マズローの欲求段階説を発展させて幸福な生き方を探る

お疲れ様です。kimamanです。
 
最近マズローの五段階欲求説から幸福論についてたまに考えていたのですが
今日かなり僕の中でも納得のいく結論が得られたので
めちゃくちゃ久しぶりに記事を書きたいと思います。
 
マズローの五段階欲求説とは
人間が幸福を目指すにあたって満たしていく欲求を五つ(厳密には六つ)に分けた理論です。
マズローは人間が成熟していくにつれて満たしたいと感じる欲求も進化していくという説を唱えました。
その基本的理論については僕がわざわざ書くまでもないので割愛します。
知らない人は以下の記事を見てみてくださいね。
 
 
で今日は僕らが最大限幸福になるということを目指していくにあたって
このマズローの五段階欲求説のなかであまり知られていないかつ
僕が絶対にもっと多くの人に知られるべきだと思う二つの事柄を確認した上で
それを踏まえて人間は結局どんな風に生きれば最大限幸福になれるのだろうかということについて書いてみたいと思います。
 
最後にマズローでいう自己実現欲求がどんな段階なのかということを端的に表している一つの曲も紹介しています。
 

1、自己実現欲求は「何かを実現する」という達成欲求ではなく

「じぶんの素質を最大限磨いていくという成長欲求であること

 
「実現」という言葉がついているので自己実現欲求のことを成長欲求と勘違いしてしまう人が多いと思うのですが
自己実現欲求とは「じぶんの可能性を最大限実現していく」という
じぶんの成長、進化に関する欲求です。
 
つまり人間は最終的に最大限成長していくことを欲求とするようになるわけですね。
 

2、各欲求は100%満たさなければ次に進めないというものではない

 
欲求段階説というと各欲求が百パーセント満たすことができて初めて次の段階、次の欲求を満たすことに進むという印象を持ちがちですが
それは間違いです。
 
マズローは生理的欲求では85%、安全欲求では70%、愛の欲求では50%、自尊心の欲求では40%、自己実現の欲求では10%の達成度を実現できれば次の段階に進むことができるという趣旨の発言をしています。
 
たとえば承認欲求から自己実現欲求に進むには承認欲求を百パーセント満たすことができなければならないというわけではなく、
承認欲求がある程度満たされていれば次に自分の可能性を最大限生かすべく成長するという段階に進むべきだ というわけです。
 

3、これらを踏まえてマズローの五段階欲求説を超えて最大限人間が幸福になるための生き方について思うこと

 
マズローは上にあげたように
五段階欲求説の上位欲求として扱っている承認欲求、自己実現欲求、自己超越欲求を
段階的に一つ一つクリア(最低50%は満たす)して最終的に自己超越欲求に行き着くべきだという風に考えているようなのですが
 
僕はむしろ
承認欲求、自己実現欲求(成長欲求)、自己超越欲求(利他欲求)という三つの欲求をいっしょくたに考えるべきだと思っています。
 
つまり人生の方向性に関して
「じぶんの可能性を最大限活かせるように成長できて(自己実現欲求が満たせて)
その結果人に最大限貢献できて(自己超越欲求が満たせて)
じぶんが認められたい形で認められる
そんな方向性はないだろうか。」
そんな風に考えるべきなのではないだろうかと思うんですね。
 
承認欲求が満たされてから成長欲求に
成長欲求が満たされてから利他欲求に
そんな風に分離していては結局のところ
人は承認欲求を満たすためにいつまでも苦労することになります。
 
で承認欲求というのはどんなに満たしても
もっともっとという風により膨らんでいくような欲求ですから
結局のところ次のステージにいつまでたっても進めずに
欠乏感に苛まれるということになりかねません。
 
別の著名な心理学者であるアドラーは
「承認欲求は放棄すべき」
という風に言っていますが
これをマズローの五段階欲求説にあてはめてより具体的に発展させると
 
「承認欲求はとりあえず置いておいてより上位の成長したい、人のためになりたいという欲求に焦点を当てて行動することによって
最終的に認められて承認欲求がみたされるように方向性を決めるべき」
ということになるかもしれません。
 

4、成長欲求に目を向けられない人間はいつまでたってもその場限りの楽しみを消費してはまた欲しがる生活から抜けられない

 
成長欲求に目を向けられない
別の言い方をすれば承認欲求なり所属と愛の欲求なり生理的欲求(本能的な欲求)を満たすことにしか焦点をあてていないと
必然的にそれは
「その場限りの楽しみを消費する
いってみれば一日一日が分離されている(つながらない)生活」になっていきます。
 
食欲性欲は満たしても満たしてもまた次が欲しくなりますし
所属と愛の欲求(人とつながりたい欲求)はあくせく満たそうとすれば満たそうとするほど寂しくなりますし
SNSでのいいねやファボはいくらもらってももっともらいたいという欲望が消え失せることがありません。
でこれらの成長欲求より下位の欲望は
「それらが十分に満たされていないことが欠乏感として感じられる」ということに特徴があります。
 
それに対して成長欲求や自己超越欲求はどうでしょう。
それらは満たせば満たすほどさらに欲求が増して欠乏感としてそれが感じられるものではありません。
いわば満たされれば嬉しいというだけの欲望であり満たされなければ悲しいという欲望ではないと思うんです。
 
ここに違いがあるんですね。下位の欲求と。
 
だから成長欲求、自己超越欲求に焦点を当てている人間は必然的にQOLが高くなると。
そう言えると思います。
 
もちろん成長には孤独を伴います。
結局のところ自分自身と一人で向き合わなくては自分の可能性を伸ばすことはできません。
「自己実現は孤独を受け入れられる人間の特権」
そういえるかもしれないですね。
 
そしてそれはその場限りの楽しみをある程度制限できる
そういうある程度禁欲的な人間にしかできない生き方でもあるでしょう。
 
で成長欲求に焦点を当てて生きられている人間は
もはやじぶんに何があるとかないとか、
その場が楽しいとか楽しくないはあまり問題ではなくなります。
 
彼らにとって重要なのは
「昨日の自分より自分が進化しているか」
ということなんです。
 
よく「達成思考」ではなく「成長思考」で生きたほうが人生は楽しいということがいわれます。
達成思考で生きているとそれが達成されていない間は
「まだ欲しい結果が得られていない」という負の状況です。
ですが成長思考で生きていると結果が達成されていなくても
「昨日より改良された状況」
という風にポジティブにとらえることができます。
 
これは日々その場限りの欲望を消費するだけの人間とは異なります。
成長欲求は言ってみれば
「昨日と今日の分離を断ち日々をつなげる」
そんな欲求なのかもしれません。
 
しかも成長欲求が満たせるか満たせないかということは
自分がやるのかやらないのかということだけによっています。
自分以外への依存度が極端に低い欲求です。
だから外部に自分の幸福度が影響されることも少ない。
ですがそれには
 
「面倒だ」とか「だるい」とか
成長よりも楽なその場限り消費するしかない楽しみに走ろうとする自分を律する必要があります。
 
 

5、じゃあ具体的に成長欲求に焦点を当てて生きるにはどうしたらいいのか

 
そうはいっても
「そんな簡単に承認欲求やその他の欲求を置いとくなんてできねえよ。」
という人が大半だと思います。
 
僕もアドラーの
「承認欲求を捨てろ」
「やる気がでないのはやる気を出さないという選択をしたから」
そういう適当に人を放り出すような心理学の理論は好きません。
 
どうしたら成長欲求に焦点を当てて生きることができるようになるのか?
まずは自分がどこで成長したいのかということを決めることですね。
それには自分の得意不得意を考えて
自分に向いている分野を見極めることも大事でしょう。
 
まあその方向性としてはさっきも言ったように
「じぶんの可能性を最大限活かせるように成長できて(自己実現欲求が満たせて)
その結果人に最大限貢献できて(自己超越欲求が満たせて)
じぶんが認められたい形で認められる
そんな方向性はないだろうか。」
というところですね。
 
でそれが決まったら
一人の時間を意図的につくって
一人で自分の成長に向き合う時間に
多少つらくても慣れていくこと。
最初はつらいかもしれませんが。
 
予定を入れて外部に依存するのは簡単ですが
充実の尺度とは忙しくしているか否かではなく
何に忙しくしているのか
ということです。
 
たとえば僕は情報発信者としての自分を進化させるということ
また自分が発信する情報を進化させるということに
やりがいを感じていますし
むやみやたらに予定をいれないように注意しています。
BGMを聴きながら
また尊敬している人の音声を聴きながらやれるので
大した孤独感も感じません。
 
最近こういうことを考えていて
情報発信を仕事にしていくということは
自分が知りたい分野の情報発信を進化させていけば
その情報に触れた人もその分野の知識において同じように進化させられる
そんな進化の共有というwinwinをつくれる
素晴らしい仕事だなという風に思ったんです。
 
村上春樹さんは自身の著作の中で
「心の受ける生傷は人間の自立性が世界に向かって支払わなければならない当然の代価」
ということをおっしゃっていますが
これには僕も賛成です。
 
日常におけるある程度の孤独を受け入れられない人に自分の人生を創ることはできないし
自分の可能性を最大限開花させていくこともできない。
 
日常において一人で自分自身を進化させている生活があり
たまに気晴らしとして人とつながる時間がある。
そのくらい孤独な生活が自分の可能性を最大限活かすには必要であり
気晴らしとして人とつながる時間が主になれば
それはもう自分の人生とは言えない。
 
人と繋がりすぎるのを気をつけなくてはならない理由は
そんなところにあると僕は考えています。
 

成長欲求に生きるための一曲

 
最後に「成長欲求」に焦点を当てて生きているんだなあと
そういう風に明確に思う曲であり
それを聴いていると進化していこうと心から思うことができる
そんなgalileogalileiの明日へという曲を載せて
この記事を終わりにしようと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 

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