授業を無条件に聞こうは思考停止

Kimamanです。勉強法連載の3です。連載の他の記事はこちらからどうぞ。http://kimaman.info/各連載まとめ/
 
今日は昔から僕が違和感しか持っていなかった
「授業を聞こう」
という常識についてなんで?という話しと
それが他人任せの危うい勉強法であるということを話していきます。
 
追伸では「何も理解できない」という批判的精神を敵意なしに歌っている一曲を紹介しています。
 
1、目標は「理解して覚えること」であって「授業の話しを聞く」ことじゃない
 
教師に勉強について何か相談すると
「授業を聞いていれば大丈夫」
というふうに言われたことはありませんか?
 
僕そういうふうに教師がいうたびに
「嘘つけ」
と思ってました。
 
中高にもいましたし東大に行ってさらに人数が増えたのですが
世の中には「先生に気に入られることが勉強の目標になっている」のではないかという人たちがいます。
 
具体的には
最前列に座って先生の話しに無駄に「うんうん」とうなづいている人
そういう人たちですね。笑
 
別にスタイルはそれぞれなので否定するつもりはありませんが。
そういうスタイルは「勉強した気分になりやすい」スタイルであり、
危ないスタイルだと僕は思うんです。
 
人は勉強にかかわらず常に「安心感」を求めています。
知らず知らずのうちに最大の利益を得らえる選択肢よりも
最小の損で済むような選択肢をとるようになっているんですね。
これは行動心理学の分野で「プロスペクト理論」といいますが。
 
つまりは気をつけないと自分の人生はどんどん最小の損で済むけれど
それだけに得るものも少ないという
平凡な人生になっていってしまうというわけです。
 
授業を聞くという行為は確かに「とりあえず人より格段に落ちこぼれることは防げる」という選択肢かもしれません。
しかし授業を聞いていれば、授業にうなづいていれば、内容を理解して記憶できるわけではありません。それは明らかです。
 
2、授業は生徒に一律に行われるもので自分にあった学習ができるものではない
 
まあ今僕が話している授業とは個別指導の授業ではなく集団での授業の話しですけど
集団での授業というのは基本的に
「集団で落ちこぼれる人間が出ないこと」を目的に行われるものであって
「集団の中で秀でた人間を出すこと」を目的に行われているものではありません。
つまり、上にではなく下に合わせられた授業だというわけですね。
 
そういう授業を真面目に聞くという行為は
効率的な選択肢ではない ということは明らかだと思います。
 
僕はそう思っていつも授業は「ここは役に立ちそうだ」と思ったところしかきいていませんでした。
いつも授業中に内職で自分の参考書を進めていたわけです。
 
高三の頃、結局「最後まで授業をちゃんと聞いていた人間が現役で合格する」という話しがよくなされ、
それを真に受けてちゃんと授業を聞く人間と
まったく意に介さず授業をほとんど聞かない人間
この二つに分かれていましたが
最終的に現役で志望校に合格したのは「授業を聞かない人間」が多かったんですね。
 
別に「授業なんて聞くな」といっているわけではありませんが
「授業を聞いてさえいれば大丈夫」とは思わないようにしようということです。
それは非常に危険な考え方です。
 
3、自分の勉強の目的をいつも意識できるようになるために
 
授業を聞く聞かないもそうですし、どのように勉強するかということを決めるときにはとにかく
「自分は何を目的にしてこの作業をやっているのか」
ということを常に意識しなくては効率が悪いです。
 
目的を意識できないと
「授業をやっておけば大丈夫」だとか
「これをやっておけば大丈夫」だとか
「とりあえずまとめておけば大丈夫」だとか
そういう手段にとらわれてしまうことになるんですね。
 
だからいつも目的を意識しましょう。
というだけで大体の話しは終わってしまいますが
今日はそこから一段掘り下げて話したいと思います。
 
目的を意識するにはどうするか
それは
「〜するのに効率的な方法は?」
という文言をいつも見れるようにしておくことです。
 
たとえば勉強中なら
「〜するのに効率的な方法は?」
という紙を机においておく。
これだけでも十分に効果がありますね。
 
人は常に意識するというだけで終わらせてしまっては
意識したいことを意識することはできません。
だから意識できるように工夫すべきだということですね。
 
少し話しがそれますが
引き寄せの法則においては世界では意識したものが拡大していく
という原理が働いているといわれています。
 
つまり目標を達成したければ
その目標を意識できるような仕組みをつくる。
これが大事だということですね。
これは何を目標にするときにおいても同じです。
 

PS.「何も理解できない」という曲

goodbye hello/長澤知之
反骨精神の権化みたいな長澤知之の一曲です。
反骨精神が敵意になっていないところがいいですね。
 

「PC一台自分のビジネスを持って1日2〜3時間労働で一生食うに困らない力」
をあくまで「経済的自由力」という自由力の一つとして自由の側面に位置付け
それを含む五つの自由力
内観的自由力
→自分の向き不向き好き嫌い経験を知って自分だからできることを知って人生の方向性を決める技術
内面的自由力
→感情と思考をコントロールしてモチベーションを維持する技術
行動的自由力
→時間管理、行動自律、方法決定など目標に向けて行動を最適化する技術
情報的自由力
→必要な情報をインプットしセルフイメージをつくり、独自のアウトプットをして価値を生み出す力
経済的自由力
→ビジネスの知識としての一生食っていくのに困らない力
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