一週間に一回進捗報告をするということになればその一週間でなんらかの進捗を生まなくてはなりませんし、それが一週間単位で自分の進捗を振り返る機会を必ずもつことにもつながります。もしその一週間でさぼってしまっていて進んでいなかったならコーチが「最近たるんでるんじゃないですか?」と言ってくれるでしょう。学校の宿題を自分でつくりだして自分を縛るといった感じでしょうか。
そして、もしそのコーチがすでに自分が実現を目指している理想を実現してくれている人であるならば、そのコーチとやりとりすることがそのまま理想の実現後に触れることになり実現後に対してリアリティを保つことにもつながります。もし僕らが目指している理想を実現している人が周りにおらず、実現後に触れようとするならば自分でイメージしたりすでに実現している人の音声を聞いたり動画を見たりするしかないという状況でしかないならば、結局はその場そのときに実際に存在するリアリティのある情報で実現後に触れることが難しいということになりますが、すでに実現している人と実際にコンタクトする機会の頻度を保てるならば、その場そのときに実際に存在する実現後に触れる頻度を保てるということになり、非常にモチベーション維持に役立ちます。これは周りに実現している人がいなければいないほど、その理想を実現することが難しいと言われていれば言われているほど強力な支えになるでしょう。たとえばある資格試験を目指していて一人で目指すのと、その資格試験にすでに合格している人から定期的にアドバイスをもらいながら目指すのとでは圧倒的に後者の方が実現の可能性をあげられ、それはアドバイスの内容が「わかってるよ」というような大したことがないようなものであっても、すでに実現しているに対面で触れることで実現後へのリアリティ=モチベーションを保つという観点からいって、効果が絶大だということです。
ということでコーチをつけることのメリットについて話してきたわけですが、もちろんデメリットもあります。それはコーチが言っていることを盲信してしまうと自分の個性を潰すことになりかねないということです。たとえば演奏家にとっての師は往々にして自分のスタイルを弟子に押しつけるということをしがちですが、そういうところに対して警戒し、それを避けないならば自分の演奏を失ってしまうことにもなりかねません。これはコーチの問題もありますが、もちろんコーチングされる側の問題でもあります。最初にいったようにコーチは指導者という上にいる存在ではなくちょっと先を走っているから助言はしてくれるけれど一緒に目指している存在として受け取るべきです。もっと言うならコーチに教えてもらうのではなくこっちが利用する、参考にするくらいの態度でいいでしょう。最終的に進むのは自分自身です。そういう態度を持たないならコーチをつけることで自分の主体性を失い、依存することにもなりかねません。
ということでコーチをつけることのメリットデメリットについて語ってきましたが、最後にどんな基準でコーチをつけるべきかということについても語っておきます。
まずはこんなコーチはやめておけということの筆頭が「精神論しか言えないコーチ」です。行動レベルの策を提案することができないし提案することがないコーチともいえます。昔、筆者がドトールで作業をしていたときに隣でコーチングが行われていて聞き耳を立てていたのですが、そこでされる助言が「そこが正念場だから心を強く持たなきゃ」だとか「覚悟が足りないんだよねやっぱり」という類のものばかりでイライラしたことを思い出します。そういう精神論しか言えないコーチングからも勇気付けられるものはあるはずですが所詮そのときだけ勇気付けられるだけでありコスパが悪いのでやめておきましょう。
それと逆に関係のない専門知識をふりかざすタイプのコーチもおそらくその場限り「へー」となるだけで実現を助けてはくれないでしょう。たとえばある人が高校サッカーで優勝するためにコーチをつけていたとして、特にその人が1日をどんな風に使っているのかということを質問することなくべらべらと高校サッカーのエピソードや筋肉の構造について話し始めるなどという場合、「へー」と興味深いという感じにはなってもやはりその場限りです。つまり、知識を持っているかいないかよりも、自分の向上なり、改善なりに焦点を当ててくれるか否かで選んだ方がいいということです。
それと最後に「この人波長が合わないな」という人は、いかに方法論が魅力的に見えても選ばないことです。当たり前ですが、この人なんか好きになれないなと思ったなら、それが合理的であれ非合理的であれ言っていることを聞こうという気にはなれません。逆に方法論が多少雑だなと思ったとしても、波長が合うなと思ったなら良いパートナーになるかもしれません。そのようななんとなく感覚でという基準も必要でしょう。
最終的には自分がそれを実現できることを強く信じてくれているか、そして自分がそれを実現することを応援することにどれだけ熱を注いでくれるかということがコーチを選ぶ上で大事になってくる基準でしょう。いく有名なコーチであっても有名であるがゆえに自分自身に注ぎ込んでくれる時間が少なかったなら自分の強力な支えにはなりえません。
良いコーチをつけることができればあなたの可能性は簡単に数倍にもなるでしょう。一人で目指したなら決して信じきれないようなことの実現も可能になってきます。筆者もコーチングを行っているので、もし筆者のコーチングに興味を持たれたなら、本書著者プロフィールに載せてあるホームページでコーチングのコンセプトや概要についてお読みいただき、もし縁があれば共に何かの実現を二人三脚で目指していければ幸いです。自分にほんとに合ったコーチをつけて 上下ではなく2人3脚で実現を目指していけるなら、その先で僕らはそうしないより圧倒的に簡単に飛躍的に進化することができます。

3、続けるのは難しいがそれなりの効果を見込めるもの

理想の実現後に触れる回数を増やす方法として続けることはたやすくないが、もし続けることができればモチベーションの維持にかなり役立つという方法についてです。自動的に続くもの、比較的簡単に続けられるもので毎日理想の実現後に頻繁に触れられる仕組みを作ったあと、それでも心もとないというときに力になるでしょう。

自分にとってもっとも理想の実現後に触れることのできる一曲を探し出しその一曲を聴き続けて実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

これは特にほっておくと不安がひどいときに奥の手のようなものとして使えるちょっとキチガイじみた方法論です。まずは自分が一番、自分の実現したいものを実現したあとの心境に聴いていて近いなと思うような一曲を探し出します。音楽ではなくても音声でも構いません。人それそれ自分が実現したいものを実現したときに感じることは違うはずです。それを想像してこの曲を聴いているときには自分が実現したいものを実現できる気が一番するし、不安も最小限に抑えれる。そんな一曲を探し出します。そしてその曲を聴いているときには自分が実現させることができるし実現させるという確信や執念を持った気分になるような曲を見つけたならとにかく一人でいるとき、そして作業中すらもその一曲を聴き続けます。
もしそういう曲が見当たらないという場合は、その中でも近いなという曲を一曲選んでその一曲を聴きながら実現後をイメージするということを何度か繰り返してください。その曲と自分の理想の実現後を結びつけるということです。その曲を聴いていると実現後が思い浮かぶという状態になったならば、その一曲が実現後を自分に刷り込むのにもってこいの情報になったということです。そうなったならばその一曲を偏執狂のように聴き続けることができれば、聴いている間ずっと実現後に触れるということができるようになります。普段僕らは視覚と聴覚から情報を取り込んで生きているわけですが、聴覚から取り込む情報は特に意識して絞っていなければカオスです。しかしこれを一つの曲にすることができればカオスであった聴覚からのインプットに一つの方向性、意図をもたせ続けることができます。明るく自信に満ちた一曲を聴きながらそれにそぐわない暗く自信のない考え、不安を考え続けることは困難です。本腰をいれて自分が考えることをコントロールするならもってこいです。やる気スイッチにも使うことができます。詳しくは短期の実践編の番外編であるやる気スイッチ編をお読みください。
本書も一時期この方法で筆者に本書が完成し出版した後のことを焼き付け続けることによって書かれました。筆者が使っていたのはすでに紹介したMiraclesという曲です。このPVはいかに絶望的な状況にあっても諦めず走りきるというマインドを自分に植え付けることができるわけですが、そういう元からハッピーエンドを連想させる曲であるために、自分自身の理想の実現後を植え付けるのにも最適です。完成できるかどうか出版できるかどうかに不安がなかったといえばそんなはずがないので筆者は本書が完成し、それが無事出版され、実際に本書の目標通りこの時代に生きる人のみならず来る世代にとっても一生一人の理想を支えつづけるような本になるという実現後とこのMiraclesという曲を結びつけてそれを聴き続けることによって実現後へのリアリティを保っていました。
あなたがもし不安になりやすい性格で、難しいと思われる理想の実現を追っているなら、何か気違いじみている、狂っているというくらい実現後へのリアリティを保つことにこだわわらなければそれを諦めてしまう日は近いでしょう。それをすることでモチベーションがあがり、不安が減るという策を見つけたならば、周りにどんな不審がられようとそれをすることを厭わない執念が実現には必要です。最後にそれを実現させるのは情熱ではなく執念です。情熱はそれをやろうという意思ですが執念はそれを天地がひっくり返ってでもやるという決定です。キチガイじみていると言われようが何か実現したいことがあってその実現後を自分に刷り込める音楽があるのなら、それを聴き続けることで聴くたびに実現後へのリアリティを拡大することができます。

A,好きな音楽に同時録音で「〜できたとしてどうやったか?」という文言を一定間隔で録音し移動中や作業中たまに聴いて実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

これはなかなかに狂っていますが筆者も実際に試した経験があり、かなり効果はありました。ちょっとわかりにくいので説明すると理想の実現後をイメージすることができる「〜できたとしてどうやったか?」という質問を自分の声で一定間隔、たとえば1分間隔で録音した音源をイヤホンからリピート再生することで自分が目指している理想に常に焦点を当てることができるというものです。その際、ただ自分の「〜できたとしてどうやったか?」という声だけが流れてくる音声だとさすがに聴き続けるのがつらいと思うので、好きな音楽に重ねて録音するというのがオススメです。IPHONEならGarage Bandという作曲編曲アプリが最初から入っているので、それを使ってIPHONEのミュージックに入っている曲をまず一つのトラックに引っ張ってきてもう一つ別のトラックに自分の「〜できたとしてどうやったか?」という文言を30秒から1分ごとに録音するという具合です。他人の声でも効果がないわけではありませんが、聞いていてもっとも自分に刷り込まれやすいのは日頃自分できいている自分の声だと言われているので、自分の声で録音するのがもっともいいでしょう。脳を動かす鍵は質問です。脳は常に自分が投げかける質問の答えを出すために活動しているともいえます。やってみるとわかりますがたとえば三十分間この「〜できたとしてどうやったか?」という質問を聴き続けると、他の方向に思考が拡散するのが強制的に防がれ、少なくともイヤホンからそれを聞いている間、自分が考えることのほとんどが自分の理想を実現するにはどうしたらいいのかということに注がれます。そしてひとたびその質問を聴くことを停止すると全く効果がなくなるというわけでもなく、一日に10分そのようなことを繰り返すだけでかなりの効果が見込めます。なぜなら10分間でも一つの質問だけを脳に認識させると、明らかに一日の中でもっとも脳に問いかけている質問なので、脳が自分にとってもっとも答えを出さなければならない質問だと解釈し、問いかけていないときでもその問いかけに無意識に注意が向くことが期待できるからです。最初にも言ったようにかなり狂っている方法ではありますが本気でモチベーションを管理するならやって損はありません。実際にやってみると格段に僕ら自身の理想に対してより圧倒的に焦点が当たっているということに気づくでしょう。

C,毎日同じものを着て、夜まで同じものを食べて実現後への執念を飛躍的に高める

イチローは毎朝カレーしか食べないそうですが、本書が勧めるのは朝だけのみならず夜まで毎日決まったものしか食べないことです。特に何かが正念場にさしかかったとき、これをすることで一日中気を散らさないことに役立ちます。もちろん栄養バランスは考える必要がありますが短期間ならそのような偏った食生活をしても死にはしないでしょう。
毎日何かを続けている人に共通していることがあります。それは毎日決まった形式を生活の中につくっていることです。イチローは毎朝カレーしか食べず、毎朝行うストレッチも同じです。村上春樹は早朝同じ時間に起きてランニングし、午前中で必ず執筆を終えます。毎日同じことを行うことで一つの形式をつくることができます。そしてその形式をつくることでその日も過去その形式を作った日と同じことをやるんだと自分に思い込ませることができます。その結果一つのことに焦点を当てることがたやすくなります。
また消費する意志量という観点からいっても毎日同じものを食べて、そのほかにも多くのCEOがやっているように毎日同じものしか着ないという生活をすることは自分の仕事や実現のために必要なことに使う意志量を多くすることができる、気を散らさないのにもってこいだと言えるでしょう。
毎日違うことをするというのは毎日が非日常になるということです。非日常の中で同じことをし続けるということは難しいでしょう。毎日同じものを着て、同じものを食べれば毎日が日常であると自分により強く印象付けることができます。そして日常と思うことができるならば一つのことに向かうのもたやすいでしょう。実際筆者も本書が詰めの段階に入ったとき同じ場所で一日中誰もとも話さずに朝からバナナと落花生とオーガニックカレーしか食べないという生活を繰り返しましたが、それまでの日々違うものを食べるという生活よりは集中して取り組むことができました。
また関連して断ち物とい考え方があります。何かを願うとき自分にとって重要なものを断つというものです。上杉謙信は戦に勝つことを祈願する際、一生女性との関わりを断つことを誓い、実際それからはいかなる女性とも関係を持たず、結果生涯不敗でした。それで運がよくなるとかそういうことはオカルトの域ですが、何か自分にとって大事なものを断つという犠牲を払うことでそれを実現することへの覚悟が自分の中で高まることは間違いありません。覚悟があるから犠牲を払うのではありません。犠牲を払うから覚悟が決まるのです。本気で実現したいことがあるならばその正念場だけでも毎日同じものを食べ、同じ服を着て何か自分にとって大事なことを断念するなら僕らの執念は飛躍的に強くすることができます。

B,自己暗示で実現後に触れる頻度力を飛躍的に高める

自己暗示は自分を変えたり何かを実現する方法論としてはかなり有名で人気な方法論であり、実際にやはり効果はありますが、なにより続けるのが相当に大変です。第一、自己暗示をするには、移動中など自己暗示が可能なときにそもそも最初から理想のことを考えている必要があること。そして自分で意図して言い続けるものであるため、言うたびに言う意志が必要であり、また自分だけに聞こえるものでもないため周りを気にするブロックが働きがちで、結局あまり捗らなかったりします。
ですが実際にある起業家は「〜大学合格。」と受験生時代いつどこでも言い続けて実際に合格したという経験を語っていたりしますし、効果があることは間違いありません。本書における優先順位はその続けにくさゆえに他をやってもしっくりこなかったりモチベーションが保てなかったりするときにやろうという程度のものですが。
自己暗示というと「〜をする。」だとか「自分は〜だ。」というものを想像される方が多いかもしれませんが、これらは逆効果になる可能性が大きいです。自己暗示において単純な断言はもっとも抵抗が生じやすい形です。たとえば全く自信がない人が「自分は自信に満ち溢れた人間だ。」と言ったところで「いや、全然そんなことないわ」という感情が生まれることになって、逆に「やっぱり自信がない」という現在の状態が強く刷り込まれることにもなりがちです。同じようにたとえば大統領になるという理想を持ってはいるけれど、その時点ではまだそれができるとは一ミリも思っていない人が「大統領になる」という断言系の形で自己暗示したとしても、むしろできるわけない。という思いばかりが刷り込まれることになって逆効果です。そもそも言うたびに「できるわけない」という抵抗を感じるなら、それを続けることは不可能です。
理想を自分に暗示で刷り込むときにはかならず現実とギャップがある状態です。効果的に自己暗示をするためにはこのギャップをできるだけ意識せずにすむような、自分が抵抗を感じないような文言で行わなければ、やらない方がましという事態になってしまいます。
本書が勧めるのは三つの形です。そのうち二つはこれまでにすでに話してきた形です。
一つは逆から読むという形で自己暗示をすること。大統領になるという理想なら「るなにうょりうといだ」という形で暗示をします。普通に断言をするよりも抵抗は感じにくいでしょう。この逆読みについてはこの中期の実践編において携帯やPCの壁紙に実現後を連想できる言葉や画像を設定するということに関してですでに語りました。
二つ目には「〜させていただき感謝します。」という感謝先取り系で理想を述べること。断言でそのまま述べるよりも「できるはずがない」という抵抗が生じにくいです。詳しくは先の断言法についてをごらんください。
三つ目、これは本書ではまだ一度も出てきていない形ですが、「〜しつつある」という形で暗示をするという方法です。「〜する」という言葉と「〜しつつある」という言葉の決定的な違いは何かといえば、「〜しつつある」という言葉は理想が実現について言及しているのではなく理想に向かって近づいていることに言及しているという点にあります。実現を普通に断言してしまうと実現していない段階においては「そんなわけないだろ」という意識が働いてしまい、先に語ったようにできるわけないという逆効果の暗示が入ることになりがちですが「〜しつつある」という言葉なら、実現そのものではなくそれに向かって近づいているということを言っているすぎないので、自分の「そんなわけないだろ」という抵抗を減らすことができるわけです。これはエミールクーエという自己暗示を使った診療の可能性を広げた著名な薬剤師が、患者に暗示させる定型文として用いていた「私は日々あらゆる面でますますよくなりつつあります」という言葉に基づいています。この言葉はできる限り「そんなわけない」という暗示をされる側のの抵抗を減らす形として考えられた言葉です。「日々」だとか「あらゆる面で」だとか「ますます」という「徐々に着実に」という曖昧ながら漸進的な言葉を多用し、よくなっているという進行形を使うことによってできる限り現状と暗示文のギャップを、暗示する側に感じさせないような言葉になっているということです。彼はこの暗示文を使って幾多の難病の患者を治したといいます。このエミールクーエの暗示文をそのまま使って自己暗示を続けてもきっと人生全体に好影響があるかもしれませんが、あくまで本書では理想を意識する回数を増やす方法として自己暗示を提案しています。たとえば世界中の飢える人々に決して不足することのない食料を供給するという理想を持っているなら「私は世界中の飢える人々に十分な食料を供給しつつある」という形で暗示をするといいでしょう。
ということで自己暗示の三つの形について語りましたが、もっとも重要なのはやはり僕らが続けられる形かどうかということでしょう。それは自分がどの形の文言を使ったときにもっとも抵抗が少ないかとういことによります。自己暗示を使いたい人は上の三つの形のどれがもっとも自分に合っているか是非試してみてください。自分なりに抵抗なく続けられる自己暗示を確立するなら飛躍的に自分があらゆることを実現する可能性を高めることができます。

以上で中期のポイント、理想の実現後を意識する回数を増やすことでモチベーションを維持していくということの実践編は終了です。先にも言ったように工夫をこらさずに心がけだけでモチベーションを維持していこうとするのは、僕らが戦場に武器を持たずに赴くこととなんら変わりがありません。本気で理想の実現を目指すならまずはこの中期の実践編でまず最初に紹介している1の自動的に続けられることからはじめてみてください。自動的に続けられることに関しては一度仕組みを整えれば、先々まで実現後に触れる回数を自動的に増やすことができ、大きく実現したいことを実現する可能性を上げることができます。いかに最適な方法を導き出し、並み大抵ではない才能に恵まれ、有り余るほどの時間があったとしても、理想に焦点を当て続けるためにやれることをやらなければ、一つのことではなくいろんなことを考えてしまいいろんなことに興味を拡散させる常人の脳では、モチベーションはすぐに枯れて理想は理想ではなくなります。理想が理想でなくなるとき、諦めたという明確な意識があることはほとんどなくゆっくりとフェードアウトしていっていつのまにやら消えているという方が圧倒的に多いのです。その先で自分も夢を持っていた時代があったなどと言うことになります。説教をするつもりは毛頭ありませんが、理想のもろさというものを嫌というほど思い知ってきた立場として、この本を読んでくださっているあなたの人生を死ぬ前に後悔するようなものにして欲しくないという使命感から言わせて貰えば、もしあなたが一度きりの人生で是が非でも実現したいことを持っているなら、決してこの中期の理想の実現後に触れる回数を増やすための方法論を読んだだけにしないでください。別にこの本を持ち帰らずこっそりメモってもらってもかまいません。とにかく家に方法論を持ち帰って、今日のところは他のことは置いておいて、実現後に触れる回数を増やすためにできることをやってみてください。人生が大きく変わる日というのはそう何日もあるわけではありません。そしてこの本を読んでくださっている今日はその貴重な何日かのうちの1日で十分にあり得る。実現後に触れる回数を増やすための策を知り、それを実践するか否かは一人の人生を変えうる影響力を持っていると確信しています。生まれ変わりがあろうがなかろうが、自分が自分として生きる人生は一度きりのものであり、その人生もいつかは確実に幕を閉じるものです。理想があるのならその実現後に焦点を当てるために労力を費やすことをおざなりにしないでください。それをせずして実現を目指すというのは気まぐれの域を出ませんし、それを実現できることを実現できる可能性ははるかにさがります。なぜ僕がこの中期の実践編が終わったときだけ、ここまで言うかといえば、理想はその実現を思い続けることができれば確実に成し得ることであり、別の言い方をすればそれを思い続けることができるかどうかが実現の可否を決めるもっとも根本的なところだと信じてやみませんし、それは筆者の個人的な意見であるのみならず、今日まで幾多の鼻で笑われるような理想を実現し、人類を前に進めてきた幾多の人々が口々に言っていることだからです。一度きりの思考は現実化しません。しかし何度も何度も行ったがゆえに思い込みの域にまで固まった思考は確実に現実化していきます。もし僕らがなんとかして理想の実現に焦点を当てることができれば先にも言ったようにスーパーコンピューターの何十倍もの速さで活動している人間なら誰しも持っている優秀な脳が、その理想を実現するための方法や行動をなんとかして見つけ出してくれます。筆者はあなたがその理想を実現できることを願っているのではなく信じているのです。だから本書を書きました。何度も脅しのような言葉を書いて申し訳ありませんが、もう一度言わせてもらいます。自分が自分として生きるいつか終わる一度きりの一生が大きく変わる1日は、そう何日もあるわけではありません。あなたが実現後に触れる回数を飛躍的に増やすことができるなら、それが実現する可能性は飛躍的に上げることができます。そしてあなたがまだそれをしていないならば、あなたの可能性はあなたが今思っているより、周りの誰が思っているより、その数十倍は大きいものだと断言します。だから何か実現したいことがあるのなら今日この瞬間から実現後により多く触れる仕組みを整え、たったそれだけで飛躍的にモチベーションを保つ技術を進化してください。

「PC一台自分のビジネスを持って1日2〜3時間労働で一生食うに困らない力」
をあくまで「経済的自由力」という自由力の一つとして自由の側面に位置付け
それを含む五つの自由力
内観的自由力
→自分の向き不向き好き嫌い経験を知って自分だからできることを知って人生の方向性を決める技術
内面的自由力
→感情と思考をコントロールしてモチベーションを維持する技術
行動的自由力
→時間管理、行動自律、方法決定など目標に向けて行動を最適化する技術
情報的自由力
→必要な情報をインプットしセルフイメージをつくり、独自のアウトプットをして価値を生み出す力
経済的自由力
→ビジネスの知識としての一生食っていくのに困らない力
の五つを進化させて
自分だからできる度合いを向上させることで
自由なんかはあくまで通過点に置き死ぬ前に後悔しないような充実した人生を創ることを目指す。
そして最初からそこを目指すことが結局自由への近道でもある。
そんな理念で人生をより面白くする無料メルマガコミュニティ「School Of Free Life」を運営しています。
まず初めとしてPC一台で一生食うに困らない力=経済的自由力をつけるべく10万字(本一冊)程度の講座を共有中。
死ぬ前に後悔しない人生を創ることへのきっかけになれば幸いです。

School of Free Life

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