[決定版]変わりたい人に贈る変わる方法論18の網羅

Contents

変わりたい人が変わる力(自変力)

(本記事は「実現力」について語った約70万字の書籍の一部です。)

もし自分を変えられないと悩んでいるなら、是が非でも読んでほしいという心持ちです。
30,000字を超えるこの章に書いてあることはまちがいなく、
あなたが今どんな人間だろうとあなたを変えて
人生を飛躍的にあなたのの望むものにしていくに値します。
変わるために実際に使える地球上にある方法論は少なくとも網羅しているつもりです。
 
この章こそが筆者がこの本の中でももっとも情熱を込めて書いた、
というより情熱を書いて書かざるを得なかった部分かもしれません。
 
なぜなら筆者は14歳の後半から16歳の半ばまでのおよそ2年間、
この「自分を変える」ということができずに軽い鬱になってまで間違いなく今までのどの時期よりも悩んだからです。
ある程度ストレスへの防御技術というものが身についた今となってはこの先、
あの時分より精神的に参ることはおそらくないだろうと思います。
 
そのくらいに悩んで、なんとか自分を変えることができたからこそ、
経験した悩みの重みと同じくらい同じように
変われなくて悩んでいる人を自分が助けなければいけないという使命感を持って書いています。
そしてそれがこの章を独立させて本書にいれた理由です。
 
そういう過去について具体的に語るのも、
適当に「辛かったんだね」と言われるのも好かないのであまりそういう話はしたくありませんが、
どのくらい悩んだかというと
毎朝1日が早く終わればいいと思いながら
誰とも話したくないから友達のことも無視して登校し、
帰りのバスでは大抵早く死にたいなと思っていましたし、
ベッドでも三日に一回は泣いていました。
客観的にみれば自分の状況は大して辛いものじゃなかったかもしれません。
でも悩みは主観です。
大したことか大したことじゃないかは
経験しているその人にしかわからないことです。
それなのに「大したことないよ」とか
「考えすぎたって」とかたやすく言ってくるような想像力に著しく欠いた人たちがいるから
筆者は辛い過去については基本的にしゃべりませんが、
そのくらいいくら頑張っても自分を変えることができなかった時期を経てつくったからには
そのへんのそれらしくそれっぽいことを言うような
血の滲んでいない論とは違うということは今一度言わせてもらいます。
 
何度変わろうとしても変われないあなたも、
この章含め本書の方法論を使っていったなら必ず変わることができると確信しますし、
本書が世界に存在するからには悲観論者に
「人は結局変われない」
とも言わせるつもりはありません。
 
変わることもまた意志によってなせるたまたまではなく技術です。
今変われないとしても変わる力、
事変力が技術として向上すれば
その先でいつでも自分を変革していけるようになります。
なりたい自分になっていく事ができます。
 
この章があなたをあなたがより納得出来るあなたに変えることができたなら嬉しいですし、
筆者が文字通り死ぬほど悩んだ甲斐はきっとあったのだと思うことができます。
 
まずこの章では
変われない人がどんな性質、特徴を持っているのかというパターンを
筆者の経験も踏まえて洗い出します。
 
パターンにわけられるなんてふざけんなと思われるかもしれないですが、
今一度変われない理由を明らかにして、
そしてどんな性質を変えればいいのかということを今一度整理して明らかにして
変わる確率を高めるためにそうするだけです。
 
その後、今度は変われない人の分類ではなく、
変わろうとして変われないという状況の分類について語ります。
三日坊主になるとか
そういうものも含めての変われないケースのパターンです。
 
この「変われない状況」というものをパターン化することによって
変わろうとする行動において
どんなことに留意しなければならないのかということについて明らかにします。
 
そして本書の変わるための方法論を、
筆者が実際に軽いうつ病で何をやっても一年から二年間変われなかった時代から
どのように自分を変えられたのかということも含めて語ります。
「習慣を身につけよう!」「頑張ろう!」「前を向こう!」「過去は過去だ!」というものとは似ても似つかないものなので
そういう役に立たないどころか神経を逆なでされる類のものに僕のようにうんざりしてきた人は
ご安心ください。
 
変われないのは変わる方法を知らないからにすぎません。
変われない理由を知って、
変わる方法を知って自分を心がけや精神論ではなく技術を以って変えるなら
僕らは飛躍的に進化することができます。
 

変われないという状況にある人の特徴や状況について知って自変力を飛躍的に高める

 

1/9、「人は変われない」「人生は苦しいもの」という思い込みが先行してる

これはもっとも当たり前のものですが
変われない人は
「人は結局変わることができない」だとか
「人生は辛いものでこの世は地獄」という
後ろ向きな考えに支配されていることが多いでしょう。
 
そしてこのような思い込みがあると
さらに変わるための行動も妨害されます。
 
「人は変われない」と思い込みながら変わるための行動をすることは困難です。
思い込みというものは
それまでの人生でしてきた考えが積もりに積もったもので、
なかなか一筋縄では変えられるものではないというのは
これまでも語ってきた厳しい事実です。
 
しかしそんな思考習慣(基本的にしてしまう考え方)も
だいたい6ヶ月で変えることができるといわれています。
何十年も積み重なった考え方がたったの6ヶ月です。
変えるのは難しいことですが無理なことではありません。
 
 
筆者は「人生は苦しいもの」「大抵うまくいかないもの」という思い込みを
14歳の後半から非常に強く持っていました。
そしてそれが実際に実現して、
その時分は何もうまくいきませんでした。
 
しかし筆者は「人はきっと変われる」その一点だけは信じていました。
だから結局そのときは変われなくてもせかされるように本を読んだり、
何かすることを繰り返していました。
 
なぜ他のすべての思い込みが後ろ向きでありながら
変わることに対しては前向きだったのか、
おそらく家族の影響が大きかったと思います。
筆者が軽い鬱になったのは家庭環境のせいではまるでなく
部活動や主に学校であったことによります。
 
家は基本的に明るく、両親とも努力すれば変えられるという考えを持っている
前向きな人でした。
 
だから「変われるはずだ」という思いだけはすんだのです。
 
親御さん二人が前向きな人間でなかったなら、
この本も書かれていなかったですし、
筆者があの泥沼から抜け出すこともなかったという点では
やはり感謝しています。
 
あなたがあくまで今の所変われないなりにもこの本を読んでいるのなら
それは「きっと変われるはずだ」までいかなくても
「ひょっとしたら変われるかもしれない」という思いを持っているからでしょう。
そしてその予感は間違いなく正しいです。
 
本書があなたの人生においてそれを証明することができます。
もし「変われない」という思いに完全に閉ざされてしまって
自分を変える可能性のある方法論に全く手を伸ばさなくなったら、
そこから何かを変えることは、
何か決定的に大きなきっかけが起こらない限り厳しいです。
 
だからまずは「ひょっとしたら変われるかも」という予感だけでも大切にする必要があります。
 
本書はじめ自分を変えることができる可能性がある方法論から
完全に顔を背けてしまうことだけはやめてください。
かじるだけでもいいので希望ある情報に触れてください。
いかに今ふがいなくとも僕らは飛躍的に進化することができます。
 

2/9、自分の中の悲観性を大きく捨て去ることにそもそも批判的である

悲観的な思い込みを大きく持っている人も
さらに二種類の人にわかれます。
 
片方はそういう悲観性をなんとしてもできる限り捨て去りたいと思っているが、
それを捨て去ることができない人。
他方はその「悲観性をできる限り捨て去る」ということに対して批判的で、
それを特に捨て去ろうともしていない人、
むしろそれを感受性や芸術性として重んじている人。
 
悲観性を大きく捨てて、自分を変えたり何かを実現したりするときに必要な楽観性を身につけていくにあたって
それが難しいのはもちろん後者です。
 
そして筆者も過去後者たったのであり、
それこそが自分の悲観的な思い込みを強固に維持し
その先で自分が望まない人生をつくっている元凶でした。
 
後者を批判したり、
筆者はすでにそれを克服したあなたより先をいく人間だなどということが
言いたいわけではありません。
 
ただもし後者でありながらその悲観性を克服して
僕らの望む自分や人生を実現していきたいということなら、
筆者は自分がそういう人間だった一人の人間としての経験から
少し提案することができるということにすぎません。
 
自分の考え方を変えたり、
思い込みを変えたりということは願ったとしてもなかなかできることではありません。
実際、先ほど話したように思考習慣を変えるには6ヶ月かかります。
そしてもちろん楽観的になるということに対して批判的なら
なおさら考え方を変えることは難しくなります。
 
悲観性や卑屈さを人間性や感受性や芸術性などとして考えることについて
本書がどう考えるか、
それについてはすでに実現理論力編のセルフイメージ力についてで話したので
割愛しますが、
そういう悲観性を人間性感受性芸術性として捉えていると
筆者がそうであったように
悲観的な感情や思いに浸るということに対して抵抗がなくなり、
悲観性がさらに浸ることによって強化されていきます。
 
特に筆者のように音楽が好きで
悲観性を悲観的な音楽で助長することに慣れているとすると
どんどん悲観性が根強いものとなって
それを心がけで変えようとしてもほぼ不可能になってきます。
 
もしそういう悲観性があなたの可能性を潰しているのなら、
あなたの実現を妨害しあなたの幸福も妨害しているなら、
筆者はその悲観性があなたの中で人間性や芸術性や感受性といて肯定的に捉えられることにたいして
勿体無さを感じます。
 
今一度、自分の幸せや大事なものを犠牲にして
他のつまらないものを優先していないか考えることができます。
 
そしてもし悲観性があなたの中でより捨てられるべきものだという結論が
僕らの中で出たなら、
まず悲観性を人間性感受性芸術性として捉える考え方
それをすてられないまでも疑問を呈することができます。
 
そしてそういう思想を持つ情報や場所から遠ざかることができます。
 
筆者はそれを批判するわけではありませんが
一種の音楽芸術文学分野にはそのように悲観性を祭り上げる思想がみられます。
 
もしその思想があなたの変革と実現と幸福を阻害しているなら
それをそのような分野や作品から逸れることができます。
 
筆者も自分の実現と幸福を阻んでいる悲観性を自分自身でまつりあげ
そしてそれを祭り上げるような音楽を聴いてそれに浸ったり、
そういう作品を評価している自分がいたことに気付き、
そのようないわば不幸や悲劇をたたえそれをまつりあげながら
幸福と喜劇を目指すという自分のちぐはぐな態度の非効率さに思い至り、
以降そのような音楽は音楽プレイヤーから削除しましたし、
そういう作品を読んだり見たりすることもやめました。
 
そのような悲観性はほんとうに実現と幸福のために必要でしょうか。
そしてそのような悲観性を掲げあげる情報もまた必要でしょうか。
 
「悲観的な考え方が必要ないなんて当たり前だろ」
そういう声が聞こえてきそうですが
悲観的な思い込みがしみついているとき
悲観的な考え方について「必要ない」と心の底から思っている人は
案外少ないのではないでしょうか?
その悲観性にこそ自分のアイデンティティを見出している。
過去の自分や周りの人間を見ていて
そんなことが多いような気がするのです。
 
悲観性に対してまずは明確に「いらない」といえば、
その後それを克服したり自分を変えていくことがより簡単になります。
 
いかに現在自分のことを好きになれないとしても
僕らは飛躍的に進化することができます。
 

3/9、プライド(セルフイメージ)が卑屈と言えるまでに圧倒的に低い

これも思い込みの一つかもしれませんが、
プライドが低すぎるということが自分を変えることを阻んでいるケースです。
 
本書が長期実現力として何かを実現するときにも
重視してきたセルフイメージが低いということです。
 
努力量は自分が本来あるべき姿だと思っている自分と
現状との差だという話をしました。
 
そうであるからにはプライドが圧倒的に低いと、
現状がいかに不満足なものでもそれが自分だからという理由で
そこから抜け出そうとする努力をしなくなります。
そういう形で変われないということがよくあります。
 
筆者も変わろうとした際、
このセルフイメージを変えることからはじめずに
「結局ダメ人間だから」
という低いプライドの中でそれを変えようとしました。
 
その結果、変えようとしてもその低いプライドが邪魔をして
その圧倒的に低い自己像に向かって引きつけられ
また変われないということを繰り返しました。
 
筆者はあるホームレスから抜け出した人の文章を読んだことがありますが、
「結局のところの周りのいつまでたってもホームレスから抜け出せない人と
自分とを隔てていたのはプライドだった」
という趣旨の言葉に非常に共感しました。
 
そして筆者もセルフイメージを高めることによって
少なくとも過去と比べては変わることができました。
 
まず人生を変えたいときに精神的な面で変えるべきは
「人生は変えられない」
という思い込みと自分の低いプライドです。
 
実現のために役にたつのは自己肯定の上にある謙虚さであって
自己否定の上にある卑屈さではありません。
自分は素晴らしいはずだという高いプライドを持つことができるならば
現状と自己像の差の分だけ努力することになります。
 
今一度自分のプライドを確認することで変われる可能性を飛躍的に向上できます。

4/9、抽象化能力が高いor物事を抽象的に考える傾向にある

これは言語性知能指数が高い人に多いのですが、
物事を一般化する技術が非常に高かったり、
またその技術が高くなくても物事を抽象的に考える傾向にあったり
抽象的に考えることが好きだったりすると
それが自分を変える上で弊害になる可能性があります。
 
何事も一般化しがちというのは
つまりカテゴライズしがちだということです。
 
そして自己肯定感やプライドが低く
「自分は失敗する人間だ」とか「ダメな人間だ」という自己認識、
セルフイメージを持っていると
僕らはその自己認識を正当化するようなカテゴライズをする傾向にあります。
特に何か大きな失敗をしたときです。
 
大きな失敗をしてかつセルフイメージが低いと
何事も「不甲斐ない自分の不甲斐ない失敗」としてカテゴライズされることになります。
 
そしてなんでもかんでも失敗とカテゴライズし
さらに自己像が下がるという悪循環に陥ります。
 
昔から抽象的に考えることが好きだった筆者は15の時分
部活動での挫折に著しくセルフイメージが下がっていて
昼休みの野球でバントされて転がってきたボールをエラーしただけで
「一生何も思い通りにできない自分のふがいない失敗」とカテゴライズしたり、
それ以外にもぼっとしていて電柱にぶつかっただけで
「ダメな自分のダメなところ」
として真面目に落ち込んでしまったり、ということがおこります。
 
そのように一般化しがちな人のセルフイメージが一旦非常に落ちると
ますます自己肯定感が失われます。
しかしそれは逆に一旦高いセルフイメージを持つと
それをまた得意の一般化によって正当化することがたやすく、
それを保つことが容易になるということでもあります。
 
物事を簡単に一般化することができるという能力は
それを活かすことができればあらゆる場面で大きな武器になりますが、
ときに過度の一般化をすることで
物事を正しくみれなくなったり
またセルフイメージが低い時分には
それが人生を破滅に向かわせる一端を担いかねません。
なんでもかんでも失敗とカテゴライズする癖に敏感になれば
セルフイメージ力を飛躍的に進化することができます。
 

5/9,感情が強い

これは芸術家肌である人に多いのですが、
感情の起伏が人より激しく、
様々なことに人より強い感情を感じる場合、
それが変われない自分を促進することがあります。
 
筆者も15の時分、感情が非常に強く、
挫折や失敗に大きく感情を生じ、
それによって変わることを大きく妨げられていました。
 
どのように変わることを妨げられるかといえば
なんらかの失敗をしたときに、
その失敗に対して感情がさほど強くない人なら
流せるところを感情を強く生じてしまい
その失敗の記憶が強化され、
それにより自分の後ろ向きな思い込みや低いセルフイメージが強化されるという形で
変わることが阻害されるという流れです。
 
特に筆者のように加えて音楽が好きだったりすると
失敗や苦難に対して大きく生じた負の感情を
またそれに同調するような卑屈でプライドが低い音楽で強化してしまい
さらに変わることが困難になるということが起こりえます。
 
実際に15の時分、筆者が変わることを阻んでいたのはこの流れでした。
 
感情が強かったり、
感動するということに対して価値を置いている人は
何に対して感情を生じさせているかということにあまりこだわらず
とにかく感情を生じることに対して評価するという傾向にあるかもしれません。
 
そしてその先で「感傷中毒」ともいうべき、
感情状態が動いていないと気がすまないような状態になりえます。
そういう人にとって感情を動かすということは
一種の麻薬です。
 
当たり前の話ですが、
感情が動いたとしても何も進んでいませんし、
誰も救えていません。
誰も救えていなければ対価として何も返ってきません。
もちろん感情を生じただけでは何も変わらないのです。
 
それなのにたとえば
「こんどこそは絶対に変わるんだ」
という悲壮な決意などが感情として生じると、
往々にしてなにか変化が生じたような気分になります。
しかしその時点では何も進んでいませんし
何も変わっていません。
 
感動なんてゴミだと言いたいわけではなくて、
感情が強く
感傷中毒ともいえるくらいに年がら年中、
どんな考えや記憶に対して感情を生じているかということにこだわりもせずに、
感情を生じさせている場合、
とりあえず感情が麻薬のようなものとも観れること、
そしてそれが失敗や不甲斐ない自分の記憶を強化している可能性があるという
感動や感情の危険性を認識する必要があるということです。
 
失敗してもけろっとしている人もいれば
ご飯も食べれないくらい落ち込む人もいます。
成功してもだから何?という風に思う人もいれば
「やったああ!」と喜ぶ人もいます。
 
自分がどういうことに対して感情を生じやすいのかということは
非常に重要です。
なぜなら自分が感情を生じやすい類のことに対する記憶を強化し
それを思い込み、
その先でその思い込みをまた実現するような行動をするという風に
僕らは人生をつくっていくという側面があるからです。
感情が強いということは諸刃の剣です。
 
自分の成功や他人の成功に対して
その強い感情を頻繁に向けられるようになると(喜び、感謝など)
その記憶やイメージが非常に強化されて
人生を非常によくする武器になりますし、
逆に自分の失敗やつらいこと、
後ろ向きなことへに対して強い感情を頻繁に向けてしまっていると(悲しみ、挫折感、分離感)
その類のイメージや記憶が脳で強化されて
人生を破滅に向かわせることになります。
 
筆者もその感情の力を制御できず、
15の時分、年がら年中、挫折感、悲しみ、辛さという感情を生じ軽い鬱になり
人生は地獄だというイメージを持つに至りました。
 
その時分は感情が人より強い自分の性質を恨み、
また感情が薄い友達を羨ましく思ったものですが、
その後、
主に感情を生じさせるのに効果的な音楽を利用して
そういう感情の癖を改善していくことで、
今となってはイメージングで自分が望むがことが実現したあとに対する感情を強く生じさせたり、
失敗や挫折に対して生じる感情を一定以下に抑えることができるようになり、
自分の強い感情を厄介者ではなく武器として使えるくらいにはなりました。
 
そしてその感情の使い方を考え、
改善し始めてから自分を変えることがたやすくなっていきました。
感情が強い人はそれが諸刃の剣であることを理解し、
それを制御する技術が向上させることができれば
実現したいものが圧倒的に簡単に実現できるようになっていきます。
感情の力はすさまじいものがあり
それを使っていくなら
セルフイメージや理想の実現後に触れる力を飛躍的に進化することができます。

6/9、変わるための意志量を少なくする知識が少なすぎる

これは「きっと変われる」と思っているし
プライドが低すぎるということはないものの、
変わるために意志量を少なくする知識が少なすぎて
変わろうとするのが体当たりになっているケースです。
 
主に体育会系の人や根性や意志が大事という昔気質の教育のもとで育った人に多いもので、
がむしゃら信仰が入っている真面目な人、努力家に多いです。
批判しているのではもちろんありません。
 
筆者も軽い鬱状態を克服する16までそういう本気でやることが大事、
がむしゃらにやることが大事、
人間には意志と覚悟が必要だという考え方をしている人間でしたが
その考え方でいくらやっても変われないかったために、
考え方や本気についてのイメージを大きく変えることになりました。
 
実現のために本気でやることに対する情熱は変わっていませんが、
何が本気かということに関する考え方が変わり
態度が変わったということです。
 
意志でだけで変われるほど意志が強い人なら
この文章と本自体読んでいないでしょう。
 
そして昔の筆者のように意志薄弱なのに
体あたり的にがむしゃらにかわろうとして
変われないということを繰り返しているなら
まずは自分のがむしゃら信仰に疑問を呈することと、
そして意志をなるだけ使わなくて済むようにする知識のなさを問題視する必要があります。
 
大した知識量ではありません。
その知識は本書のこのパートと習慣力編と触れる情報力編の三つで十分です。
しかも引っ張り出して使えればいいだけなので覚える必要もありません。
 
変われないと悩む人の意志なんてたかがしれています。
そのようにしてまずは自分の意志に見切りをつけて
見放すことが必要です。
筆者も自分をほっておけば昼の一時まで寝ているという程度の意志力しか持っていませんが、
その意志力を向上させないまま当時からは相当変わることができました。
使う意志量を少なくする方法論を使えば飛躍的に進化できます。
 

7/9、変わる時間がない

これは二つのケースがあります。
まずはほんとに変わる時間が物理的にないケース。
たとえば嫌な仕事を夜12時まで週に7日やっているようなケースです。
ほんとに変わる時間がない、
かつその生活が心の底から変えたいと思うようなもので、
生活満足度がいちじるしく低く、変わることを望むなら、
その仕事を辞める以外にありません。
 
物理的に時間がないというその原因を取り除くことでしか解決できません。
変われるか変われないかということには人生がかかっています。
どんな仕事も人生そのものよりはよほど重要度が低いはずです。
 
もう一つはトラブルシューテイング編でも話しましたが
時間がないといいながら
実はないのは時間ではなく時間捻出力だというケースです。
 
この場合は仕事や自分の時間を縛るものを変えずとも
変えることができます。
 
まずこのケースで時間がないと言っている人に試して欲しいのが
本書時間捻出力のパートでも紹介している
SNSなどで他人の強制力を使って強制的に時間を捻出していく方法論です。
 
これを使えば時間捻出力を長期的にあげるなんてことはせずとも
一気に変わるための時間がないという問題点を解決できます。
変わる時間はどっちにしてもいくらでもつくることができます。
使う意志量をできる限り少なくして変わる時間をつくるなら
僕らは飛躍的に進化することができます。
 

8/9、変わろうとそこまで思っていない

 
変われない人の特徴の一つに
そもそも変わろうとそこまで思っていないというものがあります。
それは
「どうせ変われるはずがない」
と思っていることに由来するのかもしれません。
 
ほんとにべつに変わりたいと思わない、
変わった先で実現したいものもないし
そのままの自分で実現できそうという場合は変わらなくても別にいいでしょう。
 
でもそうじゃなくて、
変われそうにないから変わりたいという気持ちに蓋をしていたり、
その先で実現するものに蓋をしていたりという場合、
「別に変わろうと思わない」というその気持ちに疑問を持つことができます。
 
人間が変われないなんて嘘です。
 
もしかしたら昔の筆者のように
散々変わろうとして変われないということを繰り返して
もうどうにでもなれと思ってしまったのかもしれません。
 
でもその変われないという経験とももうおさらばです。
少なくとも本書の方法論は一人の人間の人生を圧倒的によくできるものであるとして
筆者は信じて疑いませんし、
そのようにして本書で紹介する方法論を使いながら筆者もじぶんを変えてきました。
 
だから変わりたいという気持ちに蓋をする必要はもうありません。
 
「とはいっても変わりたいと思おうと言われても変わりたいと思うことなんてできない」
そう思われるかもしれません。
 もちろん本書は変わりたいと強く思えない人に対して
「そこを強く思えよ」
というような精神論を振りかざすことはしません。
 
それはできない人に向かって
「できることが大事だよ」
と言うこととなんら変わりがありません。
 
本書は常に
努力量は自分が思い込んでいる自分=セルフイメージと
現状との差だとしています。
 
変わりたいと強く思えないということはつまり
自分が思い込んでいる自分と現状の自分との間にギャップをつくれていない
というふうに解釈します。
 
のちに述べる具体的にどのように変わっていくかという戦略においても
この視座にたってまずは人生についての思い込み、
自分についての思い込みを引き上げることから始めていきます。
 
変わりたいと強く思えない根本原因をセルフイメージであると捉えることで
飛躍的に進化していくことができます。

 

9/9、人なんて結局変われないという人に囲まれている

これは稀有なケースですが
「人は変われない」という思い込みを持って生きてきた場合、
自然と類友でそういう人が周りに集まっているというケースは多いでしょう。
 
この場合「ひとは変われない」という思い込みを変えるのにも苦労しますし、
またそういう態度を見せると
「がんばっちゃって」
という感じで見られるかもしれません。
 
もしそういう人に囲まれているならもちろん距離をとることができます。
ここで考えたいのは
「そのような人たちに囲まれながら
その先で何も変えられない人生を過ごすことが自分の本望だろうか」ということです。
 
もちろん変わりたいと思っているならそんなことはないでしょう。
それならばそんな人間関係は大切にする必要なんてないのは明白です。
場所を変えれば、自分が変われば、心を閉ざしていなければ
その先で新たな人間関係があります。
 
自分の人生を潰しているような人間関係を無理矢理保つ必要なんてありません。
そしてそのように思えないほど大切な人間関係なら、
なおさらあなたが変わらなければならないでしょう。
 
なぜならそのままあなたが変わらなければ
まず間違いなく周りの人たちも変わることができず
きっとその先には周りの人たちが納得できるような人生は待っていないからです。
 
まずあなたが変わることによって周りの人に
「もしかしたら自分も変われるかもしれない」という風に思ってもらうのが、
あなたの人生を潰さずして人間関係も潰さない周りの人への愛情の示し方ではないでしょうか。
 
そのようにして周りの人に自分が変わることで
希望を与えるという使命感を自分が変わる動機に対してプラスすることができたなら、
飛躍的に進化することはより容易になっていきます。
 

 変わろうとして変われないという状況や挫折を分類して変われる確率を飛躍的に高める

 
ここまで変われないという状況にある人の特徴について語ってきました。
変われないというのはあくまでそういう状況にあるに過ぎません。
人は方法さえ間違わなければ100%変わることができます。
ここからは確実に変わるにはという変わる方法について考えるために
「変わろうとして変われない」
という僕らが体験する挫折とその状況について分類し、
どんな変わり方が不毛なのかということを知ることで
変われる可能性をさらに高めていきます。
 

1/5、1~3日でそもそも変わろうとする心意気がなくなる

これは多くの人が経験したことがあるのではないでしょうか。
俗にいう三日坊主というやつです。
筆者も幾度となく経験したことがあります。
しかし15の時分の筆者の場合は変わりたいというよりは
変わらなければ人生がないという強迫観念に非常に追い詰められた気分であったため、
変わろうとする心意気が完全に途絶えることがなかったのは幸運でした。
 
ここで「変わろうとする意志が足りないんだよ」「願望が足りないんだよ」ということを言ってしまうのは簡単です。
しかしそれらは足りないと言われて簡単に増やせるものではないでしょう。
改善できないところに原因をおいても無駄です。
 
なぜ1〜3日で変わろうとする気概が途切れるのか。
その一つの原因に「「変わろう」という考えに焦点を当てる時間が少ないから」ということがあげられます。
当たり前の話です。
日常において頻繁に焦点を当てなければ忘れてしまうのは
目標にしても考え方にしても同じです。
「変わろう」と思えるような機会を増やす必要があります。
 
大きく分けて二つのやり方があるでしょう。
まず一つ目は僕らの現状のいやなところを認識し
その嫌悪感から変わろうとすること。
そして二つ目は変わった先にある自分にワクワクし変わろうとすること。
 
たとえばダイエットをしようとして
待ち受けに自分はデブみたいな画像や文言を設定するというのが前者にあたり、
逆に自分が痩せた先で着れる服を設定しておくのが後者にあたります。
本書が勧めるのは後者です。
 
理想の実現後に触れる頻度がモチベーションになるという
本書の実現力の方法論からそういうこともできますし
単純に前者のやり方はつまらないですし
自信をさらになくしては変わる気も失せます。
 
本書では「習慣力」というそれがもし極まれば
僕らが習慣化したいことをかたっぱしから習慣化でき、
その先で圧倒的に人生を変えられるというワクワク感を得られる言葉を日常の中で認識する回数を増やすことで
成長や向上や進化への意識を忘れることを防いでいくというのが方策の一部です。
 
筆者は「飛躍的進化」という言葉を目にすると
飛躍的に進化した先の自分に対して焦点があたり飛躍的に進化する気になるので
この言葉を目にする回数をリマインダーなりなんなりで増やしています。
僕らは飛躍的に進化することができます。
 

2/5、一度の決心と覚悟、根性で変えようとする

 

これは1の三日坊主で終わるというのと近いですが、
一度の決心や覚悟で人生が変わると
自分の決心や覚悟を過大評価しているパターンです。
もちろん筆者も過去そうでした。
 
特に青春映画や青春ドラマが好きな人、
努力という言葉が好きな人が注意しなければならない態度です。
 
断言しますが一度の決心や覚悟、
根性で人生が変わるほど人生は甘くありません。
人は方法さえ間違わなければ必ず変わることができます。
しかしそれは根性や覚悟で変われるという意味ではありません。
 
もしそういう一度きりの自分の精神論に頼り続けるなら、
99%の人は一生一度として変われないでしょう。
誓いも約束も信念もそれを絶えず強化することでしか果たされません。
 
筆者も過去青春映画や青春ドラマやある種の音楽の影響を受けて
「ダメな過去、しかし一度きりのある大事件が起こってそこで決意を新たにし、
その先でまったく違う自分をつくりあげる」
というイメージを変わることに対して持っていた時期がありました。
 
しかし幾度も幾度もそういう一度きりの自分に対する決心や覚悟や誓いを踏みにじることで、
自分の変わることに対するイメージが間違っていることに気づかされました。
一度の誓いの無力さに気付かされました。
 
「あのときこんな挫折をした、こんな辛いことがあった。
だから僕はきめたんだよ。こうするって。そして僕はここまで来た。あの頃の僕とはもう違う。」
そういうパターンのセリフや変革が映画やドラマの中では登場しますが、
意志薄弱な僕らがそんなパターンで変革できると思えば一生変わることができません。
 
そういう変わり方が映し出されるのは、
尺が短くて変わるまでに無数に存在する決意や覚悟の強化、
工夫を映すことができないからにすぎない。
 
ただ作品の時間的な都合で一度きりの大事件や決意や覚悟によって
人生が変わったとされているということを心得てください。
あんなのは嘘で、
そのときは感動させることで役に立てても人の人生を持続的によくすることができないような役に立たない方の綺麗事です。
 
本書では他人の強制力や仕組みをつくることによって
いかに使う意志量を少なくするかということに念頭をおいてきました。
そして変わることに関してもそれは同じです。
 
一度きりの決心や覚悟、
そんなものはあってないようなものと心得ることができます。
人生を変えるような大事件、
そんなもの起こったとしてその後決心や根性に頼ればすぐに忘れて
ポカーンとした変われない自分に戻るし、
そんな大事件は千人に一人にしか起こりません。
人間の意志なんてそんなものです。
 
他人の強制力や工夫を使えば、
そんな大事件なんてなくても僕らは飛躍的に進化することができます。

3/5、恥ずかしい、白い目で見られるという思いで変わろうとすることをやめてしまう

もしかしたらこの
「他人から笑われたくない」「変わってじゃあ君は何をできるの?」「結局大したことないじゃないか」「頑張っちゃって」
そう思われるのが嫌だというのが
無意識的にも意識的にも自分が変わることを阻んでいるのかもしれません。
 
特に日本においては海外に比べて向上心をあらわにすると
「意識高い系と言われる」みたいな、
どこか頑張っていることを隠すことが美徳という風潮があるのかもしれません。
 
それなのに夢は持っていると応援される。
そういう空気が僕らが変わることを阻んでいて
いつしか「頑張っちゃって」と言う側にまわっている。
そんなことがあるかもしれません。
 
筆者は昔からそういう頑張る人を馬鹿にする空気はもちろん嫌いで
そんな奴には一生ならないと思っていましたが、
ある時分、
いつのまにか「頑張っているけど結局何ができてるの?」「才能ないのにがんばっちゃって」とある種そういう風に
時々他人を馬鹿にしかけていた自分に気づき、
そしてそれがつまり自分がこのままでは昔絶対になりたくないと思っていた大人に近づいているということだということに思い至り、
生き方とやることを変えざるを得なくなりました。
 
筆者は進化ではなく結果に焦点を当てて生きていたのです。
だから進化しても結果を出していない人を一種馬鹿にしていたのです。
 
しかしそんな進化より実現に焦点を当てる態度こそが、
実現していない今を執拗に否定したり
実現への不安を過剰に覚えることにつながり作業を楽しめなくさせたり、
自分の生活満足度を落としていることに思い至りました。
 
心の底では結果が全てだし才能がなければ意味がないという選民思想というような、
本書を誰にとっても一生自分の理想を実現することを助けてくれる本にするという実現を阻害する考えを持っていることに気づき、
その考え方を改めざるを得なくなりました。
 
筆者もこの本を書く中で、
進化を押し出すことに対して感じるみっともなさという、
自分の進化と向上を阻害する心象の根幹にあった結果至上主義と選民思想を
少しずつ克服してきました。
 
というエピソードはおいておいて、
この恥ずかしいだとか笑われるという感情に対して
「そんなことはどうでもいいことだろ」ということは言えません。
そしてそれを言ったところでとらわれてしまうものにはとらわれてしまうものです。
とらわれないことがなぜ必要なのか明らかにする必要があります。
 
本書では変わるために他人の強制力を使っていくのでなおのこと
「他人からがんばっちゃってと言われたくない」
という感情に対して
どんな考え方で対処して他人の強制力をつかえる限りつかっていくかということは
尚更大事です。
 
まず自分の人生にとってですが、
あなたの進化をよしとせずに
あなたが特に進化しないでポカーンと過ごしていることをよしとする。
そんな人を大事にした先の人生は
僕らが望むものにほんとうになり得るでしょうか。
その先にある人生はつまらない人生ではないでしょうか。
 
向上心をあらわにすることで
「いいね!」「進化してこうや」という感じで肯定的に捉えてくれる人こそ
あなたの人生をもっと長期的に面白くしていくのを助けてくれる人ではないでしょうか?
 
だからもし実現したいものを実現し
突き詰めたいものを突き詰めるような人生を望むなら、
あなたが進化することを否定的に捉えるような人との
人間関係を維持する必要はないといえます。
 
つまり進化しよう心意気や向上心を表に出すことで笑われるかもということを気にする必要は
合理的に考えればないということです。
そしてそんな
「変わらないことをよしとする」
人の目を気にしていたらいつまでたっても変われないというのももちろん事実です。
 
そういう自分の人生にたいする考えのみならず、
他人の人生について考えた時にも「進化してこう」「変わっていこう」という心意気を押し出すことは
もしかしたら他人の人生を長期的によくすることになるかもしれません。
 
たとえば最初のうちは「がんばっちゃって」と思っていた人がいるとします。
しかしあなたが進化や変化を押し出して
「進化している自分はあなたとは違う」
という感じではなくて
「一緒に進化してこうや!」
という感じで意識高い系だとかそうい言葉が蔓延している社会の構造に
向上心をすり減らされてしまった仲間に「やっぱ自分も進化したい、変わりたい」と思ってもらうことができて
その先であなたと一緒に変われたなら、
仲間の人生を圧倒的によくすることができます。
 
最初は「がんばっちゃって」と思っていた人たちもだんだんと
「自分はこれでいいんだろうか、もっと変わった先でやりたいことがあるのではないか」
と思い始めたりして
その人が納得する人生へのきっかけを作れるかもしれません。
 
その先で意識高い系なんていう、
僕らが感じている進化を押し出すことへの恥ずかしさを生み、
大勢の進化を阻害しているような皮肉な言葉をこの世から撲滅して
その先で進化に生きる本当の意味で充実した人を増やし
その先で世界を圧倒的に進化させて世界を圧倒的によくすることができるかもしれません。
 
そのように、
進化をすること、変わろうとすること、他人の強制力を使うことに対して
恥ずかしさを感じてしまって変わることができないときは
「笑ってくる人、批判してくる人の人生をもよくするために自分がやらなければいけない」
という笑ってくる人や批判してくる人への愛に転換できると、
他人に多少笑われようが
そういう風に短期的には笑われたり嫌われたりする人がいないと誰も変えられないという気分で
他人からの見栄えにもっと鈍感になり、
その先でいかに僕らが今ふがいなくとも飛躍的に進化し、
その先で世界をも変えられます。

4/5、知識で変えようとする

これは筆者も15の時分に変わるために大量の本を読むなどして
失敗したときの自分の変え方でもあったのですが
「知識だけで自分を変えようとする」
という考え方です。
言い換えれば
「知識がつけば変われる」
という思い込みです。
 
筆者は知識がいらないと言っているわけではありません。
先ほど変わることができない状況にある人の特徴でも話したように
「使う意志量をできるだけ少なくして変わるには」
という知識は変わるのに必要不可欠ですし
それは知識は非常にためになります。
しかし知識だけで変えようとしても変わることは難しいということです。
 
なぜかといえが変われないことの主な原因はすでに話したように
「人は変われない」
だったり「人生はつまらない」
だったり「結局は実現できない」
だったり、
そういう後ろ向きな思い込み
が自分を支配していることにあります。
知識量が不足していることにあるわけじゃないのです。
 
知識は思い込みを変えることができません。
 
なぜなら知識だけでは僕らがそのときそそのときする考えをコントロールしたり
想念を律したりということをできないからです。
 
知識が頭にあってもそのときどき考えることに
その知識を心がけでいつでも反映できるわけではありません。
 
知識だけでは想念や想像はコントロールすることができないというのは
当たり前の事実です。
そのときそのときする考えをコントロールしたり
想念を律したりということができなければ、
その先でそれまでしてきた考えが積み重なった思い込みを変えることはできません。
 
そしてその先で変わることもできなくなります。
本だけ読んで変わることはできません。
ネットでライフハックと調べてその場の知識だけ得たところで
そのときの自己満足にしかなりません。
 
本もネット上の情報は頭に一旦ためておける知識にすぎず、
それを使って自分の考え方をコントロールするというのは結局こころがけの域を出ず
こころがけで考え方を変えるだとか想念をコントロールすることは
非常に難しいことであり、
考え方と想念がコントロールできなければ
その先で望んだことを実現したり、
人生を変えることが難しいということはすでに語ってきました。
 
じゃあどうするかということですが、
これまでなんども言ってきたように頭の中の知識ではなく、
自分がそのときに触れる情報をこそ変えなくてはなりません。
自分がそのときに触れている情報を変えることこそが
自分がそのときする考え方や想念をコントロールするためのもっとも効率的な手段です。
 
知識を蓄えようとばかりするのではなく、
自分がその時々頻繁に触れる情報を変えることによってのみ、
自分の思い込みを変え、
その先で自分の人生を変えるということが可能になります。
 
本書の方法論においては
筆者がそうやって自分を変えてきたように音楽を使っていきます。
 
音楽はイメージをつかさどる右脳に影響を及ぼすことのできる情報媒体であり、
イヤホンから再生ボタン一つで垂れ流すことにより
ほぼ自動的に自分に影響を与え続け、
その先でほぼ自動的に自分の想念や考えをある程度コントロールしやすくすることができます。
 
蓄えた知識だけで自分を変えようとすることをやめて
リアルタイムで接している情報をコントロールすることに注意を払えば
僕らは飛躍的に進化することができます。

5/5、後ろ向きな友人、周りの人間にどうせ変われないからとそそのかされる

これは稀なパターンかもしれませんが
変わろうとしてもがいている最中
「どうせ変われないからそんなことやめなさい」だとか
「世の中には凡人と才能があるやつがいて凡人はいくら頑張ってもダメなもんはダメなんだよ身の程を知れ」だとか
そんな言葉を言われてそそのかされるというケースです。
 
特に家族にそういう人がいると
変わりたいという思いも簡単に失われてしまうかもしれません。
 
世の中には人生は才能ゲーと思っている人と
世の中は努力ゲーと思っている人がいますが
どっちにしても前者は特に圧倒的な努力もすることなく自分の才能に応じた成果を出し、
後者はいずれ圧倒的に努力できる技術を身につけて
圧倒的に進化をとげることによって努力に応じた成果を出すでしょう。
 
本書はもちろん後者の立場です。
本書は努力する技術について書かれた本といっても過言ではありません。
 
そういう周りの後ろ向きな人間にそそのかされるなら
もちろん一番いいのは距離をとることです。
友人がそうなら思い切ってそういう友人とは縁を切りましょう。
 
変わりたいならまず環境を変えるのがコストはかかりますが
最も早いです。
自分に非常に悪影響を及ぼしてくるとわかっている
人間関係を続ける意味はありません。
 
どっちにしろあなたが変わると考え方も価値観も変わるので
変わる前の人間関係は崩れていくはずです。
あまりにも考え方や価値観が違う人間同士が一緒にいることはできません。
自分が変わるなら環境から変えるのか、
環境が後で変わるのかどちらかです。
 
ということでコストをかけてでも非常に後ろ向きな人間との人間関係は切る必要がありますが、
問題は切れない人間関係です。
 
親がそういう人という場合もあるでしょう。
住んでいる場所がそういう場所ということもあるでしょう。
あなたがまだ非常に若く家族と距離をおけたり、
住んでいる場所を変えたりということができない年齢ならば、
その影響を受けた上で、
本書はじめ希望ある音楽本映画に触れ続けることで希望を保つしかありません。
 
たとえばそういう非常にひどい家庭環境や街から出てきて
自分を変えたり自分が実現したいことを実現したりという人は歴史においてたくさんいますし
そういう人の本を読みながら自分を勇気付けることもできます。
 
とにかくそういう後ろ向きな人たちから受ける影響というのを最小限に抑えてください。
本書ではなにかを実現するとき
それを実現したいということをそれを確実に信じてくれる人にしか言わないことを勧めていますが、
もしあなたの周りが人は変われるという事実に
「そんなことできっこない」ということを思う人で溢れているのなら、
自分が変わろうとしていることを口外しないことを勧めます。
 
筆者の経験則として、
もし自分がそれをできるとある程度信じられているなら、
人に言わずに一人でその確信を育てながら目指した方が明らかに進むのが楽です。
 
筆者はそういう確信を育てるのに音楽と音声を使います。
できないことなんてなにもないと本気で信じているような人の音声、
僕らがやらなければ誰がやると本気で使命感を燃やしている人の音楽、
そういう情報に閉じこもれるだけ閉じこもります。
 
そしてそういう絶対になしとげるだとか
自分がやらなきゃ誰がやるとうい使命感についてはほとんど口にしません。
話すは離すです。
 
そういう僕らのモチベーションを上げてくれるような考えについて口にして他人に伝えれば
それは薄まってしまいます。
飲みの場でうかつに喋ってしまったりして
家で頭を抱えて後悔するくらいです。
 
有言実行より不言実行の方がはるかに楽です。
そのくらい自分の理想と気概は守らなくてはなりません。
あなたが変われないと思う人の中で変わろうとしているなら
その気概については口外することなく変われると信じる人の情報に触れ続けてください。
 
その先でその気概と変わるという理想が保たれ実際にそれを実現できます。
しかしSNSを使った他人の強制力を用いていくなら
ある程度変わろうとしていることが周りに知れるでしょう。
 
どうせ知れるなら
「自分が変わろうとして変わることで変われないと思っている人の考え方も変えてその先で人生まで変えてやる」
くらいの気概を持ちたいものです。
 
笑われたり批判されたりしたときにそれをどう寄せ付けないかといえば、
それを自分の行動を妨害するようなものから
自分の行動を促すようなものにどう変えるかといえば、
笑ったり批判したりしてくる人すら長期的に幸せにするという使命感を持つことです。
 
批判に対して「うるせえ」という心象しか持っていないと
批判に阻まれないことは難しくなります。
 
たとえば母親が「あんたそんな風に変わろうとしたって無駄だから」ということを言ってくるなら
母親にも変わろうとして変われないかった辛い過去があったのかもしれません。
 
そしてその先で失望に支配された人生を送っているのかもしれません。
そういう想像をして「母親に希望を与える」くらいの気概がもてれば
「変われないから」という言葉を真に気にしなくて済みます。
批判してくる人を飛躍的に進化させるくらいの使命感によって
僕らは飛躍的に進化することができます。

 

具体的にどのような戦略で変わっていくかを網羅して人生と自分自身を激変する

ということで変わろうとして変われないケースというものがどんなケースなのかということについて話してきました。ここからはじゃあ実際にそれを踏まえて変わっていくにはどうしたらいいのか、

その戦略について語っていきます。
 

1/4,自分が属している環境(場)を変えて自変力を飛躍的に高める

変われない状況にある人の特徴、そして変われないケースでも話したように、
周りの人々がもし「人なんて変われない」と思っているような人ばかりなら、
自分が変わろうとすることに大変な障害になります。
まずできることなら自分が属す場所なりコミュニティなりを変えることです。
 
もし住んでいる場所がそんな風に悲観的な思いを持っている人で
大多数が占められているなら、
多少コストがかさんだとしても住む場所を変えましょう。
 
会社が人生はつらいもの、耐えるものという考えを持つ人で集まっているなら、
その会社は辞めましょう。
いつも飲んでいる仲間たちが
「お前どうせ変わるなんてまた無理だから」と言っていて応援もしてくれないようなら、
その飲みに参加することは控えましょう。
 
もし変えられるのなら自分が属している場を変えるのがもっとも自分を変える近道です。
できるのならやらない手はありません。
このご時世、
自分が入りたいと思うコミュニティがあるならオンラインでも簡単に入ることができます。
 
たとえばいたって前向きな曲ばかり書いているアーティストのファンクラブなどは
いたって前向きな人が多いものです。
そういう風に自分にどんな思い込みを植え付けられるかという視点で
自分が入るコミュニティを変えるというのも一つの手です。
もし自分が属している場なり環境を変えられるなら
一瞬で簡単に飛躍的に進化し人生を一変させることができます。

2/4,自動的に自分の変化をうながせる仕組みを網羅して自変力を飛躍的に高める

まず一度やればあとは自動的に好影響を与えるような仕組みづくりから始めるというのは

何かを実現するには鉄則ですが、
もちろん自分を変えるにもその鉄則は変わりません。
 
まずは
「私はあらゆる面で日々ますますよくなっていく」
というエミールクーエという催眠療法家の暗示文を使っていきます。
 
これがどのような面でどのように効果があるのかということについては
実践力編の自己暗示のパートで説明しているので割愛しますが、
とにかくにも難病患者を治してしまうほどに毎日の好転を促進する可能性のある言葉です。
この文言を書いた紙を風呂場なり自室なり目につきやすいところに貼っておきます。
できるなら携帯の待ち受けにも設定しておきます。
人の目につくのが恥ずかしいならロックを解除した後に設定しておくといいでしょう。
 
それとまず設定したいのは目覚ましの音声です。
これを自分にいいイメージを与えらえる音楽に変えていきます。
筆者はcoldplayのmiraclesを目覚ましの音声に使用していますが、
1音目が明るいこと、
前奏とAメロが基本メジャーコードで占められているなど、
とにかく明るいものを選びます。
明るくても歌詞の内容が暗かったり、
あまりセルフイメージが高くないようなものは避けましょう。
 
他に一度設定すればあとは自動的に自分に好影響を及ぼしてくれる場所としては
携帯のリマインダーや、
PCのリマインダー、
それとPCのサブリミナルアプリなどがあげられます。
 
たとえばそれらに設定するものはのちに話しますが
習慣化を促すものとして「習慣力 圧倒的改良」という文言、
または自分の実現したい理想を断言系で述べたもの(本書実現後に触れる頻度力編の断言法を参考にしてください。)
 
または先ほどの
エミールクーエの「私はあらゆる面でますますよくなっている」
という文言でもいいです。
 
これらを設定して毎日、
自分に好影響を与える文言を頻繁に目にすることを自動化することができれば
好影響を自動化することができます。
 
他にも作業場で目につくところになんらかの文言を貼っておくとか、
起きたとき最初に目にするところになんらかの画像を貼っておくとか、
一度設定すれば自動的に好影響を与えることで、
できることはたくさんあるはずです。
 
一度設定すれば自分に自動的に好影響を与えるような行動をするなら、
僕らは自動的に飛躍的に進化していくことができます。

1、まずは現在の思い込みを長期的に変えられる仕組みを整えることから始めて自変力を飛躍的に高める

 
まず変えなければならないものとして
「人は変われない」だとか
「人生で変えられるものなんてほとんどない」
という後ろ向きな思い込みがあります。
 
これらを長期的に、
つまり思考習慣が変わるのにかかる六ヶ月を経て
前向きで希望に満ちたものに変えることができたなら、
その後人生を変えようとする試みを続けることは
よりたやすくなりますし、
その試みが続けば人生なんて一瞬で変わります。
 
しかしこの思い込みを変えるのはたやすいことではありません。
それは筆者も実際の経験を持ってわかっています。
そして筆者が後ろ向きなものから前向きなものに思い込みを大きく変えることになった15歳の時分と
今とで決定的に違うことがあります。
それは当時はSNSがなかったことです。
 
本書ではSNSのTLを人間関係含めて
「自分の現状に触れ続ける場」として捉えました。
現状に触れ続けることは
自分の理想の実現後に触れ続けることと真逆の行為です。
つまり理想に向かって何かを変革することを妨げます。
 
筆者が変われずに苦しんでいた当初は
そういう年がら年じゅう自分の現状に触れ続けることを強いる場というのはありませんでした。
それだけに自分で思い描いて自分で変わったり実現することは
今と比べて大変簡単だったと思わざるを得ません。
 
変わった先の自分とは全く逆の現状に場として触れ続けることを
僕らにある種強いてくるSNSが普及した今、
まず思い込みを変えていくにはそういう現状に触れる場に対して
非常に注意しなければなりません。
 
本書のSNS力編ではいかにSNSのTLに触れる頻度を減らしていくかということについて語っていますが、
いきなりSNSをやめるという選択肢は非現実的です。
計画的に工夫してSNSのTLに触れる頻度を減らしていきましょう。
それがつまり現状に触れる頻度を減らすということにもなります。
またSNS力編で語っているようなやり方で
理想に近い人が多数を占めるようなTLを別のアカウントでつくって
それを周りの人間のTLの代わりに頻繁に見るという逸らし方も可能です。
 
そして周りに人は変われないというような後ろ向きな人がたくさんいるなら、
そういう人と会う機会も減らす必要があります。
しかし一対一で会う機会についてはそこまで心配する必要はないでしょう。
あくまで自分の思い込みに決定的な影響をおよぼしてくるのは
一対一で会っているときではなく
複数人が集まった場となったときです。
 
一対一ならば
自分はこう思うけれど他方はこう思っている。
そのように自分が思うことと向こう側が均衡します。
 
しかし複数人が集まってその場に暗黙の了解とも言うような思い込み、
風潮、常識があると
場にいる複数人から発せられているものである以上
よほど自分の思い込みなり信念が強くないといやがおうにも影響されます。
 
オンラインにおいてもオフラインにおいても
一対一の関係よりも
一対複数である場に注意深くなり自分の理想の実現に不必要どころか内面化すれば致命的な考え方を自分に無意識に影響させるような場に接する機会を
少しずつ計画的に減らしていく。
そういう場に触れる頻度を最小限に保つ。
これが思い込みを長期的に変えていくのに必要不可欠です。
 
そしてもう一つ、思い込みを変えていくのに必要不可欠なのはもちろん
「自分が頻繁に触れる情報を変える」
という部分です。しかしここにも罠があります。
 
たとえば触れる情報を変えるというと
「普段読む本、2週間に一度ほど見る映画、普段ネット上で調べること、などを変える」
という印象を持つかもしれません。
 
しかしすでに話したようにこれらは知識の域を出ることができません。
それらが思い込みに及ぼす影響というのは大きくありません。
少なくとも後ろ向きな思い込みを変えて前向きなものにするほどの影響力はありません。これは筆者の経験を踏まえての話です。
 
すでに話したように筆者は100冊以上の本を読んだりネットで調べたりして
知識で自分を変えようとしましたが変われず
そのような本で書かれていたことはことごとく続かず
長い間自分の思い込みを変えることができないという時代を過ごしました。
本やたまに見る映画やネットで調べた知識が
いかに思い込みを変えることにおいては無力かということを嫌というほど思い知ったのです。
 
そういう筆者が変われたのは他でもなく
「聴く音楽を変えたから」
に他なりません。
そんなことで変われたら苦労しないよと思われるかもしれません。
筆者が音楽が好きだから、それは多少なりともあるでしょう。
 
しかし筆者は筆者が音楽が好きだからひいきしているのではなく、
音楽という情報媒体が他の情報媒体と違って、
非常に意志力が弱っている時でも使えるくらい、
その情報に触れ続けるのに必要な意志量が少ない情報媒体で(なんども語ってきたようにイヤホンから再生ボタン一押しであとは自動的に自分に影響できるものです。)、
つまりもうなにもしたくないというときにも
自分の考え方を変えるためにより簡単に使える情報媒体だからこそ
何度も使わないともったいないと言っているのです。
 
音楽は他の情報媒体とは別物です。
なんども語ったように左脳にしか働かきかけられない文字と違って
イメージを処理する右脳にも働きかけることができ、
さらに能動的に読もうとしたり身に付けようとしたりということをしないと触れ続けることのできないような文字媒体と違って
再生ボタン一つでイヤホンから垂れ流すことで自動的に触れ続けることができます。
 
本を読み続けるにはその瞬間その瞬間に読もうとする意志が必要になります。
しかし音楽に触れ続けるにはそれを続けようとする意志は必要なく、
一度耳に流したらあとはそのままなにもしない意志しか必要ないのです。
 
映画と違って隙間時間にも簡単に一曲まるごとに触れることができます。
詞によって一つの考え方を
メロディと一緒により抵抗なく自分に刷り込むことができます。
 
そして実際に筆者はおそらく音楽がなかったら15のときの自分のまま、
いたって後ろ向きな自分のまま、なにも実現できずに生き、
その先でとっくのとうに死んでいたかもしれません。
 
そのくらい自分の思い込みを変えるのに音楽が役立ったからこそ
変われなくて困っている人に対して音楽の影響力を強調しないわけにはいかないのです。
 
筆者は軽い鬱だった時分、
いいことと悪いことがあったらいいことは忘れ嫌だったこと、
つまらなかったことばかりおぼえている人間でした。
 
つまり人生に対して暗いイメージを持つがゆえに
そのイメージに沿った記憶を脳が重要だと認識し優先的に残していたのでしょう。
 
そしてあるときもしかしたら普段聴いている音楽こそが
自分がなにごとにも暗いイメージを持ち、
自信もなく、辛かったことばかりおぼえている根本原因なのではないかと思い立って
音楽プレイヤーから暗い曲を削除し明るい曲だけを聴くようにしました。
 
もちろんたまにはそういう暗い曲が聴きたくなって
聴いてしまうということを繰り返しましたが
普段通勤通学中に自分に音楽によって刷り込んでいたイメージの大半が明るいものになったことによって
格段に自分があらゆるものにもつイメージが変わり、
その先でだんだんと脳が選択して残す記憶も変わっていき、
今では辛かったことはあまり覚えていないという至極前向きな状況にもなりました。
それまではむしろ辛かったことしか覚えていない。
そんな人間だったのです。
 
もしあのとき音楽プレイヤーから暗い音楽を削除しなかったら
今の自分はいませんし、
精神的に非常に厳しい状況になるときは今ももちろんあるにせよ、
もう二度とああいう暗く閉ざされた自分には戻りたくないとも強く思います。
 
あなたが後ろ向きな思い込みを変えることを望むなら、
お願いですから音楽を使ってください。
それが筆者の知る限り最も効率的で確実な方法です。
本や映画で半年も続くものじゃありません。
 
そしてもし今暗い音楽ばかり聴いているかあるいは音楽の力を人生において利用していない中、
自分の後ろ向きな思い込みを変えたいと本気で思っているのなら、
筆者がかつてそうしたように音楽プレイヤーから後ろ向きな音楽を全て削除するなりして
明るい音楽が自分に植え付ける明るいイメージの力を利用することをお勧めします。
 
自分はいつになったって変わることができるし、
人生は明るい、
そんな風に思える曲を聴いてください。
そのためにそれなりに密閉性があるいいイヤホンを買ってください。
本書で紹介しているものでもそうでなくても構いません。
 
過去の筆者のように自分の考え方の大部分が悲観的なものであるならば、
楽観的な情報そのものに
「軽々しい」「きれいごと」という印象を持って
それに触れることをためらうかもしれません。
 
しかしこの世界には解釈と観測があるだけで
一つの紛れもない実体なんてどこにもありません。
物理学の量子力学もそれを証明し始めています。
 
そしてあなたが楽観的な情報に触れ続けることへの抵抗は
他でもなくあなたの中の悲観性から生じていて、
それに逆らわないことはそんな悲観性を拡大し
その先でそれに沿ったより暗い人生をつくることしか助けないことを忘れないでください。
抵抗は現状を保つべく生まれているものです。
現状が自分が望まないものなら抵抗に抵抗する必要があります。
 
自分に何か特定の考え方を刷り込むということに抵抗がある人もいるかもしれません。
しかし望んでも望まなくても、
意識的にでも無意識的にでも、
僕らは自分が属してる場や、社会や、教育からなんからの思想を常に刷り込まれています。
 
僕らがなんらかの情報に触れるとき、
その情報それ自体やその情報が暗黙の前提としているものを
僕らに自分で刷り込んでいるというのは間違いありません。
 
そしてもちろん本書も一つの情報であり、
触れることである特定の考え方を刷り込むことになるのは間違いありません。
それに多少の警戒心を持ちながら読んでいただきたいです。
洗脳なんてある種の信仰宗教でだけ行われていることだ。
そういう考え方はあまりにも鈍感すぎて一人の人の人生を棒に振りかねない考え方です。
 
思い込みと考え方は間違いなく僕らの人生を決定づけています。
それならばそれらに与えられる影響に
僕らはもっと敏感になる必要があるのではないでしょうか。
 
繰り返しますが筆者は
周りがダメだ、社会がダメだ、教育がダメだ、
ということを言っているわけじゃありません。
 
そうではなくてそれらが何らかの大きな影響を自分に与えていることを前提にして
自分の人生を自分の望むようなものにするような思い込みを持てるように
触れる情報を変えていこうということです。
 
そしてそんな風に考え方を変えていくには
特定の希望に溢れ、前向きで、自信に溢れた音楽、愛のある音楽を聴くのが
もっとも効率的で簡単だということが筆者の経験も含めていいたいことです。
 
半年間心がけでその場その場の思考を変えることが無理だとしても、
暇なときに前向きでやる気がでる、
明るい人生を創って行こうと思える音楽だけ聴くということだけでも少しずつ続けていければ
自分の思い込みを変えることは必ずできますし、
少しずつ確実に前向きに変わっていくことができます。
 
人が変化や努力をしようと思うのは
自分が思い込んでいる自分と現状の自分にギャップがあるからに他なりません。
そこにギャップがなければ、
すなわちいかに現状の自分が到底好きになれないものであっても
「そんなふがいない自分で当たり前」
と思っていたならば
一時的に変わろうとしたところでそれが長期的に続くことはありません。
 
人は自分が何を当たり前だと思っているかということを
実現していくにすぎません。
 
まずは人生についての当たり前、
自己像についての当たり前を引き上げなえれば
その「思い込み」に向かって変わっていこうという気すらおきません。
人生において悲劇が当たり前だと思っていたなら、
何かを我慢してやり続けることが当たり前だと思っていたなら
自分にとって喜劇である人生に向かって何かを積み重ねようという気にもなりません。
 
まずは自分が触れる情報を変えることで
自分のセルフイメージをはじめとする思い込みを引き上げることで
変わることのできる可能性を圧倒的に引きあげることができます。
 

3/4、習慣力を上げていく(他人の強制力を使っていく)ことで自変力を飛躍的に高める

 

はっきりいって1の思い込みを変えるということだけでは心もとないです。
もしかしたら明るい情報に触れ続けること自体を拒むことになり
「自分は変われない」という思い込みを変えられなず終わるかもしれません。
そして1の方法だけでは自分の意志で変えていく範疇をでていません。
 
そこで2では他人の強制力を使って習慣化技術を上げ、
その先で自分の後ろ向きな思い込みを変えたり、
何らかの進化を生み続けていくいくつかのオススメの習慣を身につけて
より確実に人生と自分を進化させていくという方法について語ります。
 
習慣が身につけば人生が変わる、
ということに反対する人はいないでしょう。
一つのことが習慣になったならそれがその後
ずっと自分に好影響を及ぼし続けるということです。
 
しかし自分一人で何かを習慣にすることは困難です。
意志だけであらゆることを習慣化をすることが難しいという事実こそが
多くの人に人は結局かわれないと言わしめる理由でしょう。
 
自分の意志だけで習慣化ができないなら、
もちろん他人の強制力を使うことでより簡単に人生を変えていくことができます。
何を習慣化するかということにもこだわる必要があります。
 
まずは本書習慣力編でも話したように
習慣力グループというものをつくりましょう。
これはラインでもなんでもいいです。
 
何か習慣化したいものを持つ人を募って、
習慣化したいものがなくても人生をもっとよくしたいと思う人を募って、
グループの中で毎日報告することを義務にすることで
他人の強制力をかけて習慣化を目指すものです。
 
今日から自分はこんなことを習慣にするぜ!ということを投稿しあって、
それを続けることに失敗したなら
「今日はしくじった‥七日で止まったから次は八日間以上続けることを目指す!」
という感じで
グループ内で連続記録について共有し合えば
もっと続けるのが簡単になるかもしれません。
 
他にはもっと大勢が見ているSNSで習慣化したいことをつぶやくことを義務にする
という他人の強制力のかけ方もあります。
習慣化についてはできる工夫が他にいくらでもあり
それは習慣力編で語っているので割愛します。
 
何がともあれ長期的に変わりたければ
まずはもちろん習慣力をつけることが必要不可欠です。
 
本書習慣力編も参考にして習慣力を長期的にあげることができれば
人生が圧倒的に変化します。
しかしそういう長期的な話しではなく、
過去の筆者のように低いセルフイメージや後ろ向きな思い込みによって
何も習慣化できないほど習慣力が著しく低い状況で変わるために
どんな順序で何ができるか、
ということがこの自変力編で語っていることです。
 
そもそも「習慣力」という考え方に焦点を当てる頻度が不足してそれを忘れてしまっては
変わることができなくなってしまいます。
「習慣力」という考え方は
それが向上しつけたい習慣をかたっぱしからつけられるようになったとしたら
圧倒的に自分が進化できることは間違いないし、
人生が変えられないなんて概念がなくなる
という非常にワクワクした考え方です。
 
変わるためには現状への嫌悪感か変わった先へのワクワク感を使うということは
すでに話しましたが
「習慣力」という概念に焦点をあててそれが高まった先に対するワクワク感を感じることは
もちろん後者にあたります。
 
この「習慣力」という考え方に焦点をあてる回数を増やしたいわけですが、
筆者はモデルプランで紹介したように
スマートフォンのリマインダを使って1日に11回
「習慣力 圧倒的改良」という文言を毎日繰り返しリマインドし
スマホの画面に表示させています。
そしてリマインドを消去しません。
 
これにより常にスマホの待ち受け画面に
「習慣力で飛躍的進化」
という文字を表示させられるので
習慣力が高まった先で人生が圧倒的に改良されたときへのワクワク感を
1日に何度も持つことができます。
習慣化についても忘れずに済みます。
 
他にもこの本をバッグに入れて時々読み返せば
向上心と実現できるはずだという気概を持つことができるはずです。
またこの自変力編で語るのは
一体どんな習慣から身につけていけば自分を変えるために一番効率的だろうかということです。
 
自分を変えるために一番はやいと思われる
身につけていく習慣の順序を語るというわけです。
まず習慣化するべきは
「他人の強制力を自分にかける」
ということです。
 
自分を変えられないと悩む程度には意志薄弱な僕らが
他人の強制力なしで自分を変えていくことは不可能です。
 
まずは他人の強制力を僕らにかけることを習慣化することで
その先で圧倒的に簡単に変わることができるようになります。
たとえば習慣力グループで毎日報告することを習慣にする、
毎日SNSで習慣化したいと思っていることを完了したかしていないかを報告することを習慣にする。
 
本書時間捻出力編で語っているSNSで作業場所と作業時間を固定する方法論を使って
毎日作業時間を強制的に捻出することを習慣にする。
 
特におすすめは習慣力グループで毎日習慣化についてつぶやくことを習慣にすることを目指すことです。
またグループ以外のSNS(TLで自分を監視している人が大勢いるところ)で
毎日習慣化していることを完了したか否かつぶやくことを宣言することで
より強制力をかけることができます。
 
そして習慣力グループで報告することを習慣にするには
何か習慣力グループで報告しながら習慣化するものを持つ必要があるわけですが、
最初に習慣化するものとしてお勧めするのは
「毎日楽観的で、自信に満ちた音楽だけを隙間時間に聴く」
という行動です。
 
特に持っている考え方が著しく後ろ向きであったり、
卑屈だったりしてそれが自分が変わることを大きく阻んでいるという人には
特におすすめします。
 
後ろ向きな時分には前向きな情報だけに触れるということに抵抗を感じると思いますが、
実際に筆者が自分の後ろ向きな思い込みを変えることができたのは
間違いなく暗い音楽を聴くことを一切やめて
楽観的な音楽、自信にあふれた音楽だけを聴く、
という習慣をつけることができたことによります。
 
もしこの習慣が身につけば
明るい音楽によって多くの明るい思考を誘導することができ、
その結果として半年後に思考習慣を変えることも十分に可能です。
 
もし本気で人生を変えるためにこの習慣を身につけるならば
音楽プレイヤーから後ろ向きな音楽を全削除してください。
筆者はそうしましたし
そうすることで楽観的な音楽だけ聴くという行動を意志に頼らずに、
ほぼ自動化することができます。
 
もし毎日習慣力グループで報告することが日課になったなら、
習慣力は著しく高まったと言っていいでしょう。
毎日習慣化するものを持つことが習慣になったということです。
そして毎日楽観的な音楽だけを隙間時間に聴くということが習慣になったなら、
もうほとんど悲観的な自分を変えられたと言っていいでしょう。
 
次に自分を変えるために習慣化することは「できたこと日記」です。
後ろ向きな思い込みというのは言ってみれば
「自分は〜できない」
「自分がやったらうまくいかない」という思い込みです。
 
その思い込みは自分ができなかったことを
より覚えていることに由来します。
ほんとにできないことが多いのか否かではありません。
ただできたことをより多く覚えているか、
それともできなかったことをより多く覚えているか、
ということこそが自分が変わることができるか否かを左右しています。
 
それならばできる限り自分ができたことに焦点をあてられる仕組み、
自分ができたことを覚えていられる工夫をすれば
圧倒的に自分ができたことに焦点をあてられるようになります。
 
セルフイメージが低い状態だと少しうまくいかないことがあっただけで
「何もかもうまくいかない」
という心象を持ちがちですが、
そのようないらぬ思考習慣を前向きな方向に強制する強力な手段の一つが
「できたこと日記」です。
 
どんなに小さいことでもいいので
自分がその日できたことを書くというものです。
何もないなら
「起きることができた」
でもいいです。
 
とにかく
「〜することができた」
という認識を増やして
「〜することができた」ということを
「〜できなかった」ということより覚えていられるようにするのです。
 
書くことで脳に対してそれが「重要なこと」だと印象付けられるというのは
断言法についてでも話しました。
重要なこととして印象付けられるというのは
つまり記憶に残りやすくすることができるということです。
 
寝る前に携帯の日記アプリに
「起きることができた」
と書くだけでもいいので習慣化しましょう。
 
人は寝ているとき、
特に眠りの浅いレム睡眠時に記憶を整理しますが、
寝る前に書くとより「重要なことだ」という認識が
寝ているときの脳に強く印象付けられるのでおすすめです。
 
何もかもがうまくいかないという考えを持ってしまいがちなら
「〜がうまくいった」という形で書いた方がいいかもしれません。
筆者も
「何もかもがうまくいかない」
「自分はどうしようもないやつだ」
と思ってしまいがちな人間なので
実際にこのように毎日書いています。
 
「できたこと日記」が習慣化したなら、
ほとんどもう人生が変わったみたいなものです。
 
習慣になって6ヶ月間続くなら
6ヶ月後には「できる。だって今までそうやってたくさんやりとげてきたから」
という風に考える思考習慣がついているはずです。
次につけることをおすすめする習慣は
「やることを書き出しては消す」
という習慣です。
 
筆者もこの経験を持っていますが
この経験をつけてから「自分は書き出したことは確実にやりとげる」
という思い込みを持つことができるようになりました。
 
もちろん本書も
「自変力編を進める」だとか
「習慣力編を進める」だとか
頭でわかっていてもわざわざ書き出しては消して進めました。
書き出して実際に積み重ねたことを目に見えるようにすることで
自分の努力に対して自信をもつこともつながるのでおすすめです。
 
ここまできたらもう人生は九割変わったはずです。
自分が「〜できない」という思い込みも極限に減っているでしょう。
ここから先は自分を変えるために身につけたい習慣というよりは、
僕らを継続的に変えていける可能性を高めるために身につけたい習慣、
将来的に自分を変えることをより簡単にする習慣についてです。
 
まずあげられるのが断言法です。
これは中期実現力の実践力編でも話したように
自分の理想の実現後に触れる頻度を高める手段の一つであり、
自分の理想がなんなのかということを明確にして生活をより方向づけることができ、
実現力を飛躍的に進化させることができる習慣です。
 
次に挙げられるのが瞑想です。
瞑想は未だにスピリチュアルな怪しげな人がやることとして捉えられがちな節がありますが、
科学的にストレス耐性や集中力を上げると実証されている方法論です。
やるやらない、
望むなどの意志力に関するはたらきを司っている大脳新皮質の容量を向上するという効果も実証されています。
詳しくは短期実現力の集中力についてで語っています。
 
その次に挙げられるのが筋トレです。
詳しくはセルフイメージ力についてで語っているのでその部分を参照して欲しいのですが、
筋トレをして筋力をつけることによって男性ホルモンのテストステロンが向上し、
テストステロンによってより自信や向上心をつけることができます。
 
これら3つの習慣をさらに身につけることができたなら
鬼に金棒です。
実現力が圧倒的に進化することのみならず、
日常における自信や向上心も飛躍的に向上するでしょう。
人生が激変するとはまさにこのことです。
習慣力をつけ僕らが習慣化したいことをかたっぱしから習慣化していくことで
僕らは飛躍的に進化していくことができます。
繰り返しになりますが
習慣化の確率を上げる方法論17の網羅についてはこちらをごらんください。
 

4/4、コーチをつけて自変力を飛躍的に高める

これまで語ってきたことをやればほぼ確実に変われると思われますが
それでもやっぱり自分では変われないという場合、
最終手段として信頼できるコーチをつけるという手段があります。
他人の強制力を働かせることの最終形態です。
 
しかし信頼できる、
かつ精神論でごまかさない、
かつあなたのことを本気で変えようとして時間を割いてくれる、
そんな人でなければコーチをつける意味がありません。
 
逆に中途半端なコーチをつけてそれでも変われずに
「やっぱり自分は自分でも変われなかったしコーチをつけても変われなかったダメ人間だ」という
ほとんど失望といっていい思い込みを持つくらいなら
やらない方がマシです。
詳しくは理想の実現後に触れる頻度力のパートでお読みください。
 
筆者もコーチングを行っています。
縁があれば共に圧倒的な変革を二人三脚で目指していければ幸いです。
自分にあったコーチをつけることで僕らは飛躍的に進化していくことができます。

以上の4つ、まずできるならば自分が属す場を変えること、短期的には習慣力を身につけること、長期的には思い込みを変えること、自分で変われないときはコーチをつけること、これらによって人生をたやすく変え、進化させることができます。

変わるために使える音楽厳選5曲

 

尚、筆者は軽い鬱だった時分から
それを脱することができるまでに様々な音楽を聴いて、
その中でもっとも自分の思い込みを効率的に前向きな方向に変えるのに役立つのはどれかということを研究してきました。
その中でもよりすぐってオススメの曲を何曲か紹介します。
筆者がその時分大きな負の感情に襲われたときに
必ず聴いていた曲です。
できるだけ持てる気分を明快にするのにボキャ貧でいきます。
音楽で自分が持っている思い込みを変えることで僕らは飛躍的に進化することができます。
 

1/6、未来づくり/amazarashi

amazarashiというロックバンドの一曲です。
amazarashiの曲はかなり暗い曲が多いのですが、
この曲は珍しく
「時が過ぎることは怖くない、明日はきっと素晴らしい」という曲で、
サビは自分が変われたこと、
素晴らしい人に出会えたことへの感謝に溢れまくっていて、
感情を想起してそういう素晴らしい未来へのイメージを高めるのにも役立ちます。
 
またこの曲の作曲者は相当に暗い日々を送ってきた過去があるようなので
それだけに未来は素晴らしいという言葉にも重みがあります。
 
前奏のシンセはおそらく脳波をα波に寄せるような効果があり
前奏から感情が消去される感覚があります。
「思えば僕はずっと僕のこと嫌いだったんだ そんなこと忘れてたよ 
なんでだろう多分あなたに出会ったかです」という言葉から始まるので、
いきなり自分好き感も出ておらず抵抗も少なく
だんだんと自己嫌悪を薄めることもできます。
 
そして曲の最後の内容として
自己嫌悪をやめるというのが
自分を肯定してくれた人への感謝や使命感からきているということにも
この曲が自己嫌悪をやめることをはかどらせてくれるミソがあります。
 
ということで頻繁にきけば
暗い自分が明るい未来に対する信頼をとりもどすことを助けてくれます。
また「うまくいくかわからないけど僕なりに頑張ってみるよ」という曲が
結果への執着も薄めてくれます。
 
しかし他の曲にもあるように
作曲者は基本的には暗い人だと思われ
人生への暗いイメージが根底にあるようなので
ある程度自己嫌悪を薄められてきたら
あまり頻繁にきかない方が望む人生をつくるのに効率がいいかもしれません。
 
筆者が選ぶ人生を変えてくれた一曲、
心の底から存在に感謝してる曲のうちの一曲です。
この曲を頻繁に聴けば自分のハッピーエンド信仰を飛躍的に進化することができます。
 

2/6、the long parade/大橋トリオ

未来づくりと違って至って根っからの明るい曲です。
 
筆者はその曲が自分に刷り込んでくれるイメージが素晴らしいものだと思ったら
歌詞をわざと見ないで何を言っているか具体的には知らないまま聴き続けるのですが
「start again」
「give me away to start the long parade」など
いいイメージ、人生は喜劇だという認識を自分に植えつけてくれるような一曲です。
また始めよう、という気分になってきます。
 
また未来づくりと違って
曲と作曲者のイメージが非常に明るいので
自分に明るいイメージを植え付けるのにも役立ちます。
 
実際、筆者はこの曲を頻繁に聴いてまた目覚ましに設定して日頃聴く曲も全て明るいイメージを持てるようなものにしてから3ヶ月くらいたったあたりから
だんだんと日頃マイナス思考をする機会が減っていき、
逆に夢は悪夢を見ることが多くなっていきました。
 
夢は人の脳において脳から消すべきだと脳が捉えている記憶を消化するために使われているという説がありますが、
もしそうなら悪夢が増えたということは
脳が「辛い記憶は重要度が低く忘れるべき」と認識してくれたということで、
実際に夢によってそれらを解消し、
その先でいいことだけ覚えていやすい人間になったということともいえます。
 
実際に悪夢が増えてから
それまで辛かった過去の記憶がフラッシュバックすることで辛い気分になることが多かった筆者も
日常生活において後ろ向きにかんがえたり
嫌な過去に苛まれたりすることが圧倒的に減っていきました。
 
この曲を頻繁に聴いていたことが
「いいイメージこそが自分にとって重要」
と脳に思わせるのに役立ったのは間違いありません。
心から存在に感謝している曲のうちの一曲です。
この曲を頻繁に聴けば
自分のハッピーエンド信仰と
人生に対するいいイメージを飛躍的に進化することができます。
 

3/6、ホルトノキ/大橋トリオ

筆者は負の感情を消す効果があるような曲については
世界中の曲を網羅している自負があり、
負の感情を消去してくれるような音楽をどれくらい知っているかということについては
世界一である自信がありますが
 
その中で負の感情を消す効果がパッヘルベルのカノンや同じ作者の大橋トリオのフラワーと並んでトップに君臨しているのが
このホルトノキという曲です。
 
初めて聴いた時には
世の中にこんなにも優しくて幸せな曲をつくれる人がいるものかと
びっくりしたものですす。
 
「雨の日も強い風の日もずっと変わらずに君を待つ
 雨宿りしたその隣に立っている木の名前はホルトノキ」
とにかく愛に溢れているので
自分の欲望が大きくなって
その先で執着が生じ不安になったり負の感情が大きくなった時には
この曲を聴くことをおすすめします。
 
少なくともその場の感情が落ち着くことは間違いありません。
「背伸びして何が見える?」
「思うようにいかないこともあるからおもしろい毎日なんだ」
など力みがとれるフレーズも満載です。
この曲を聴くことでその場の感情を飛躍的に落ち着かせることができます。

4/6、フラワー/大橋トリオ

同じく大橋トリオの一曲です。
筆者が知る限り負の感情を解消してくれるというところで
世界に大橋トリオの右に出るアーティストはいません。
 
そしてこの曲もまた執着や不安を消してくれる曲です。
特に二番サビの後
「もう一度ゆこう 何もいらない」
から大サビを経て終わるまでの音楽は
これがストレスの多い現代人にきかれていないことが社会的損失だと筆者は信じて疑話ない程度には素晴らしくヒーリング効果があります。
負の感情がコントロールしきれないときにオススメです。
フラワーを聴くことで自分の執着を飛躍的に減らすことができます。
 

5/6、アルケミスト/ACIDMAN

世界中で三千人以上に希望を届けた名小説、
アルケミストに寄せてロックバンドACIDMANがつくった名曲です。
小説の希望に満ちた世界観を見事に表現しています。
 
小説同様この曲も詞にあるように
「僕らは信じていた いつだって信じていた 
手を伸ばせばすぐに 届きそうなあの光を」
という自分の実現を信じさせてくれる、
そんな曲です。
 
筆者は今でも不信におちいったときこの曲を聴きながら走りますが、
そのたびに自分を理想に引き戻してくれる感覚があります。
 
感情がなまじ強くそれをかなしみや絶望を強化することに使ってしまっている場合、
このブリッジの感情の高まりを
「僕らは信じている」という希望を強化することに時々使っていくことを勧めます。
 
一つの小説がもたらした希望を、一つの音楽がつなぎ、
そうして自分にわたってきた希望をまた一つの本の大事な一部分としてつなぐことができる。
 
筆者はそんな風に
ありふれていたとしても決して世界から途絶えさせてはいけない大事なものをつないでいく一員であれることを誇りに思います。
 
アルケミストを聴くことで
「僕は信じている」
という希望への信頼を飛躍的に拡大することができます。

筆者が軽い鬱だった時分に頻繁に聴いていたのは主に未来づくり、the long parade、ホルトノキの三曲です。しかしもちろん他の二曲についても自分を変える助けに大変なるものとしてオススメすることができます。

そして変わろうという気持ちを大変高めてくれる曲についても紹介します。

6/6,changes/base ball bear

「何かが変わる気がした 何も変わらぬ朝に いつもより少しいい目覚めだった」
から始まるこの曲は
筆者が知る限りもっとも変わろうという気にさせてくれる一曲です。
 
サビの
「すべてが今変わってく すべてがはじまる」という詞や
「失うものもある でもいいんです 一つうなづき駆け出すさあ」という詞が
サビの高揚感のあるメロディと共に変わろうという気概を与えてくれます。
 
そして最後
「変わったのは僕自身だ」という言葉によって
自分が変わった後(理想の実現後)に触れることで
より変わることへのモチベーションを高めることができます。
 
変わりたいという気持ちが失せがちなとき、
この曲を聴いて変わることへのモチベーションを高めることをオススメします。
僕らが変わることのできる可能性を飛躍的に高めてくれます。
 
ということでいかにして変われない状況にある人が変わるか、
いかにして使う意志量少なく変わっていくかということについて話してきました。
僕らが変われないなんてのは全くの嘘です。
変われないのは変わる方法を知らないだけです。
意志や覚悟という基本的に役に立たないものにこだわっているからです。
それ以上でも以下でもありません。
 
筆者は技術や方法論を進化していくなら
僕らがどこにいたとしても圧倒的に変革し、
飛躍的に進化することができます。
むしろ現在ふがいなければふがいないほど
圧倒的に大きく変わることができます。
ということでいかにして変われない状況にある人が変わるか、
いかにして使う意志量少なく変わっていくかということについて話してきました。
僕らが変われないなんてのは全くの嘘です。
変われないのは変わる方法を知らないだけです。
意志や覚悟という基本的に役に立たないものにこだわっているからです。
それ以上でも以下でもありません。
 
筆者は技術や方法論を進化していくなら
僕らがどこにいたとしても圧倒的に変革し、
飛躍的に進化することができます。
むしろ現在ふがいなければふがいないほど
圧倒的に大きく変わることができます。

「PC一台自分のビジネスを持って1日2〜3時間労働で一生食うに困らない力」
をあくまで「経済的自由力」という自由力の一つとして自由の側面に位置付け
それを含む五つの自由力
内観的自由力
→自分の向き不向き好き嫌い経験を知って自分だからできることを知って人生の方向性を決める技術
内面的自由力
→感情と思考をコントロールしてモチベーションを維持する技術
行動的自由力
→時間管理、行動自律、方法決定など目標に向けて行動を最適化する技術
情報的自由力
→必要な情報をインプットしセルフイメージをつくり、独自のアウトプットをして価値を生み出す力
経済的自由力
→ビジネスの知識としての一生食っていくのに困らない力
の五つを進化させて
自分だからできる度合いを向上させることで
自由なんかはあくまで通過点に置き死ぬ前に後悔しないような充実した人生を創ることを目指す。
そして最初からそこを目指すことが結局自由への近道でもある。
そんな理念で人生をより面白くする無料メルマガコミュニティ「School Of Free Life」を運営しています。
まず初めとしてPC一台で一生食うに困らない力=経済的自由力をつけるべく10万字(本一冊)程度の講座を共有中。
死ぬ前に後悔しない人生を創ることへのきっかけになれば幸いです。

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