生きる理由と死と才能について知っておきたいこと

生きる理由と死と才能と

今日は生き方についてという少し抽象的な話です。
 
かなり長いので最後まで読むのがだるいという人は最後のこの記事のまとめだけでも読んでください。
それだけであなたの生き方についての悩みを解決するヒントとなることを約束します。
 
いきなりですがあなたは自分の天職や使命について考えたことがありますか?
 
小難しい言い方をしなくてもつまり
「自分が生まれた理由」
とか
「なんのために生きているのか」
ということです。
 
僕は今までなんどもこういうことについて考えてきました。
生きていく中でこういうことを考えなくてはやっていけない性格だったんですね。
 
今日はこの人生一の難題について自分なりの答えを出してみたいと思います。
 
人生は楽しければいいのか
 
「人生は楽しんだもの勝ち」
こういう言葉を聞いたことはありませんか?
 
別に「人生は楽しむだけじゃなくて苦労しなくちゃいけないんだ!」などと
精神論をぶちまけるつもりはまったくありません。
 
けれどこの「楽しむ」ということ、実はいろいろ種類があるとおもうのです。
たとえば
お酒を飲んでその場で盛り上がる
楽しいですよね?
旅行に生きまくる
楽しいですね。
 
僕は昔は「人生楽しめればなんでもいい」という考え方で生きていました。
一時的な楽しみだろうがなんだろうが楽しめればいい。
そう思って生きていたわけです。
 
その結果どうなったか?
 
逆に人生がつまらなくなってしまったんです。笑
非日常を詰め込んでも、どこか虚しい。
そんな経験をしたことはないでしょうか?
 
でも今となってみればこれには明確な理由があるんですね。
 

虚しさの正体

 
僕が感じていた虚しさの正体は一体なんだろう。
そう考えていて
一つの結論に辿り着きました。
 
それは
「別に僕じゃなくてもできる楽しいこと」
そんなことばかりやっていたからじゃないかな。
そう思ったんですね。
 
たとえば
お酒を飲むにしろ
人とおしゃべりするにしろ
別に自分が特別できることではないわけです。
 
「人生楽しければ勝ち」
それが事実だとしても
楽しみ方は考えなくてはいけない。
具体的にはその楽しみ方は自分という人間の個性を生かしたものでなくてはいけない。
でないといつも
「なんでこんなことやっているんだろう」
という虚しさがついてまわることになる。
 
じゃあ自分の個性を生かした楽しみ方ってなんなんだろう。
 

個性とは才能と性格のこと

 
僕は中学時代に強迫性障害を経験してからひどく内向的な性格になってしまい
それからというものなかなか大きな組織に馴染むことができませんでした。
 
高校でも「クラス」という何十人もいる集団が正直言って嫌いで、
居心地の悪さばかり感じていたし
大学でもサークルが大きなサークルだったためになじめず
いつも気の合う少人数の友達とばかり過ごしていました。
 
「苦手でも頑張れよ」「苦手なところのほうが成長できる」
そんな言葉を聞いたことはありませんか?
僕もある時期までそんな言葉を信じていました。
 
中学時代は運動が得意ではないもののサッカー部で精一杯やろうとしたし
さっきいった大人数が苦手だというのも克服するためにコミュ強のように振舞ってもみました。
 
けどいつも結局うまくいかなかったんですね。笑
中学時代は結局空回りして怪我をしてまともにプレーできなくなったし
コミュ強のように振舞って人間関係を広げても疲れてしまって結局自分から離れていってしまった。
 
つまり僕は得意なとこでやるしかないんだな。
そう思ったんです。
 
そうじゃないとこれから先つらいだけだ。
苦手なところで努力なんてしていても自分だからこそできることなんて一生できないと思ったわけですね。
 
才能と性格というものはある程度環境に関係なく決まっているものです。
しかもそれは人それぞれ違っている。
 
世界中に何十億人という人間がいるのにまったく同じ人間はいない。
考えてみれば不思議なものです。
それが個性というものであり、かけがえのない自分自身なのではないかと。
 
「自分に才能なんてない」と思っている人、それは誤解です。
なぜなら才能というのは得意なことだけではないと思うからですね。
苦手なことやコンプレックスも才能なんです。
 
たとえば爆笑問題の太田さん
今でこそ歯に衣を着せない発言と思いっきり明るいキャラで通っていますが
学生時代はほとんどというかまったく友達がおらず、
休み時間も図書館でこもって本を読んでいるほどの根暗だったそうです。
 
もちろん彼はそのことにコンプレックスがあったと語っています。
 
逆に言えば彼はそういう「自分は暗い」というコンプレックスがあったからこそ
お笑い芸人という「みんなを楽しませる」職業を志しくじけずにトップまで登り詰めたのではないでしょうか。
 
つまり自分の苦手なことやコンプレックスも活かし方次第で立派な才能になるということですね。
 

僕らは才能と性格を選んで生まれてきている

 
僕らはなんで人それぞれ違った個性を持っているのか。
なんで人それそれ違った才能と性格を持っているのか。
僕はこう考えることにしました。
 
「それは僕らが才能と性格を選んで生まれてきたから」
 
おいおい、トンデモ論になってきたぞ。
そう思ったかもしれません。
 
まあ才能と性格を選んだなんて言い方をしなくても僕がいいたいのはこういうことです。
 
「自分の才能と性格を最大限に活かせるところにこそ自分が最大限幸せになれる道がある」
 
たとえば僕の場合でいったら運動は苦手でしたが音楽は得意だったんですね。
また誰とでも仲良くするのは苦手でしたが特定の人と深く仲良くなるのは得意だった。
さらに外向的ではなかったけど内向的であるがゆえに一人の時間はそこまで苦手ではなくグダグダ考えるのが好きだった。
 
僕はどうしてきたか。
運動をやめて音楽に熱を入れるようになり、
浅く広い人間関係を諦め限られた人だけを大切にするようにし
無駄に心を開こうとすることをやめて一人の時間を大切にしその一人の時間で自分が考えたことをブログやツイッターで文章にすることにした。
 
結果僕は昔より楽しくてそれなりに満足のいく生活ができています。
 
苦手なことがあったら無理やりそれを苦手じゃないことにするより
思い切ってやめて自分が得意なことを伸ばす方向で努力すること。
苦手なことは結局どれだけ頑張っても人並みにしか過ぎません。
 
才能だけではなく性格に関してもそうですね。
内向的な人は無理矢理外向的になろうとせずに一人だからこそできることを探したりして、その性格を大切に生きればいいと思うんです。
誰もが外向的に世の中をはつらつと生きなくてはいけないわけではきっとありません。
 
向いてないなと思った時、自分がいくら頑張っても他人が簡単にそれを超えてしまうような時、
それはつまり
「あなたには他のもっと自分らしく生きれる道がありますよ」
という天からのメッセージなのかもしれません。
 
いくら頑張っても報われないけど頑張らなくてはいけない
方法を変えても何をしてもうまくいく兆しが見えない
そんなときは別にもっとがんばるべきなのではなくて
むしろ「あなたががんばるべきはそこじゃないよ」と言われていることが多いと思うんです。
 

生きる理由を知るために必要な質問

 
僕は思春期から今まで
自分がどうして生きているのか
という問題を何度も何度も考えてきました。
 
しかしある時それは
「自分がどうして生きているのか」
という質問では見つからなそうだ、ということに気づきました。
 
それはむしろ
「自分がどうして今死にたくないのか」
あるいは
「自分がどうして今死ぬわけにはいかないのか」
という質問をすることで見つかりそうだと思ったんです。
 
人間はみんないつか死んでいなくなります。
そのときには自分の身体もお金も名声も全部自分が生きていた世界に残して旅立たなくてはいけません。
 
死を見つめることで初めて
自分にとって何が大事なのかということがわかる気がしたんですね。
 
「自分がどうして死ぬわけにはいかないのか」
そう自分に尋ねてみた結果
自分が生きる理由は二つあることに気づきました。
 

人が生きる二つの理由。

 
それは
「死ぬまでにやりたいことをやるため」
そして
「死ぬまでにやるべきことをやるため」
この二つではないかという結論に至ったんです。
 
一つ目の死ぬまでにやりたいこと。
これはどういう意味か簡単にわかると思いますし
あなたにも自分がやってみたいことなら少なくとも一つはあるのではないでしょうか。
 
問題は二つ目
「死ぬまでにやるべきこと」
というやつですね。
 
これはもっと具体的にいうと
「死ぬまでに自分以外の他者のために、もっといえば世界のために自分がやらなくてはならないと思っていること」ですね。
 
要はこれをやらないと死ねないとかそういう風に思う物です。
 
「やりたいことをやればいい」
人生についてそう語られることは多いですが
ほんとうにそうでしょうか?
 
そもそも僕らにとって一日中365日費やしてそれで幸せだと思えるようなものなんて存在するのでしょうか。
それが存在する人はそれをやればいいのかもしれません。
最終的に幸せだと思えているなら別にそれを変える必要もありませんし。
 
しかし大半の人にとっては「誰のためでもなく自分がただ楽しくためにやりたかったこと」は
大体すぐに飽きてしまうものなのではないでしょうか。
 
少なくとも僕は誰にも繋がらず誰の役にも立たず自分のやりたいことだけやっていたら虚しさでどうしようもなくなってしまいます。
 
つまり人間にはやりたいこととは別にやるべきことがある。
それは自分の長期的な幸福のために必要不可欠だ、ということだと思うんですね。
 
ここでいうやるべきこととは別に俗にいう
「勉強しないといけない」
とか
「真面目に生きなくてはいけない」
とか
そういう無条件に押し付けられたような義務のことではありません。
 
それはさっきもいったように
「死ぬまでに自分が世界のためにやらなくてはいけないと思っていること」
なんですね。
どちらかといえば
「自分が何をやりたいか」ということより
「自分が世界のために何をやるべきだと思うか」の方が
自分が生まれてきた意味、自分が生きて行く意味に近いと思います。
 
そしてそれは自分の個性を十分に生かしたもの
もっと具体的にいえば自分の才能を活かし
自分の性格を強制することなく自然にそれに向かっていける。
それでいて最大限人のためになること。
 
いわば自分の使命ということになるわけです。
これはちょっと臭い言い方をすれば
「自分だからできるやり方で世界に愛と平和を広げていく」
ということですね。
 
人を結局のところ幸せにするのは
「自分が楽しんでいるか」ということより
「自分が人の役に立って生きていいていいんだという実感を持てているか」だと僕は思います。
人の役に立てていない人間、人とちゃんと繋がることができていない人間は
結局全てを得ていても何を楽しめていてもどこか虚しさが残ることにるでしょう。
 
そして多くの場合自分の使命というのは
今まで自分が抱えていたコンプレックスや
自分がほんとうに苦しかったことにつながっていることがおおいです。
 
失敗やコンプレックスはただの「自分の幸せを阻害するもの」ではなく
その時に感じた痛みを同じ痛みを抱える人への思いやりに変えれば
自分にとってもっとも大事な仕事に変えることができる。
なんといってもほんとうに人の痛みが思いやれるのは
同じ痛みを経験した人間だけですから。
 
苦手なところで頑張らなくても
得意なところで頑張って人のためになる。
そっちの方が自分も楽しいですし、全体にとっても効率がいいですよね。
 
すでに社会の動きはそういう方面に動き始めています。
いわゆるクラウドソーシング、個人に簡単に仕事を委託できるサービスですね。
このサービスができたおかげで以前は自分がやりたくないことでも不得意なことでも人に委託せずに自分でやらなければいけなかったところが
「自分が不得意だしやりたくないことは人にやってもらう」
という風にできるようになったわけです。
これが究極に進化していくと
不得意でもいやいややっている人がいなくなり
どんなことも全てそれが得意な人がやっていくことになる。
考えるだけでワクワクしてきませんか?笑
 
そしてロボットやAI
こういうものは人間がやらなくてもいい単純作業を自動的に行うことを可能にし
人間がやる仕事をもっと専門的で人間の感性を反映したものにかえました。
もう人間は近い将来「これをやってなんの意味があるんだ」というような
単調作業はやる必要がなくなるでしょう。
 
自分のやらなければいけないことは自分が得意なことにある。
時代の流れを見てもそう言えるのではないでしょうか。
自分が得意なことで人の役に立っている時が人間がもっとも輝くときだと思っていますし、
それこそが自分の天職であるし生きがいだと思うわけです。
 
逆に自分のやっていることが自分の使命や天職から大きく外れているとき
人間は虚しさや
「人生ってなんでこんなにつまらないんだろう」
という感情を経験します。
いってみれば負の感情は
「そっちじゃないよ君が行くべき方向は」
という天からのメッセージなんですね。
 
僕自身
「人生ってなんでこんなにつまらないんだろう」
ということを思ってグーグルの検索欄に「人生つまらない 理由」
とか打ち込んでしまうことは何度もあります。笑
 
けれど辛さや虚しさはただ「邪魔なもの」なのではなく
自分に何らかの気づきを促している「有意義なもの」だと捉えれば
完全に受け入れることはできずとも辛さや虚しさが少しは和らぐし自分の未来も明るくなっていくと思います。
 
自分の生き方を見つけるときに考えなくてはならないこと、それは死
 
さっきも書きましたが、自分がどうして生きているかを忘れないために重要なのは自分がいつか死ぬという事実を忘れないことだと思うんですね。
 
多くの人は自分が永遠に生きていいられるかのように生きているように僕には見えます。人間は長生きできて百年。のんきにはやってられないと思うんです。
 
道を選ぶときにも、自分がやることを決めるときにも僕は常に
「自分が死ぬときになったらどうすればよかったなと思っているだろう」
と考えることにしています。
 
死ぬときのことを考えていると
「周りに悪く見られたくないから」
とか
「みんながそうしているから」
とか、そういうことが全部くだらないものに見えるようになります。
 
じゃまな垢が全部抜けて自分の本質だけが残るという感覚です。
 
僕は常に「メメントモリ」という言葉を自分の座右の銘としています。
有名な言葉ですがメメントモリというのは「死を忘れるな」という意味です。
死を常に忘れないようにすれば自分にとって大事なことだけに時間をかけることができる。
逆に自分が流されてしまいそうな「見栄」や「自己顕示欲」に振り回されずに済む。
 
死を忘れずに自分の才能と性格を活かして
「死ぬまでにやりたいこと」
「死ぬまでにやらなければいけないこと」
両方を果たして充実という意味での「幸せ」を勝ち得たいものです。
 
 
 

この記事で言いたかったことをまとめ

 
僕が人間の生きる意味について思うことをまとめると以下のことです。
 
人間が生きる理由は
「死ぬまでにやりたいこと」と
「死ぬまでに世界のためにやらなければいけないこと」をやるため。
 
才能も性格も自分がどっちをいけばいいのかを示している、自分の使命のために選んできた資質である。苦手なことは頑張らなくていい。
 
辛いこともコンプレックスも同じような痛みを抱える自分が救うべき人を救うために存在する。それらは思いやりに変えればもっとも美しいものとなる。
 
うまくいかないときはこのうまくいかないことは自分に何を気づかせようとしているのか考える。苦難は気づきの機会である。
 
死を忘れなければ自分にとって何が大事かということを忘れずに済む。メメントモリ。
 

今では誰でも好きなことを仕事にできるようになった理由

 
今まで天職や自分の使命、ということについて話して来ましたが
「そんなこといっても食ってかなきゃいけないしそもそも自分が得意なこと、好きなことが仕事にできないから自分が今こんなにつまらないんじゃないか。」
と思っているかもしれません。
 
けれど
「好きなことを仕事にできない」というのは今という時代においては誤解です。
なぜか。
それはネットが発達したからですね。
 
ネットが発達したということは何を意味するか。
それは趣味が合う人を集めることが簡単になったということです。
 
たとえば僕の知っている「好きなことを仕事にしている人」の例をあげると
1、イカ釣りという趣味が高じてその「イカ釣りマニュアル」を販売したところ収益が八百万
2、料理が好きだった主婦が「フードビジネスの起業支援」で月収100万
3、お笑い好きのOLがセミナーにアドバイスしたところ大受け。その後お笑いを応用したセミナーコンサルで起業
 
僕が知っているだけでもこれだけの成功例があるんです。
 
昔は知らない人を集客するということが実質不可能でした。結局人を集めるには人脈を持って知っている人から当たるしかなかったんですね。
それが今ではどうなったか。
 
僕のようにブログを作って検索エンジンに載せるだけで自動的に
「自分が記事に書いていることに興味がある人」
が集まってきます。
 
つまり「自分が好きなことに興味がある人」
これを自動的に集めることが可能になったというわけです。
 
上にあげた人たちは自分が持ってる知識をそれに興味がある人に伝えて人助けをしていく
「知識差ビジネス」で生活して行っているわけです。
しかもこの知識差ビジネスのいいところは
「前資金も在庫代もかからない」ということですね。
一般的に起業とかビジネスというとリスクが高い、いちかばちかというイメージがありますが
知識差ビジネスは知識さえあれば人から必要とされためリスクはほとんどありません。
これがネットで行う情報発信ビジネスの一番大きな利点だと思っています。
 
今という時代に生まれておいて「好きなことで食っていくなんて無理だ」という風に考えてしまうのはほんとうにもったいないです。
好きなことを仕事にしていく術はいくらでもあるんです。
 
好きなことについての情報発信をネット上でしてそれをネットビジネスとしてマネタイズし、月五十万以上の利益を出し自由に生きていく術を一つの自由力=経済的自由力について学べる無料メールスクールも公開しているので興味のある人は登録してみてくださいね。
 

人生に虚しさを感じたときに聴く一曲

僕もなんとなくの虚しさを感じるときもありますが

そんなときによくこの音声を聴きます。https://www.youtube.com/watch?v=D8InXW6TF3Q

福山雅治のラジオに孫正義が出演したときの音声ですが

まあ使命感にあふれてます。

仕事が単に飯を食うためにやっていることになりがちなとき、これ聴くと鬼のようにモチベーションあがりますよ。笑

ではまた。bb

 
 
 

「PC一台自分のビジネスを持って1日2〜3時間労働で一生食うに困らない力」
をあくまで「経済的自由力」という自由力の一つとして自由の側面に位置付け
それを含む五つの自由力
内観的自由力
→自分の向き不向き好き嫌い経験を知って自分だからできることを知って人生の方向性を決める技術
内面的自由力
→感情と思考をコントロールしてモチベーションを維持する技術
行動的自由力
→時間管理、行動自律、方法決定など目標に向けて行動を最適化する技術
情報的自由力
→必要な情報をインプットしセルフイメージをつくり、独自のアウトプットをして価値を生み出す力
経済的自由力
→ビジネスの知識としての一生食っていくのに困らない力
の五つを進化させて
自分だからできる度合いを向上させることで
自由なんかはあくまで通過点に置き死ぬ前に後悔しないような充実した人生を創ることを目指す。
そして最初からそこを目指すことが結局自由への近道でもある。
そんな理念で人生をより面白くする無料メルマガコミュニティ「School Of Free Life」を運営しています。
まず初めとしてPC一台で一生食うに困らない力=経済的自由力をつけるべく10万字(本一冊)程度の講座を共有中。
死ぬ前に後悔しない人生を創ることへのきっかけになれば幸いです。

School of Free Life

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