[決定版]自信をつける行動レベルに具体的な方法15の網羅

Contents

この記事では「自信を持つための行動レベルに具体的な行動」について
筆者が知る限り網羅しています。(この記事は僕のコーチングプログラムでも利用している「実現力」という本の一つのパートです。)
「自信を持て」ということはよく言われます。
しかし自信は持てと言われて持とうと思ったところで持てるものではありません。
 
筆者も15で軽い鬱になって以来長らく自信の自の字もないような人間でした。
「もっと自信を持てよ」と言われるたびに
「言われて持てるなら持ってんだろうが」
と思っていました。
 
このまま自信も持たずに生きていくしかない、と思っていましたが
たとえそれで生きていけるにしても自信がないまま生きる人生は
常に一種の自己嫌悪に苛まれ、
自信がないから自分の望むことも実現できず、
そんな人生でしかないということを実感し
やはり自信を持ちたいと強く願い、何年にもわたって
自信を心がけではなく技術として持つ方法を試行錯誤してきました。
 
あくまで心がけや気まぐれではなく技術によって、
現在も完全に自信を持っているとはいいがたいものの、
当時に比べたら断然自信をもつことができています。
 
自信なんて自分が持てるはずがない。
そう思っている人にこそこのセルフイメージを上げる技術を使ってより自分を肯定でき、
その先で自分の望んだことを実現したり
自分により満足できる生活を送ってもらえれば
筆者も自信をほとんど喪失して自己嫌悪に苛まれる日々を送った甲斐があったと思うことができます。
 

絶対にやりたいこと編

1/6、理想とする人の音声を頻繁に聞いてセルフイメージを飛躍的に高める

そんなことで変わるのかと思われるかもしれませんが、
筆者の経験上もっとも簡単に続けられて
かつ自分のセルフイメージに絶大な効果を及ぼすと考えられるのが
自分が理想とする人の音声を頻繁に聞くことです。
理想とする人というより
理想とするセルフイメージを持っている人の音声といった方がいいかもしれません。
 
そんなことで変わるのかと思われるかもしれませんが、
筆者の経験上もっとも簡単に続けられて
かつ自分のセルフイメージに絶大な効果を及ぼすと考えられるのが
自分が理想とする人の音声を頻繁に聞くことです。
理想とする人というより
理想とするセルフイメージを持っている人の音声といった方がいいかもしれません。
 
もっともセルフイメージが高い人とはどのような人か?
それは自分が世界中=地球を変えられると信じている人です。
たとえばイーロンマスク
たとえばマークザッカーバーグ
起業家には自分が歴史を変えるに値する能力があると考えている人がいます。
彼らの音声は自分のセルフイメージを変えるのに役立ちます。
中でもジョブズがつくったアップルのCMは歴史を変えてきた偉人で埋め尽くされています。
このCMの音声を繰り返し聴く以上に
自分のセルフイメージを効率よく上げられる音声は他にないでしょう。笑
ナレーションのジョブズももちろん自分が監督するプロダクトで世界を変えられると思っていた、
もっともセルフイメージが高かった人間の一人です。
音声や音楽は基本的に右脳処理です。
そして右脳はイメージをつかさどったりもしています。
ただ文章を読むよりも情報に対して感じるリアリティは桁違いです。
だからセルフイメージ=僕ら自身についてのイメージを変えるためにもってこいです。
 
そして音声や音楽のいいところはすでに理論編でも話しましたが、
文字を読んだり自己暗示を使ったりするのと決定的に違って、
能動的に情報を取得しようとしなくても
一度再生ボタンを押せば自動的に自分に影響させることができるということです。
つまり簡単に続けることができます。
 
その中でも人の音声は音楽と違って
ライブ感、リアリティがありますから
自分に及ぶ影響も大きいといえるでしょう。
 
半信半疑の人も騙されたと思って
自分が理想とする人の講演音声や自分が理想とする人たちの対談音声を
1日15分三日ほど聴いてみてください。
きっと自分の自己像がその人たちに寄ったものになってくる感覚があるはずです。
 
たった三日でもだんだん
自分の中の自分のイメージが変わっていることに気づくでしょう。
そのくらい理想とする人の音声を聴くという行為は
セルフイメージを飛躍的に進化させる力があります。
 
具体的にどのようなときに聞くかといえば
通勤や通学中は基本ですが、
作業中にBGMとして使うこともオススメです。
 
通勤や通学中に勉強をしたり何か考えようとするくらいなら、
耳から理想とする人の音声を垂れ流すことで
セルフイメージの手入れをすることに時間を費やした方が、
よほど実現にとって有意義に時間を使うことができるでしょう。
 
そして作業中、集中力をある程度犠牲にしてでも、
理想とする人の音声でセルフイメージを手入れをしても
まだ足りないくらいセルフイメージは理想の実現の可否を左右するものです。
 
また音声をBGMで使うということは
結果的に集中力をあげていることもあります。
人とつながっている感を得ることによって
結果的にSNSを触る頻度を下げているという点においてですが、
それについては短期実現力の中の集中力についてで詳しく語っています。
 
逆にこの音声や音楽という半自動的に自分に影響を及ぼすことができる情報媒体を使わずに
自分のセルフイメージを僕ら自身の心がけで保ち続けるというのは
非常に効率が悪いでしょう。
 
後ほど述べる
「自分所属しているコミュニティや場を変える」
という行動は、
もしできればそれだけでセルフイメージを大きく変え高く維持し続ける効果はありますが、
コミュニティや場を変えるということは簡単なことではありません。
 
たとえば会社をやめたり住む場所を変えたりすることはかかるコストが
半端ではありません。
それに場でセルフイメージを維持するとなると
ずっとその場にかなりコミットしなければいけません。
 
自分のセルフイメージのために人間関係を捨てたり固定したりしなくてはならないとなると
かなりきついものがあるでしょう。
続けるのも難しいでしょう。
実際にコミュニティや場を変えるというのは
そんな続け難い対策であることは間違いないので、
本書では重要度のある程度低いものとしています。
 
マインド系はなんでもそうですが、
セルフイメージもそれまでの人生で考えてきたことの積み重なりであり、
人生が進めば進むほど変えるのが難しくなるものでもあります。
 
それまでの人生で積み上げたものである以上、
一朝一夕で変えられるものではありません。
しかし変える手段は確実にあり、
それは一般的に思われているより
よほど簡単にかえられるものです。
理想とする人の音声というのは
飛躍的に自分のマインドを進化させる力をもっています。

2/6、前向きで自信に溢れる曲以外を音楽プレイヤーから削除して、日頃聴く音楽でセルフイメージを飛躍的に高める

 
一応1より多少重要度が低いかなという感じなので2としましたが、
筆者が15のときに患った軽い鬱を克服できたのもこれをやったからだし、
その後セルフイメージをそれなりに高く保つことができているのも
音楽のヘビーリスナーである筆者にとっては
聴く音楽を制限していることに由来します。
 
「性格が音楽を選んでいるんだ」
ということで片付けてしまうこともできますが、
その後よく聴く音楽が
僕らの性格を形成に影響を与えていることは間違いないでしょう。
 
本書で何回か言っているように
音楽や音声は一度再生ボタンを押してイヤホンから流せば
勝手に自分に作用するものです。
 
そして音楽において絶大な影響力を発揮するのは、
メロディに乗った歌詞です。
 
新興宗教のよくある洗脳手段として新興宗教がやっていたように
その宗教のテーマソングをつくるというものがありますが
これは的外れな洗脳手段ではないでしょう。
 
そして宗教のお経も
一つの思想を深く刷り込むための一つの音楽だと解釈できます。
 
毎日自分は素晴らしいと歌う曲を聴いている人と、
毎日自分が取る足りない人間だと歌う曲を聴いている人とで
セルフイメージに差が出ないことがあるでしょうか?
 
最初に僕らの性格が音楽を選んだとしても
その後頻繁に聴く音楽がその性格が固定されるのを
助長することは間違いありません。
 
筆者自身、軽い鬱の時代は卑屈な曲ばかり聴いていました。
「自分なんて」という思いで日々自己否定しながら生きて
自己否定に溢れる曲を毎日聴くわけです。
 
そんな情報に頻繁に触れていては
いくら前向きに生きよういう心がけを持ったとしても
前向きに生きられるはずがありません。
そしてすでに話したように一つの決断を下しました。
 
それは
「前向きな曲、自分に自信を感じる曲以外を音楽プレイヤーから削除する」
というものです。
 
できるだけ前向きな曲だけを聴くようにする、
という心がけだけでは
今まで通り卑屈な思いを卑屈な曲で強化することになるのはわかっていたので
強制的に明るい曲しか聴けない状況をつくったわけです。
 
最初の方はもちろん音楽プレイヤー以外から
それまで聴いていた卑屈な曲に手を出したりしましたが、
それまで聴いていた重苦しい自己否定にあふれた曲を聴く機会は圧倒的に減り、
明るく自信にあふれた曲を聴く機会が圧倒的に増えたことで、
だんだんと自分が普段考えることも
前向きな傾向を持つものになっていきました。
 
そしていつしか常に重苦しい気分が続く状態から抜け出していました。
自分の思いやイメージが積み重なってセルフイメージや自分の未来像になっていくわけですが、
音楽はそのときどきの思考を誘導する性質を持っています。
 
暗い曲を聴きながら明るいことを考えるのは難しいですし、
明るい曲を聴きながら暗いことを考えるのもまた難しいです。
それは実感として誰もがわかる話でしょう。
 
実際に行われた実験で暗い音楽を聴いているときには
電車内の人々がつまらなそうに見えやすく、
明るい音楽を聴いているときには
楽しそうに見えやすいという当たり前の結論も実証されていたりします。
 
そして自分が考えていることを
自分の心がけで望ましい方向に変えていくということは難しいですが、
ひとたび望ましい思考を誘導できそうな音楽を自分に流せば、
徐々にそっちの方向に自分がする思考を寄せていくことができます。
 
至って明るい曲を聴きながら
至って暗い思考をすることは難しいでしょう。
たかが音楽を聴くだけでと言われるかもしれませんが
すでに理論編で話したように
音楽ほど簡単に僕らがしたい考えやイメージを誘導できるものはないと考えています。
 
この世の中には人生は明るいものだと考えている人と
人生は暗いものだと考えている人がいます。
 
筆者も昔は人生は暗いものだと信じてしまっていた人間ですが、
それから音楽やいろいろに助けを借りながら
1日1日でする思考をコントロールしていった結果、
今では人生はきっと願った通りに進めることができるものだという風に信じています。
そんな信念から本書を書いています。
 
具体的にどの音楽がオススメなのかということは
また触れる情報力編で後ほど紹介しますが、
理想の実現の確率を上げるために聴きたい音楽と
聴くのはやめた方がいい音楽の特徴を簡単に言えば、
実現を助けてくれる音楽は曲調が明るく、
歌詞がどちらかというと前向き、
自信が感じられ破壊的ではないものです。
当たり前の話です。
 
ジャンルで一概に言うことはできませんが
メタルやロックには卑屈なものや、
卑屈が破壊的な感情に転じたものが多い印象を受けます。
 
うつ病の患者にはヘビーメタルを聴く日常的に聴く人が多いという研究もあります。
反面ジャズやボサノバには自己肯定があり明るいイメージを持てるものが多いです。
 
とはいえ、
ここは好みというか各人が感じるものにかなりよるので
自分がいい気持ちになり、
自らや未来に明るいものを見れるものという基準で選ぶのがいいでしょう。
 
のちに1日のモデルプランでも語りますが、
音楽で自分に好影響を及ぼすためにオススメなのは
特にライブ音源です。
 
ライブ音源は普通の音源に比べて
すぐそこで演奏している感があるために
リアリティが違います。
 
自分が情報に対して感じているリアリティが強ければ強いほど
自分により強く影響を及ぼすことができますし、
同時に、リアリティがあることで人とつながっている感覚を持つことができるので、
人とリアルタイムで接したいという動機を薄くし
SNSを触る頻度も減らすことができます。
 
いかに今卑屈な人間でも
日頃自信に溢れた音楽を聞き続ければ
簡単にセルフイメージは向上します。
 
そしてその先で飛躍的に簡単に様々なことを信じることができるようになるというのが
筆者の経験からいえることです。
音楽を十分に利用することで
飛躍的に簡単に高いセルフイメージ=自信を獲得することができます。
 

3/6、目覚ましを自分が理想とする人の音声や音楽に設定して毎朝セルフイメージを高める

一般的に暗示が入りやすいという時間帯に、
夜寝る前と朝起きた時の二つがあります。
 
この二つの時間帯は眠気で顕在意識が後退し
潜在意識が前に出ている時間帯です。
 
つまりこの二つの時間帯に考えることや外から入ってくる情報には
自分の思い込みを左右していく可能性があるため
気をつけなければならないことになります。
簡単に自分の中の思い込みに影響してしまうからと考えられるからです。
そういうわけで夜中に
反省=過去の悪イメージを想起することをしない方がいいと言われたりもしています。
 
とはいえ夜寝る前に何を考えるかということは
完全に心がけの範疇にあります。
夜寝る前に素晴らしいイメージをして
ひどいイメージを遠ざけるということは簡単にできることではありません。
 
ならば朝起きた時に
まず入ってくる情報を変えるのはどうだろうということで、
朝僕らが最初に触れる情報を自動的に変える手段に
目覚ましの音楽や音声を変えるというものがあります。
朝起きてまず触れる情報は平日であればまず間違いなく目覚ましの音でしょう。
 
アイフォンの目覚まし音はアイフォンに入っている音楽に変えることができます。
朝一番聴いて自信にあふれた気持ちになったり
晴れ晴れしい気持ちになれるものに設定することをオススメします。
 
朝さんざんな気持ちで目覚めるとさんざんな1日になるとはよくいう話です。
目覚まし音を音楽ではなく自分が理想とする人の音声にしてもいいでしょう。
とにかく朝一番で自分の感情状態を良好に保ち、
セルフイメージを高く維持できるようなものにするのがいいでしょう。
目覚まし音を変えれば
飛躍的に簡単に朝の気分をよりいいものにすることができます。
 

4/6、自分が普段見るTLを自分が理想とする人が大多数を占めるものに変えてセルフイメージを飛躍的に高める

SNSのTLというのは自分の思い込みを形成する働きを持っています。
普段見るTLの大多数をどんな人たちが占めているのかということが
自己像や未来についての思い込みを形成しかねません。
 
この策について簡単に言えば、
簡単に言えば自分が理想とするような人たちが大多数を占めるようなTLをつくって
周りのTLの代わりにそれを頻繁に見ることでセルフイメージを変えていくという策です。

 
5/6,小さな成功体験を積み重ねられる仕組みを整えてセルフイメージを飛躍的に高める

「自信をつけるには成功体験を積み重ねるしかない。」
という言葉をよく聴きますが、
本書は一部賛成でほとんど反対です。
 
確かに成功体験を積み重ねることは
セルフイメージを高めるのに非常に役に立ちます。
しかしそれは一つの方法にしか過ぎません。
 
これまで紹介したように
セルフイメージを高める方法は他にいくらでもあるのです。
成功を積み重ねるしか自信を保つ手段はないと考えると、
セルフイメージが低いまま成功を目指し、
しかしセルフイメージが低いから粘り強さもなく結果挫折し、
セルフイメージがまた下がったけれど、
そんな泥沼的な状況でも成功するしか自信をつける道はないからまた無理矢理成功を目指し
やっぱり続かずに挫折する、
という悪循環に陥ります。
 
だから成功体験を積み重ねようとする前に
他の方法でセルフイメージを高められるなら、
その方法でセルフイメージを高めてから実現を目指す必要があります。
 
また加えていうと、
セルフイメージの向上に必要なのは
一度きりの大きな成功ではありません。
 
確かになにか大きな困難を乗り越えることで
成功した経験というのは大きな自信になりますが、
そういう成功の大きさよりも
「いかに成功を繰り返せたか」
という成功の数の方がよほどセルフイメージに影響します。
 
成功の大きさより成功の数を繰り返すことによって
「自分はやったら大抵成功させられる人間だ」
というセルフイメージを持つことにつながり、
その思い込みが多少の失敗を特になんとも思わないような粘り強さになります。
 
そして成功の数が必要であるならば、どんなに小さな成功であっても、
他人から見たら成功でもなんでもないようなことであっても
僕ら自身にそれを成功だと認識させられることができるならば、
セルフイメージを保つための糧になります。
 
そのために効果的なことは、
どんなに小さな、くだらないタスクと言えないようなタスクでも、
それを書き出しそれを終えたら消す
ということを繰り返すことです。
 
たとえば「予定を見る」という行動すらもタスクとみなし、
書き出して終えたらそれを消すということをしてもいいくらいです。
そのくらい小さなことでも書き出して明確にし、
終えたらそれを消して実際にやったこと(成功したこと)を認識する
ということを繰り返すことで
「自分は書いたことはやる人間だ=決めたことはやる人間だ=成功者だ」
というセルフイメージを持つために役立ちます。
 
自分を責めてしまいがちな人、
完璧主義に陥りがちな人ほど
ほっておくと頭の中で高いハードルを設定し、
やったことがかなりいい線を行っていても
完璧主義ゆえに頭の中のハードルより低かったと認識し、
挫折感を味わう=失敗として認識するということをしがちです。
 
それを繰り返してると
僕らが自分で設定したハードルを自分はクリアできないという思い込み
=低いセルフイメージをつくることにつながります。
 
いかに能力があったとしても
「自分は失敗する人間だ」
という思い込みがあれば
能力の十分の一も発揮せずに実際に失敗することになるでしょう。
 
完璧主義に陥りやすい人ほど、
下がってしまいがちなセルフイメージを保つために、
決めたハードルをクリアするという経験を積めるように
どんなにくだらないことでも小さなタスクから書き出すべきです。
 
自信がない人、自分が失敗者だと思っている人は
実際にしてきた成功の数が少ないのではなく、
自分が成功だと認識している記憶の数が少ないに過ぎません。
 
客観的に見て成功してきたかということは
個人のセルフイメージに関わっていません。
結局は自分が成功と失敗どちらを多くしてきたかという主観的な解釈が
セルフイメージを決定しています。
 
どんなに小さなことからでも書き出して、
終えたら消すという癖を身につければ、
自分の思い込みの中で成功の方が
失敗よりも明らかに多いという状況を作り出すことができ、
それが高いセルフイメージにつながります。
 
自分をだましているといってもいいかもしれませんが、
自分がどんな人間かということなんて所詮思い込みの域であり、
思い込みが自分になるように人間は行動をしていくというだけで、
確固たる一つに定まった自分なんて存在しません。
個性だと思っていた自分さえ他の誰かのつぎはぎにすぎません。
 
自分が自分をどう思い込んでいるかということを
自分を騙すことで変えれば
自分が実際にどんな人間なのかということも変わり、
その先で人生を変えることにもつながります。
 
またこれは短期のポイントの実践編でも話しますが
やることすべてを書き出すというのは
やらなくていいことをやってしまう可能性を著しく下げたり、
やる気を出すということにもつながります。
 
やることを書き出しては消すという習慣をつけることで
セルフイメージ力のみならず僕らの実現力を飛躍的に簡単に進化することができます。

6/6,バッグに自分が理想とするような人や理想の生き方をしている人の本を入れてセルフイメージを高める

バッグというのは常日頃どんな精神状態のときも
自分に触れさせている一つの情報だということができます。
そしてその中に常に何かを入れておくなら、
精神に全く影響しないとは言い難いでしょう。
 
それを利用すれば
自分が持ちたいセルフイメージを持つことや、
刷り込みたい生き方をすりこむことに役立ちます。
 
自分が尊敬している人の自伝、
憧れる主人公をもっている小説、
なんでもいいので入れておきましょう。
リュックならば大して重くはないはずです。
 
そして多少重いなと本の重みを感じられる方が
簡単に自分にその本を影響させることができるでしょう。
もちろん本書をバッグに入れてもらっても構いません。
 
本書はあなたが理由を持って、
自分の可能性はもっと大きいはずだ、
無限に進化できると思えるような本になっているはずです。
 
自分の可能性を信じたいとき、
そして実現力に注意を向けてそれを向上し
今より何倍何十倍と自分が足を伸ばせる距離を伸ばしたいというときに
バッグに毎日入れてもらい読み返してもらえるなら
筆者として本望です。
 
本書をバッグに入れておくだけで
自分の可能性について信じられる機会を格段に増やすことができます。

できればやりたいこと編

ここからは少し重要度の低いできればやりたいこと編です。できればやりたいことだからといって効果が低いというわけではなく、おもに続けるのが難しかったり、やろうとしても行うのが難しいことをこのカテゴリーにいれています。ですからもし続けることができるのならば強力に実現を助けてくれることは間違いありません。

1/9、自分がいるコミュニティや場を変えてセルフイメージを飛躍的に高める

ある人の言葉に

「人生を変えるには三つしか方法がない。
一つは時間配分を変えること。二つは付き合う人を変えること。
三つは住む場所を変えること。一番無意味なのは覚悟や決意を新たにすること」
という趣旨の言葉があります。
 
本書はこの言葉に八割型賛成ですが一点だけ賛同しないスタンスです。
それはここでいう時間配分さえも
結局のところ自分が日頃付き合っている人や
住んでいる場所に左右されているのではないかということです。
 
環境がセルフイメージや
目標が実現することをどの程度信じられているかということを大きく左右するという話は
理論編で散々してきました。
 
この長期のポイントの実践編の絶対にやりたいこと編で述べてきた、
普段聴く音声や音楽に気を配るというのも
擬似的に環境を変える一つの手段としても捉えることができます。
 
しかしもちろん自分が実際にいる、直接会って直接影響を受ける所属コミュニティなど
擬似的ではないリアルの環境を変えたほうが、
どう考えても自分のセルフイメージを変えるにあたって
効率がいいのは明らかです。
 
当たり前の話ですが
自分がその情報に対して感じているリアリティが大きければ大きいほど
その情報が自分に及ぼす影響力も大きくなります。
 
たとえば住む場所を変えること。
お金持ちというセルフイメージを持ちたいなら
思い切って麻布十番あたりに家を借りるか買うかしてもいいでしょう。
 
住んでいる場所は自分が毎日帰る場所です。
自己像に影響を及ぼさないはずがありません。
そして付き合う人を変えること。
 
先に語った普段見るSNSのTLを変えるというのは
擬似的に自分が属しているコミュニティを変えるための行動だったわけですが、
思い切ってサークルを変えるとか転職するとかそういうことをして、
実際に自分が属しているコミュニティを変えるほうがよほど効果はあるでしょう。
 
他には筆者も主催したりしていますが、
ネット上にはオンラインサロンというような
オンラインでのコミュニティが有料で売られていたりします。
 
同じ趣味興味を持つ人間や同じ目標ビジョンを持つ人間が集まってきて、
オンライン上で場を形成しているというものです。
そういうのに入ってみるというのも手でしょう。
 
実際に自分が属しているコミュニティを変えることは
自分のセルフイメージのいかんに大きく影響を及ぼします。
 
セルフイメージを高く持ちたかったら
自分が望むセルフイメージを持っている人が大多数いるコミュニティや、
すでに自分の理想を実現している人が大多数いるコミュニティに属するのが
どう考えてももっとも効率的でしょう。
 
にもかかわらずこのコミュニティや場を変えるという
セルフイメージを保つためにかなり効果的な方法を、
絶対にやりたいこと編(もっとも重要度が高い位置)に持ってこず
重要度がそこまで高くないと位置付けているのは、
実際に僕らが属するコミュニティを変えるのは非常にコストがかかり、
端的に大変だからです。
 
人間関係を本格的に刷新しようと思ったら
現在付き合っている人と意図的に接触機会を減らさなくてはなりませんし、
住む場所を変えるとなるとお金もかかるし
自分だけでは決められないことも多いでしょう。
 
実際に属しているコミュニテイや場を変えることも、
自分が望むセルフイメージを持っている人が大多数の場にリアルで属し続けることも、
なかなか簡単にできることでもありません。
 
ということでできればやりたい編に組み込みましたが、
効果が絶大なのは明らかなので
そのくらいのコストを厭わない、実現のためには本当の意味でなんでもやるといるという
本気の中でも本気の人には非常にお勧めできます。
 
僕らがコストを払うことを厭わず
自分がいるコミュニティを変えることができたなら、
僕らのセルフイメージを飛躍的に簡単に進化することができます。

2/9、住む街を変えてセルフイメージを飛躍的に高める

これは一応自分がいるコミュニティや場を変えるの一つですが
その中でもほんとに影響力が大きいので独立させて語ります。
 
自分が住んでいる街は
自分のセルフイメージに致命的に影響します。
 
わかりやすい例えを出せばスラムに住んでいる人と、
高級住宅街に住んでいる人とでは
持つセルフイメージに大きな違いがあるのは自明でしょう。
 
スラムにずっと住みながらもお金持ちになったり
高級住宅街にずっと住みながらも貧困層になるのは
おそらく実質不可能です。
 
たとえばスラム出身でお金持ちになった人というのは多数存在しますが、
彼らはもちろんずっとスラムに住みながらそうなったのではなく、
だんだんとセルフイメージを変えると同時に
住む場所も変化させた先でそうなったと考えられます。
 
ときどき住環境関係なく多大なる成果を出す人がいますが、
これは一部の才能があった人間だけで、
大体は住環境や自分が多くの時間いる場所で常識とされていることに自分の思い込みが大きく影響され、
その先で自分の人生も大きく影響されていきます。
 
たとえばどこの街で暮らしているのかということが
いかに自分の無意識下で影響を与えているかということを思い知ったエピソードとして、
かなり老齢人口の割合が多い街に行って作業をしたときの思い出があります。
 
筆者は若い人が多い街の出身で、
普段もそこで作業をしていましたが、
何か用事があって待ち合わせ時間まで、
その時間帯ほぼ老人しかいない街に行って作業をすることになったのです。
 
その街に降り立つと同時に
「結構歳が行った人が多いな」と感じましたが、
別にそれだからどうだとかその時点では思いませんでした。
その影響力に気づいたのがさて作業をしようとなったときです。
いつもと同じような作業環境を整えてやろうとしているのに、
一向に進まないのです。
 
別に睡眠不足とか何か嫌なことがあったとか
そういう特別な事情もなにもありません。
とにかく作業をする気が起きないのです。
とりあえず作業場所の問題だろうかと思って使っていたカフェを出て、
別のパン屋に入りました。
それでも全くもって進める気が起きませんでした。
 
そしてその原因について考えるハメになったのですが、
周りを見渡してみるとそこには若い人はほとんどおらず
中年以上の人がおしゃべりをしているか、
かなり年老いた人ががなにをするわけでもなくぼっとしている
という光景が広がっていました。
 
それは若い人が多い筆者の出身の街では明らかに見ない光景で、
自分のやる気を失せさせていたのは
他でもなく「その街の雰囲気」だ
という結論に至りました。
 
逆に本書は一時期中国のある大学のキャンパスの敷地内にホテルもとって
暮らしながらで書きましたが、
学生のほとんどが休日も自習室でかなりの量勉強するのが常識で
自習室を見渡してもほとんどの学生が居眠りをしたり
スマートフォンをいじることもなく集中して勉強しているという環境の中だと、
夜遅くまで集中力を保つことも容易いという経験もしました。
 
いかに僕らがそんなことに影響されていないと思っていても、
結局のところ無意識なものも含めて
僕らは自分がいる場所にたくさんいる人がどんな人か、
何をしている人なのかといことから多大な影響を受けているはずです。
 
理論編において
「すべての環境は基準値を持っている」という考え方を紹介しましたが
もちろん街はその代表格です。
 
自分がゆくゆくしていく貢献量の基準値、
自分が自由に過ごしている時間の基準値、
自分が日々行う研鑽の時間の基準値、
その他もろもろ住んでいる街の基準値は自分の人生をつくっていくでしょう。
 
別に老人だからダメだとか、
くっちゃべったりぼっとしたりしているからダメだとか
そういうことが言いたいわけではありません。
ただ自分がとりたい姿勢と街の大多数がとっている姿勢があまりにも異なる場合、
自分の姿勢を維持するのは困難になるということです。
 
傾向として歳をとればとるほど
特に向上心も理想も持つことなく現状維持に生きる人が多くなるのは事実です。
高齢化が進んだ街にいると
自分自身の向上心や理想をすり減らしてしまう可能性も十分にあります。
 
じゃあ理想を実現する確率を上げるとしたら
どのように住む街を選ぶべきなのか、
代表的には二つの基準があるでしょう。
 
まずは自分が理想としていることを目指している人が多い街、
そしてすでに自分が理想としていることを実現している人が多い街の二つです。
 
たとえば芸術家になりたいのならば
芸術家になるために頑張っている美大の学生などが多い街と
芸術家として名が知れた人が多い街が住む候補としてあげられるかもしれません。
本書が勧めるのは後者です。
 
協力しやすいのも住んでいて楽しいのも前者かもしれません。
仲間を集めたいならば前者を選んだ方がいいのかもしれません。
しかし自分の理想が実現する確率を上げたいならば、
後者のすでにそれを実現している人が多い街を選ぶのがいいでしょう。
 
それはもちろんセルフイメージを
「すでに実現している状態」
に書き換えられる可能性があるからです。
 
目指している人たちが多い街に住んでもセルフイメージは
「目指している人たち」にしかなりえません。
馴れ合って呑んだくれて終わりかもしれません。
 
もしあなたがお金持ちになりたいのなら
お金持ちが多く住んでいる街に住むのが有効です。
高級住宅街には意外に安い賃貸があるものです。
とにかく自分が理想としている人が多いような街を見つけてみましょう。
 
住む街はそこで寝てそこから出てそこに帰ってくる場所です。
心境に影響しないはずがありません。
また具体的な目標というよりは抽象的な目標、
生き方や生活スタイルについての目標がある場合は
 
そのような生き方や生活スタイルをしている人が多い街を
住む場所に選ぶというのもいいでしょう。
 
筆者も実際にそのようにして住む場所を変えてきました。
変わらないと思っていた人生も住む街を変えれば簡単に大きく変わりうるものです。
 
一人の考え方や性格なんてその程度のものです。
住む街を変えるなら、人生をどんどん激変させていくことができます。

3/9、服装を変えてセルフイメージを飛躍的に高める

これはよくセルフイメージを上げる方法として
とりあげられるものでしょう。
 
服装のみならず車や時計も言ってみれば
自分が身につけているものと言えますが、
これらを変えれば
自分が自分のことをどんな人間だと思っているかということも変わります。
 
そういう人間だからそういうものを身につけると判断し
人間は他人の外見からその人がどんな人なのかということを推し量ることをするわけですが、
その判断はもちろん自分にも向けられています。
人は自分が身につけているものから
自分がどんな人間かということを推し量っている部分があるという当たり前の話です。
 
ある本で
とりあえず見栄でも虚勢でもなんでもいいから高級車を買って
それを乗り回すようにすれば収入があがるということを主張するものがありましたが、
それはセルフイメージがお金持ちに変わるからと考えられます。
 
お金持ちになりたければ無理をしてでもお金持ちが身に付けるようなものを身につければ
セルフイメージをそういう方向に変えることは容易でしょう。
 
自信がない人にいつかどこかで勧められていたのが
丈の長いトレンチコートやチェスターコートを身につけることです。
大学生御用達のファッションですが
テェスターコートはイギリスの伯爵が一人勝手に着始めたのが起源だそうです。
 
丈の短いものを着るよりも
自分というものを確固として持って生きている気分を持てると語られていました。
流行ものなので安易といえば安易だとしてもです。
 
理想が実現する可能性を上げるファッションとしてオススメするのは
好みや趣味だけで選ぶのではなく
「もし自分が理想を実現して理想の人生を生きているとしたらどうするか?」
という視点でそれを想像してみて、
「理想を実現した後の自分はこういうファッションをしてそうだな」
というファッションをしてみることです。
 
あなたが実際に自分が思う理想的な人間になったとして
一体どんなものを身につけているでしょうか。
自分の服装そのものが理想の実現後に触れる一つの手段になります。
 
なんとなく欲望のままに身につけるものを決めることを非難するわけではありませんが、
それはおそらく理想を実現する可能性を上げるファッションにはなりえません。
なんとなく欲望のままに高い時計や高いコートを身につけていて
確かにそれでお金持ちのセルフイメージを持つことにはなってお金持ちにはなったけれど、
それが理想の自分ではなかったということに後々気づくということだってあるでしょう。
 
理想の自分をイメージして
その自分が身につけていそうな服装という風に考えれば
自分の好みやセンスが反映されていながらも
自分の理想を実現できるようなセルフイメージを持てる服装を選べるのではないでしょうか。
服装を変えれば飛躍的に簡単に自分のセルフイメージを進化させることができます。
 

4/9,背筋を伸ばしてセルフイメージを飛躍的に高める

背筋を伸ばすというのは胸を張ることでもあります。

そして顔が下を向きずらい姿勢でもあります。
 
背筋伸ばして歩くのと、
猫背で歩くのと
どっちが自信を感じられるかといえばもちろん背筋を伸ばして歩くときでしょう。
 
そんな姿勢一つで心持ちが変わるのかと思う人は
一度背筋を伸ばして街を歩いてみてください。
 
筆者もそうだったのですが、
考えが後ろ向きで自信がないと、下を向いて歩きがちになり、
それがさらに猫背な自分をつくり、
そんな姿勢で歩いているとさらに自分に自信がなくなり
という悪循環に陥ってしまう可能性があります。
 
猫背で、自分の自信のなさをなんとかしたいと思っている人は
そんなことで何が変わるのかと思っても、
一定期間、
背筋を伸ばして歩くことを意識してみてください。
 
ヨガの思想においては猫背で背筋が伸びていないと
ヨガでいうところの生命力であるプラーナが頭と身体下部のチャクラを循環しないという理由で
背筋を伸ばすことが勧められています。
 
自信がある人を思い浮かべてみてください。
その中に猫背である人は一人としてきっといないと思います。
歩くときのみならず、
作業中や勉強中も背筋を伸ばすと精神がしゃきっとする感覚があります。
 
後ろ向きで自己否定に溢れたことを考えがちなときに
背筋を伸ばしてみましょう。
その積み重ねがセルフイメージの変革にもつながります。
 
また猫背になりがちな人は
背筋と腹筋が圧倒的に足りていない可能性もあるので、
次の提案として説明する筋トレ習慣で背筋と腹筋を鍛えることもお勧めします。
 
背筋がより伸びれば今いかに自信がなくとも
より簡単に自分に自信を持つことができるようになります。

5/9,筋トレをすることを習慣にしてセルフイメージを飛躍的に高める

筋肉をつけると男性ホルモンのテストステロンが分泌されやすくなり、
テストステロンは人の自信を向上したり、
向上心を刺激することがわかっています。
 
筋肉がある人が大抵自信満々なのは
このテストステロンというホルモンのおかげです。
逆にセルフイメージが低く、自信なさげで卑屈な感じの人というのは大抵、
ひょろひょろではないでしょうか。
 
「どんな人が自信がありそうか?」
という自分なりのイメージというのは、
それがいかに根拠のないものであっても大事です。
 
というのは、自信があるからそういうイメージの人になっていくということもできますが、
逆にそういうイメージの人であるから自信を持つようになっていくということもまたできるからです。
感情から行動が生まれるというというのも確かですが、
行動から感情が生まれるというのも確かであるのと同じです。
 
つまり「筋肉隆々な人って自信がありそう」と思っているのなら、
テストステロンの働き抜きにして、
筋肉をつけることで
自分の中でイメージが結びついている自信のある人にもなっていけるということです。
 
このように筋肉がついていることの好影響というのは
計り知れないものがありますが、
だからといって「よし今日から筋トレするぞ」と一度覚悟を決めたとしても
それを僕らが続けることは難しいでしょう。
 
筋トレというのは1日だけやったところで意味がありません。
逆に習慣にすることができれば
異常なほど自分の人生に好影響を及ぼすことができます。
そういう素晴らしい習慣の一つです。
 
ここでぜひ筋トレを習慣にするということを目指すことを一つ、
自分の習慣力をつけるための材料としてみてはいかがでしょうか。
 
物事を続けることは非常に難しいことであり、
それについては本書の習慣力でも語っていますが、
習慣力が飛躍的に向上し、
筋トレも難なく習慣にすることができたなら、
その先で実現できることは今考えているより何十倍も大きくなるでしょう。
 
なので筋トレを習慣にしようというより
習慣力を飛躍的に向上させていこう、
そしてその先で筋力もつけて実現力を飛躍的に向上させていこう、
というのがここで本書が言いたいことです。
 
何かを習慣にする地力ともいうべき「習慣力」は
ほとんどの人がそれを向上させたことがなく、
本書で紹介している工夫次第で簡単に高まるものであり、
向上の余地しかないからこそ飛躍的にそれが高まった先で
決めたことをすべて習慣にできるようになるならば
人生でできることは圧倒的に広がります。
 

6/9,できたこと日記を書くことを習慣にしてセルフイメージを飛躍的に高める

セルフイメージというのはざっくりとした言い方をするならば
「自分が成功者だと思っているか、失敗者だと思っているか」
ということです。
 
そしてざっくりいって未来において自分が成功すると思っているのか、
失敗すると思っているのかということでもあります。
 
これははっきりさせておきたいのですが
自分が成功者だと思っているか、失敗者だと思っているかということは
実際に成功者であるか、失敗者であるかということとは全く持って異なります。
 
そもそも客観的にみて勝ち組と負け組なんてものがあるはずがありませんが、
セルフイメージはもちろんあくまで主観なのです。
 
そして自分が成功者だと思うか、
失敗者だと思うかということは
まずはそのとき自分に与えられている社会的地位を基準にして
決められることが多いでしょう。
 
社会的地位が高い人は自分のことを成功者だと思いやすく、
ゆえにその先でも成功するだろうと思いやすい。
そして社会的地位が低い人は自分のことを失敗者であり、
その先でも失敗するだろうと思いやすいということがいえます。
 
ここでなぜ社会的地位が自分が成功者だと思うか、
失敗者だと思うかにそこまで色濃く影響するのかということを考えてみたいのですが、
それはおそらく社会的地位というものが
自分が何かをできたかできていないかという類のことを認識する機会として
もっとも多いものだからでしょう。
 
多くの場合、人は毎日挑戦することはありません。
その結果何かができた、できなかったということを考える機会は
毎日は訪れないのです。
しかし自分の社会的地位、学歴、社歴、立場というのは
毎日自分がいる環境として認識するものです。
だからセルフイメージに影響しやすいといえます。
 
とはいっても社会的地位をいきなり変えるのは不可能です。
ここでセルフイメージが自分ができたこととできなかったこと、
成功したことと失敗したことどちらを覚えているかということによってつくられている
ということに着目します。
 
普通に何もせず生きていたら
「自分ができたこと」
を毎日認識することはないかもしれませんが、
それなら「自分ができたこと」を認識する機会を自分で増やせば
セルフイメージを簡単に向上できます。
 
そのための手段が「できたこと日記」です。
 
できたことだけ毎日が終わる前に書いていくことで
自分ができたことを認識する回数を増やしていきます。
そして書くということは脳にそれが重要だと印象づけることでもあり、
続けていると脳はできなかったことよりできたことを
記憶に残そうとするでしょう。
 
そしてその先でできたことに焦点を当てやすくなります。
過去できたことの方ができなかったことより多いと錯覚することができれば
未来においてもきっとできる楽観視がはかどり
不安が軽減し実際にできるような方法を探すことになります。
 
繰り返しますが「自分がダメ人間だ」とか
「何をやってもうまくできないやつだ」と思うのは実際にそうだからではなくて
自分ができなかったことをできたことより多く覚えているからにすぎません。
 
完璧主義の人は特に毎日自分がこれができなかった、
あれができなかったということばかり認識しがちです。
 
だからセルフイメージを高く保つには
僕らができたことの方を多く覚えていることのできる仕組みを整えればいいのです。
 
できたこと日記に書くこととしては
朝起きることができたとか昼ごはんを食べることができたとか
そのレベルのことで結構です。
 
その場で書いていて虚しくなってもいいので
「〜ができた」という形で1日一つでも、
できれば脳が記憶を整理する時間である睡眠の直前、寝る前に書いてください。
 
「〜できた」という形よりも
「〜に成功した」や「〜がうまくいった」という形の方が
セルフイメージは高まるかもしれません。
そもそも習慣化ができないという場合は習慣力編をお読みください。
 
またできたこと日記と似ていて自分に自信を深めるために有効なのが
「自分にあること日記」です。
これは日々あったことというよりも
自分に身についている資質を毎日寝る前に書くというものです。
 
別に実際に身についているかどうかは重要ではありません。
自分に資質がある、才能があると信じることが
実際に身についている資質なり才能を伸ばすのに必要なわけで、
でたらめでもいいので毎日ある資質や才能があると書くことは
そのように才能や資質があると信じることを助けてくれます。
 
たとえばプロサッカー選手になりたい。
そう思うならデタラメでもいいので
「体力を上げる練習を進んでできる意志力があるプレイヤーのポジションをつかめる空間把握能力がある 瞬時にパスコースをひらける創造性がある 一歩はやく動き出せる頭の回転がある」
などと毎日書いて寝れば
書かないよりははるかに自信を持ってプレーできるはずです。
 
セルフイメージには関係ありませんがもう一つおすすめなのは
日頃のないものねだりを薄めることができる
いいこと日記とあること日記です。
 
なんでもいいので毎日その日あったいいことを書きます。
何もなければ適当につくりだします。
毎日いいことがあると自分が思い込めることが大切です。
 
たとえば食べたカレーがうまかっただとか
なんでもいいので数個書きます。
あること日記とは毎日あったことというよりは
自分がいつも恵まれているけれどそれに気づかないことを書きます。
 
たとえば家がある、
家族がいる、
友達がいる、
未来がある、
空気がある、
なんでもいいです。
 
あることだけ書き出しておくことで
ないもののことばかりかんがえてないものねだりがはかどって
精神的に不安定になりがちな僕らの習性を和らげることができます。
 
書き出したことにより
焦点を当てるという僕らの習性を利用しない手はありません。
 
なにに焦点を当てるかということについていえば
どこかの調査でSNSの楽しげな投稿に嫉妬する人は54%という調査がありますが、
そのようにしてSNSの投稿は生活満足度を下げ、
その先でいらぬことへの欲望を掻き立てている可能性があります。
 
筆者もSNSのTLを見なくなってからの方が
生活満足度という面でも高くなった気がしていますが、
あることに焦点を当てる仕組みを整えることは
実現への歩みを軽くするという点でも重要です。
 
できたこと数個、
自分にある資質数個、
その日あったいいこと数個、
自分がいつも恵まれていること数個、
それらを寝る前に書き出すことが習慣になれば
自分は今までも色々なしとげてきたし、かなり恵まれているし、
未来においてもなしとげられる。
 
と飛躍的に未来のできるできないについて
楽観的に考えることができるようになることは間違いありません。
 
ややこしいなという場合は
「〜がある」
という形で自分に備わっている(としたいもの)と
自分が恵まれているもの、
そして「〜に成功した」という形でできたことを毎日書くだけでも行うことを勧めます。
 
そのようなことをわざわざ書き出すことが虚しい。
気持ちはわかりますが
それで長期的に人生がよくなるならやらない手はありません。
 
何かをよくするときには
それを阻む恒常性の表れとして違和感や
こんなことやって何の意味がある
という虚しさに襲われることがあるかもしれませんが、
そういう一時の感情を理由に長期的に人生をよくするような策をとらなければ
人生が長期的に進化しないのは当たり前です。
 
ちなみに普通の日記を夜寝る前につけることはおすすめできません。
なぜなら夜深まった時間帯というのは
もっとも後ろ向きになりやすい時間帯であり、
その後ろ向きな時間帯に
「あのときこうすればよかった」「こんな人間ならよかった」などと
反省の文を日記として書くと
自分についての悪いイメージが刻まれることになってしまうからです。
 
反省は必要ですが
後ろ向きに感情的になりやすい時間帯にやることではありません。
低いセルフイメージや悪い自己像が刻まれてしまうなら
やらない方がましです。
 
いかに論理的に反省したとしてもイメージが悪くなれば
そのイメージを実現すべくまた動いてしまうというのが人間です。
 
いいプレーをするためにはこうすればいいとうことが論理的にわかっていても
悪いプレーをするイメージが自分の中にしみついていれば
頭でわかっていても身体が悪いプレーに向かって動いてしまう。
 
何かを実現するのに必要なのは理詰めではなく
イメージだというのが筆者が中学時代に得たもっとも大きい教訓だったかもしれません。
 
寝る前同様風呂場で反省するというのも
悪いイメージを自分に植え付けることとなる逆効果な行動です。
 
いかにみっともなく見えて最初は虚しさを感じたとしても
できたこと日記を続けることで自分のセルフイメージを飛躍的に高められます。
 

7/9,性欲の禁欲(オナ禁)をしてセルフイメージを飛躍的に高める

自慰行為は
男性ホルモンで向上心や自信につながるテストステロンの値を下げることで知られています。
 
一部オナ禁界隈では
オナ禁を長期間を続けた先で無敵感がみなぎることについて
「サイヤ人状態」
といわれていますが、
そのくらいオナ禁を行った先で、
万能感無敵感、激烈に高いセルフイメージを持った経験がある人というのは数知れません。
 
現在世界でもっとも多くの人に読まれてる自己啓発書である
「思考は現実化する」
でも、性的エネルギー、性衝動は人間のエネルギーの中でももっとも強いものであり
それを転換して成功した人は多いということが書かれています。
 
たとえば伝説的なボクサー、
モハメドアリははじめて世界一になったとき
「禁欲していれば楽勝」
といったのは有名な話です。
 
ヨガの思想においてもこのように
オナ禁をすることで自信がみなぎってくるということはよく言われていることであり、
セルフイメージを上げたいなら
試してみる価値はあります。
 
単純に想像してみれば、
毎日のようにオナニーをしているオナ猿とオナ禁をしている禁欲男子なら
イメージとして後者の方が自信がありそうなのは確実でしょう。
 
自分の中でオナ猿→ひょろひょろ、
禁欲男子→自信ありというイメージがあるなら
実際に禁欲することで
その行動とイメージの中で結びついている自信を思いこめるのは当たり前の話であり、
禁欲をすることでまだ見ぬ自分に出会えるかもしれません。
 

8/9、テレビを見る癖をやめてセルフイメージを飛躍的に高める

これはセルフイメージのみならず時間捻出にとってもかなり大事でしょう。
筆者自身テレビはほとんど見ません。
 
人類の歴史においてもマスメディアというのは
なんらかの情報を多くの人に刷り込むために使われてきた経緯がありますが、
それは単なる過去の話とすることはできないでしょう。
 
CMは当たり前ですが
何かを購買させたり
特定の欲求を高めたりするために流れているものですし、
多くのテレビ番組はもちろん
視聴率という数を集めるために世間の常識を前提としたものになっています。
 
そしてテレビを見るということは能動的な行為ではなく、
至って受動的な行為です。
 
なんとなく見ているという状態は
もっとも自分に情報が入り込みやすい状態と言えるでしょう。
暗示にかかりやすい状態といってもいいかもしれません。
 
別に僕らが理想とする人生が世間と同じように考えていて実現しうるなら、
気を配る必要はないかもしれませんが、
少し違った風に考えたり、少し違った思い込みを持たないといけないような理想、
つまり世間では難しいとされていることや
稀だとされていることの実現を目指すのであれば
テレビは理想の強敵になります。
 
世間一般的な感覚を自分に接触させることになるからです。
またテレビはセルフイメージを下げる一端にもなります。
 
たとえばバラエティ番組では芸能人が言ったことに対して
「えー」
という驚きの声がよく挿入されますが
それを聞いている時僕らは
「えー」
というその他多数に自己像を同化させます。
 
それはいってみれば
芸能人よりも下だというセルフイメージです。
芸能人が来たときに握手を求めに行くのは
芸能人よりも下だというセルフイメージを持っているからだという話がありますが、
テレビを頻繁に見ていると
そのように芸能人を特別視し
自分がその他多数であるという低いセルフイメージを持つに至ります。
 
テレビまで切るなんてやりすぎだと思われるかもしれませんが
そのくらいやらないと特に信じる才能がないような人が
多くの人と違ったセルフイメージや目標実現に対する確信も維持するということはできません。
 
人と違った人生を生きるということ自体が実現したいことなら、
家にテレビを置かないというのは強力な武器になるかもしれません。
 
テレビがなくてもニュースはこの時代ネットで見ればいいですし、
他にもっと能動的に楽しめることはたくさんあるでしょう。
 
とはいえ家に帰るととりあえずテレビをつける生活をしていた人が
突然テレビをやめるというのは相当難しいことでしょう。
 
テレビを見ないことが習慣になれば
見ている自分に違和感を感じることになりますが、
多くの人にとっては見ない方が違和感があるでしょう。
 
ここで少し考えてみたいことは
なぜ帰ったらテレビをつけてしまうのだろうということです。
見たい番組があるときならまだしも
なぜか大して見たくなくてもとりあえずつけてしまうのはなぜなのでしょうか。
 
それはやはりSNSを頻繁に見てしまう理由と同じで
「人とリアルタイムでつながりたい」
という欲求によるものではないでしょうか。
 
つまりテレビをなんとなく見ることで得ようとしているのは
テレビの内容ではなく人とつながっている、
テレビ番組という一つの場に参加しているという所属感であると考えられます。
 
一人暮らしだったりで家に帰ったときに誰もいない静寂というのは
かなり寂しいものがあるでしょう。
その寂しさを紛らわすために帰ったらテレビをつけるのでしょう。
 
つまり帰ったらテレビをつけるという癖をやめたければ、
テレビを見るという手段以外で人とつながりたい欲求を満たす必要があります。
 
SNSでは家の静寂の寂しさをカバーすることはできないでしょう。
テレビを見ることを防ぐかつセルフイメージを保つのに有効な策としてオススメするのは
やはり理想とする人たちの対談音声なり、
ライブ音源なりをテレビの代わりに流しておくことです。
できれば三人以上が参加している感があるものの方がいいです。
 
二人だと人と接している感覚はもてても、
場に属している感覚は持てないからです。
人間の人とつながりたい病を抑制するには少し頼りないです。
 
本書で紹介する時間管理を使えば
決めた時間まで自分を家の外に残すことができるので
家にいる時間を自動的に短くすることができ、
自分を自然とテレビから遠ざけることができるでしょう。
 
またセルフイメージが上がっているなら
「あんな凡人たちが毎日見るようなものは見ない」
という感じで
テレビを見ること自体に違和感を感じるかもしれません。
 
もしテレビを見る癖がなくなったなら、
飛躍的に自分が実現したいものを実現する可能性を向上することができます。

 9/9、心持ちが暗くなるような情報を絶ってセルフイメージを高める

これは完全に心がけの域を出ないので重要度が低いものとして紹介していますが、
心持ちが暗くなったり
未来について悲観的であったり
自分を卑下するような情報に触れると、
もちろん不安になったりセルフイメージが低下したりします。
そういう情報にはできるだけ触れないようにしましょう。
 
現実なんてものはありません。
ただ人生は明るいと思い込んだ人が明るい人生を送り、
人生は暗いと思い込んだ人が暗い人生を送るにすぎません。
 
僕らが生きたい人生があるなら
その人生を生きるのを邪魔するような情報は遮断したほうが、
生きたい人生を生きることができる可能性は上がるでしょう。
 
すでに音楽についてで話したように
僕も15でうつ病になって以来
音楽プレイヤーで聴いていた卑屈な音楽や
ハッピーエンドならぬバッドエンドを表現するような作品から
自分を遠ざけてきました。
 
そしてそれは確実に
これまでの自分の人生とこれからの自分の未来をつくっていくという確信があります。
 
理想の実現の可能性をあげるために接触する情報を選ぶということを繰り返していると
だんだんと重苦しく悲観的な情報への違和感が大きくなってきて、
自然にそいう情報を避けるようになるでしょう。
 
そのようにして自分の自分に対する、
また自分の未来に対する思い込みを明るいものに保っていく努力は
何かを実現する上で必要不可欠です。
 
具体的にどのような情報に触れないようにしたほうがいいかといえば
まずは自分のセルフイメージを下げるような卑屈な情報です。
筆者のように些細なことで自信を失いがちだったり
一度自信を完全に失ってしまった経験がある人は
とくに避ける必要があります。
 
テレビを見ないほうがいいというのは
とくにテレビのニュースは基本的に明るいことよりも暗いことを多く報道していますし
被害者意識のようなものが植え付けられる可能性があるから
ということもあります。
 
一人一人には大したことはできない、
やったってどうせ無駄、
そういう諦めに似た感情を抱かせるような情報がこの世に溢れています。
 
一部の音楽や文学にもそういうものは多いですし
2チャンネルなどの掲示板にも
そういうニヒリズムに蝕まれた人たちが集まっている場所が多くあります。
 
別にそういう情報を批判しているのではなくて
理想を実現したいなら避けた方が効率がいいということです。
 
そんな明るい情報の中だけで生きるなんて人間味がないとか
人生の深みがわからないだとか言われそうですが、
理想を追いかけていたら嫌でも辛いことがたくさんありますし
不安もたくさんあるでしょう。
 
自信豊かな情報だけに触れているくらいでちょうど
理想を諦めなくて済むくらい自信がなんとか保てるという塩梅です。
 
普通になにもせずに生きていれば
自分にとっての人生のベストを実現するに足る自己肯定感を持つことは至って難しい社会です。
 
辛いときに明るい情報なんかに触れたくないし、
そういう風に自分の感情を制して進み続けるのは
人間味にかけているという意見もあるかもしれません。
 
人間味がなんなのかということについて本書は分かりかねますが、
共感や感動というのは
一見聞こえがいいし素晴らしいものなように思えても、
もしその心を動かされる機会が自分を貶めたり
未来を悲観するイメージと共にあるものなら
僕らのそのイメージがさらに強化されることになりかねません。
 
感傷的になることが脳では失敗のイメージと結びつけられているという研究も
目にしたことさえあります。
 
自分が感受性豊かな人間味だと思って選んでいる感傷が
自分の人生を破壊していないか、
ということを今一度考える必要があるということを
筆者の経験からもここで言っておきたいと思います。
 
他人から与えられたようなありふれたものではなく、
自分の生活の様々が積み重なった先にその生活を経てきた自分しか実感できないようなものとして享受できるものが
ほんとうの感動ではないでしょうか。
 
感傷中毒で実現できる理想は多くはありません。
感傷に浸っているだけでは誰も助けられないし結果として
なにも返ってきません。
 
むしろそういう感傷を排して
淡々とした態度を長きにわたって保てた先に
自分にとってほんとうの感動が待っているのではないでしょうか。
 
心持ちが暗くなるような情報に触れることを自分に禁ずるなら、
その先で楽観的な思い込みをつくり僕らは飛躍的に進化していくことができます。
 

「 自信は技術」「根拠のない自信なんていらない」

 

冒頭にも言ったように自信は付けようと思ったところで一朝一夕につくものではないですし、ましてや自信を持てよと言われたところで持てるものでもありません。

しかし、「自信は成功しないとつかない」と考えて
自信がないまま自分の夢や理想に向かうのはとても非効率です。
努力しないと、
積み重ねないと、
成功しないと自信はつかない。
それは何も改善できない真っ赤な嘘であり役立たずの精神論です。
 
何も成功しておらずとも
着実に自信をつけられるような行動が存在します。
自分の素晴らしい部分に焦点を当て、
自分の足りない部分から焦点をそらすような方法論が存在します。
この記事で語ってきたようなちょっとした行動を積み重ねることで
そもそも成功する前にもっとも必要な自信を
少しずつ向上させることができます。
筆者も自信を失いがちな自分の性格と折り合いをつけながら
「大きな成功」ではなく「小さな習慣」によって
少しずつ自信を高めてきました。
 
「根拠のない自信が必要だ」
もちろんそれがあるに越したことはないでしょう。
しかしそれはいわば「才能ゲー」です。
根拠のない自信が最初から持てる人もいれば
全く持てない人もいる。
そして持てない人は「必要だ」と言われたところで
まるで持てないのです。
筆者も持てない側の人間でした。
だから「根拠のある自信」を持つために工夫してきました。
 
自信がないことに失望しないでください。
自信を持つことは技術です。
この記事で話してきた具体的な行動を続けていけば
確実に自信を拡大していくことができます。
その先により自由度の高い
自分が愛することのできる人生が待っているはずです。
 
この記事が
あなたの素晴らしい可能性に気づかせるきっかけになり
その先であなたの人生を大きくあなたが望む方向に変えていけるようなものであれば幸いです。
最後までお読みいだたきありがとうございます。
 

「PC一台自分のビジネスを持って1日2〜3時間労働で一生食うに困らない力」
をあくまで「経済的自由力」という自由力の一つとして自由の側面に位置付け
それを含む五つの自由力
内観的自由力
→自分の向き不向き好き嫌い経験を知って自分だからできることを知って人生の方向性を決める技術
内面的自由力
→感情と思考をコントロールしてモチベーションを維持する技術
行動的自由力
→時間管理、行動自律、方法決定など目標に向けて行動を最適化する技術
情報的自由力
→必要な情報をインプットしセルフイメージをつくり、独自のアウトプットをして価値を生み出す力
経済的自由力
→ビジネスの知識としての一生食っていくのに困らない力
の五つを進化させて
自分だからできる度合いを向上させることで
自由なんかはあくまで通過点に置き死ぬ前に後悔しないような充実した人生を創ることを目指す。
そして最初からそこを目指すことが結局自由への近道でもある。
そんな理念で人生をより面白くする無料メルマガコミュニティ「School Of Free Life」を運営しています。
まず初めとしてPC一台で一生食うに困らない力=経済的自由力をつけるべく10万字(本一冊)程度の講座を共有中。
死ぬ前に後悔しない人生を創ることへのきっかけになれば幸いです。

School of Free Life

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