「何か頑張れば見えてくる」の罠と頑張らない生き方

お疲れ様です。今日は頑張らない生き方についてです。内観的自由力についての講座の第4回です。

よくいう
「とりあえず何か頑張ってみれば見えてくるものがある」
という人生論が
僕らの人生をつぶしかねないという話しです。

前回ちらっと触れたかもしれませんが
やはり大事な話なのでもう一度改めて話ます。

ちなみに僕はいつも言っているように
「がむしゃら」
「とにかく全力で」
そういう人生論にかなり否定的です。

まず第一に
がむしゃらでやっていて数年単位で努力できる人なんて稀です。
そういう人は元々成功する才能があった人です。

たとえば仕事の流儀プロフェッショナルとかで
すごい人がですね、
「僕には人の何分の一くらいかの才能しかない。
だから人が休んでいるときにこそ死ぬほどやる。
それしか才能がない。」
みたいなことを言っているのを聴きますが、

そんなときに感動することはほとんどなく
「いや、その死ぬほどやる才能があれば十分じゃん、どこがそれ「しか」なのか」
と思ってしまうわけです。笑

がむしゃらとか全力という言葉に否定的なのは
何を隠そう、長期的に何かを頑張る才能がないからです。

それとがむしゃらという言葉と同じくらいよく聴くもので
嫌いな人生論が
「とりあえず何か頑張ってればいい」
というやつですね。

とりあえず何か頑張れば何か見えてくる
確かにそれはそうだと思います。
何かに挑めばその過程で自分の至らなさを思い知ります。
その経験はもちろんなにかにつながるでしょう。

でも僕はひねくれているので思ってしまうのは、
「別に何も頑張らなくてもなにか見えることは見えるぞ」
ということです。

何も頑張らなくてもほら景色が見えんじゃん。
という屁理屈を並べたいわけではなくて、笑

なにかに向かって努力することより
何を頑張るのかということを考えることの方がよほど大事なのではないか。
そういうことを言いたいんです。

何度も言っているように僕は人生を楽しくしていくには
自分だからできる度合いが高い
→希少価値が高い
→付加価値が高い
→貢献効率が高い
→貢献効率(時給)がいいから馬車馬のように働かずに済むし
他の人ができる度合いが低いからやりがい(生きがい)もあるから捗る
→さらに自分だからできる度合いも高まる

というサイクルを加速させていくことが重要だと思っているわけですが
このサイクルを加速させるためにはまず何よりも

「どこが自分が希少価値を発揮できる分野なのか」
ということを考えることが必要です。

でそれを知るために
まずなにかやってみようということなら
まあそういうことも
たとえば学生のうちとかならありなのかなという風には思いますが、

たとえば周りで言われていることで
「社会人一年目なんかで自分がどこで仕事したいかなんてわかるはずない」
という風潮がありますが、
そこまでくると
「ほんとに自分の向き不向きとか考えてるんだろうか?」
という気がしてきます。

いくら物事をたくさんやっても
結局のところ
「じゃあどこが自分が向いているところなのかな」
と考えなければ
自分の向き不向きなんてわかりません。

でどっちかというと
なにかやった経験が足りない人よりも
そういう自分を知るための思索が足りないがゆえに
自分がほんとに向いている分野にたどり着いてない人が多いのではないかと
そう感じるわけです。

それなのに世間の
「とりあえず何か頑張ってみればわかる」
という話しを真に捉えて
自分の適性もろくに考えずに頑張ることだけやっていたら

たとえば15の頃の僕のように
毎日本気で頑張っているのに
ろくに練習したこともないやつに希少価値で負ける。
そういうことが起こりうるんです。

そのそき
「とりあえず何か頑張ればいい」
という言葉は
人の人生をつぶしていると言えるでしょう。

確かに
「これだ」
という分野が見つかったなら
本気で進化していく、ということも必要かもしれません。

でもたとえそういうときであっても
「この分野は自分がほんとうに希少価値を発揮できる分野なのか」
そういうことを日々考え続けることって間違いなく重要です。

でも本気で何かやりながら
「ここってほんとに自分に適性のあるところなのか?」
そういうことを考えるのってはっきりいってほとんど無理に近いです。

自分に適性がない何かを本気で始めてしまったら
きっとそれが適性でないことをさんざんに思い知らされるまでいくでしょう。
そうやっていくところまでいって始めて他に適性があったことに気づくのかもしれません。

だからこそ
「まず頑張るよりも
ほんとにその分野なのか?
ほんとにこの方法なのか?
ということを立ち止まって考えよう」
ということを声を大にして言いたい。

しなくていい苦労はしなくていいんです。
その先で自分の才能をほんとにいかすことができるならば。

人生は短いです。
厳密な意味で自分にしかできないことを見つけるのは難しいにしても
自分の他にできる人がいくらでもいることをしている暇はありません。
「もっと自分だからできることがあるんじゃないだろうか?」
そういうことを考えれば人生はもっと楽しくなります。

それに、何かを長期的に本気でやるということは
冒頭でも言ったように
何かをがむしゃらでやるということとは全くもって異なります。
むしろ一歩引いた位置から全体を把握しながらやる。
もっといい方法があるのではないかということを考えながらやる。
力を抜かないと異常に効率的な選択肢は見えてきません。

ということで
「とりあえず何か頑張ればいい」
そんな努力信仰はほどほどにして
「ほんとにこれを頑張る必要があるのか」
そういうことを立ち止まって考えてみよう。という話でした。

また次回。bb

「PC一台自分のビジネスを持って1日2〜3時間労働で一生食うに困らない力」
をあくまで「経済的自由力」という自由力の一つとして自由の側面に位置付け
それを含む五つの自由力
内観的自由力
→自分の向き不向き好き嫌い経験を知って自分だからできることを知って人生の方向性を決める技術
内面的自由力
→感情と思考をコントロールしてモチベーションを維持する技術
行動的自由力
→時間管理、行動自律、方法決定など目標に向けて行動を最適化する技術
情報的自由力
→必要な情報をインプットしセルフイメージをつくり、独自のアウトプットをして価値を生み出す力
経済的自由力
→ビジネスの知識としての一生食っていくのに困らない力
の五つを進化させて
自分だからできる度合いを向上させることで
自由なんかはあくまで通過点に置き死ぬ前に後悔しないような充実した人生を創ることを目指す。
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