内観的自由力についての無料講座をやる経緯と背景

お疲れ様です。
いきなりですが新しく内観的自由力の一連の無料講座を始めます。
この無料講座は経済的自由力についての講座と違って
ブログでも公開していきます。

終わりにはこの講座で伝えたいことを象徴するような個性を讃える曲を一曲載せています。

コンテンツを隠して一部の人に見せるという時代は終わりました。
情報は溢れています。
複製可能である限り価値はどんどん下がっているのです。
つまりビジネスをするにも
情報をマネタイズするのは現実的じゃない。
そういう時代に変わってきているということです。

この講座は経済的自由力についてと違って
もっと根本的な生き方に関するものです。
できるだけ多くの人にこの講座を受け取ってほしいと思っています。
なのでブログでも公開することに決めました。

今日は端的にいって
どうして、どんな背景と理由があってこんな講座をやるのかということです。
人生がつまらなくなる根本原因
たとえばPC一台でのビジネスで自由を得たとしても人生がつまらなくなる理由。
そんな感じの話をします。

通過点としてまず「一生食うのに困らない力=経済的自由力」の無料講座を最初に共有してきて
その講座全体の共有が完了した人からは、

「稼げました!」という成果報告から
「kimamanさんのおかげで人生における哲学が変わりました」
という抽象度の高い感想までいただいてきました。

自由力エリート養成ラウンジにも定員ギリギリ、
無条件の参加ではなく審査を挟まなけらばならないほど
たくさんの方に参加していただきました。

有料無料に関わらず作る講座については
「プライドが多分に持てる程度にクオリティが高いもの」
という風に決めてやってきましたし、
それはこれからも変わりません。

そして今回、経済的自由力に次いで五つの自由力の中で焦点を当てるものとして
「内観的自由力」
というものを選んだのですが、
五つの自由力の中でもかなり曖昧ですし
新興宗教臭いものなので、笑
今日は内観的自由力なぜ必要なのか
どのように人生をほんとに面白く生きるために役立つのか
ということについて話していきます。

そしてそれがそのまま世間の多くの人間が
「自分がこれでいいのかわからない」
「他人と比較して落ち込んでしまう」
「自分らしく生きている気がしない」
そういう悩みを抱え、
ゆくゆくは死ぬ前に病室で天井を見上げながら
「自分の人生もっとなにかあったはずなのにな」
そういう風に後悔して死んでいくということの
もっとも根本的な理由でもあります。

今までずっと言ってきたように僕の活動の目的は
死ぬ前に後悔する人を0にすること
そして
「自由が常識」の世界をつくること
この二つです。

そのために五つの自由力
内観的自由力
→自分の向き不向き好き嫌い経験を知って自分だからできることを知る技術
内面的自由力
→感情と思考をコントロールしてモチベーションを維持する技術
行動的自由力
→時間管理、行動自律、方法決定など目標に向けて行動を最適化する技術
情報的自由力
→必要な情報をインプットしセルフイメージをつくり、独自のアウトプットをして価値を生み出す力
経済的自由力
→ビジネスの知識としての一生食っていくのに困らない力

これらを進化させることで
じぶんだからできること度合いが高い
→希少価値が高い
→付加価値が高い
→貢献効率がいい
→食ってくのに馬車馬のように働かずに済む(自由だ)し
自分だからできることだからやりがいもあり捗る(充実)
→さらに自分だからできること度合いが高くなる

というサイクルを加速させて
自由なんて通過点にして
ほんとの意味でおもしろい人生を創っていこうという話をしてきたわけですが、

内観というのはすなわち上のサイクルにおける
「自分だからできる度合いが高い」
という部分の
「自分だからできること」がなにかということを明らかにする作業です。

人と比べたときに
他の人みんなに勝てる分野であるとか
自分にしかできないことであるとか
そういうことではなくて、

自分の中で
運動やら音楽やらはたまた旅やら何やらがある中で
「自分に一番向いているところは何か」
ということです。
才能があるない関係なく
向き不向きは誰にでも存在していますよね。

これがはっきりしていなければ
ビジネスをやるにも
付加価値≒希少価値を最大限発揮できる分野がわからないから失敗したり
自分だからできることをしている感がないから人生がつまらなくなったり
そういうことが起こってくるわけです。

さっきも言ったように世間の多くの人が
「ほんとうに自分の人生これでいいのか」
「ほんとうに自分は自分らしく生きているのか」

こういうことで悩むのは当たり前だと思うし
むしろそういう違和感なく生活している人の方に僕は違和感があります。

理由は簡単で

「一体どれだけの人が
人とのつながりを一旦遮断して
自分という人間の素質やら経験やらを知ることに時間をかけているだろうか」
という風に思うからです。

僕はいつも執拗に
「SNSのよる人間全体の没個性化」
ということを語ります。
それがしつこすぎるだとかいうほどじゃないとか思ったことがありません。

SNSの没個性化がどこから始まっているのかといえば
人がTLを追うという周りの誰もがやっている作業をしているなんていうところからではなくて
「どこででもすぐにでも
簡単に人につながることができる状況ができたせいで
人が一人で自分に向き合う時間が極端に減っている」
そういうところから没個性化というものは始まっています。

死ぬ前に後悔すること1位は以前にも言ったように
「もっと自分らしく生きればよかった」
ということです。圧倒的にこれが1位です。

そして思うに自分らしく生きるというのはもっと簡単にいえば
「自分だからできることを大切にして生きる」
ということ。

それをするためには
一人一人が自分をもっと知ることが必要不可欠です。
他人の流す情報を追うだけに時間を費やしていても
結局のところ自分がどんな人間かということは
ひとりでじぶん自身に向き合わないとわかりません。

それはじぶんの向き不向きだけにとどまらず
じぶんがどんな経験をしてきたのかということ。
そしてじぶんがなにが好きでなにが嫌いなのかということ。
そういう自分自身に関わることのすべてです。

あなたはじぶんの人生について
「これこそがじぶんを最大限活かす道だ」
そんな風に自信を持って答えることができますか?

今完全に「うん」とうなづける人には
別に僕がいう内観的自由力なんてものはすでに身についているんでしょうし、
そもそもこの文章を読む必要もないかもしれません。∨‾

でもきっとそうじゃない人が大多数だとおもいます。
「ほんとうにじぶんの人生これでいいんだろうか」
そんな風に思っているからこそきっとこの文章を読んでいるんだと思います。

ちなみに僕に関していえば
「ほんとうにこっちでいいんだろうか」
といういことを考えることはほとんどありません。
もちろん人生ですから、
辛いことがないわけではありません。
でも辛いからといって
「ほんとうにこの道でいいんだろうか」
という人生の方向性への疑問には至らないということです。

もちろん僕自身、
最初からそんな風に生きてきたわけじゃありません。
15歳で気分障害(軽いうつ病)を経験し
自分がだれなのか、
なんのために人生はあるのか
そういうことを無限に考えさせられる時期を送りました。

だからこそその悩みがいかに深いものかわかるし
その深い悩みに対して
きちんとした解決策を提示できる人がほとんどいないこと。
そして解決策を提示していてもごく抽象的で
一歩間違えれば新興宗教。
そんな現状に対して危機感を感じているわけです。

天職とは?
使命とは?
そういう普通の人なら気にとめる機会も少ないだろうことを
ずっと気にしてきて
それを調べたり考えたりするのに
時間やお金を人の何倍も投資してきたからこそ
今では自分自身、自分を深く知ることができていて

それをもとに
「自分だからできることがなんなのか」
ということを突き止めているがために
人生の辛さに悩むことはあっても
その方向性に悩むことはほとんどありません。

別にそれがすごいとかすごくないとかそういう話がしたいんじゃなくて、
現在地としての自分も知らないのに
どこか目的地を決めることはできないし
そこへの道なんて到底決めることはできないよね。と。
そしての現在地の知り方には
「自分の人生を振り返る」なんて抽象的な解決策ではなく
もっと具体的な解決策がある。
そういうことが言いたいんです。

ちなみに世間が「くだらない」というところ。
そういうところにこそ広い意味で労力をかけると人生が面白くなる傾向にあります。

理由は単純で
「世間の大多数の人が死ぬ前に後悔する人生を送る。
ということは世間が大事ということにとらわれていたら
ほぼ確実に死ぬ前に後悔する人生を送ることになる」
という風に考えられるからです。
僕はいつもあまのじゃくに生きてきましたし
今のところ死ぬ前に後悔しなさそうな人生を生きることができています。

ということで死ぬ前に後悔しない人生をつくるために
内観が必要不可欠であるということはわかってもらえたと思うんですが、
僕が掲げているミッションというか理想の世界は
「死ぬ前に後悔する人を0にする」ということだけではありません。

もう一つは
「自由が常識」の世界を創る。
ということです。

でここで自由について今一度語っておきたいと思います。
自由というと「身勝手」なイメージがあると思いますが
それが的外れなものでしかないということについてですね。
そういうことはさんざん
経済的自由力=一生食うのに困らない力
に主眼を当てた講座でも語ってきました。

人間が食っていかなければならないということは
人間がある程度(必要最小限)
人の役に立つことを義務付けられているということです。
で自由というと何を指すかといえば

「馬車馬のようにはたらかなくていい自由」
「ずっと一つのところに拘束されない自由」
そういうことだろうと思いますが、

そういう自由というのはつまりは
「食っていけるのに必要な労働時間をかなり少なく抑えられて
かつその労働が時間や空間に左右されないもの」
という状況ですよね。

その手段の一つとして僕は
PC一台で完結するビジネスを構築する
ということを勧めているわけですが
それは一つの具体的な手段でしかなくて
要はもっと本質的なことをいえばやっぱり以下のサイクル

じぶんだからできること度合いが高い
→希少価値が高い
→付加価値が高い
→貢献効率(時給)がいい
→食ってくのに馬車馬のように働かずに済む(自由だ)し
自分だからできることだからやりがいもあり捗る(充実)
→さらに自分だからできること度合いが高くなる

これを回すことによって
自分の希少価値≒付加価値(時給)を高められた結果
自由に自分の時間を使う裁量が与えられるということだとだと思うんですね。

逆にいえば学生でじぶんの代わりに誰かをじぶんの代わりに労働させているご身分でもない限り
自らの希少価値≒付加価値(時給)をあげられない人間は
自由にはなれないということです。

人生をおもしろくするにも自由になるにも
上の
「じぶんだからできる度合いを高める」
ということが必要になってくるわけで
つまりはそれ以前に
「じぶんがもっとも希少価値を高められる分野はどこなのか
=自分だからできることはなんなのか」
ということを見極めることが必要になってきます。

ほんとうは経済的自由力の前に内観的自由力が来てしかるべきです。
しかし最初から内観的自由力の話をすると
おそらく全くもってピンとこない人が多い。
なんだこの新興宗教という感想しか抱いてもらえない可能性が高いと判断したので
先に経済的自由力
=ビジネスの知識としてのPC一台で一生食っていくのに困らない力
を持ってきたわけです。

ちなみにいうと
この「自分だからできることはなんなのか」
「自分がもっとも希少価値を発揮できるところはなんなのか」
そういうことを考えずとも
ビジネスで成功することは可能ですし
自由になることはできます。

自分にとってベストではなくても
ベターな分野で希少価値を発揮できさえすれば
貢献効率(時給)を大きくして
馬車ウマのように働かなければならないところは脱せられるということです。

しかしそれで
「ほんとうに人生がおもしろいか?」
と言われれば
きっとそうではないと思います。

僕自身そういうことを経験しました。

金銭的にも時間的にも圧倒的に自由になって
そこで
「これってほんとうに自分だからできることか?
もっと他に自分を活かせる分野があるのに、
それをやっていない。
このままだと人生つまらないし長すぎる」
そういう感覚に襲われたわけです。

実際自由になるにも
自分がもっとも希少価値を発揮しやすい
自分にとってのベストな分野を選ぶのが結局一番はやいですし
多くのネットビジネスで大金を稼いだ人のように
「自由になったけれど人生がつまらない」
ということを経験する必要もないわけです。

自分嫌い。
誰の人生なのかわからない。
このまま人生が無為に過ぎていくのが耐えられない。
このままじゃいけない気がする。

そういうことは僕自身15で気分障害になった時代から
PC一台でビジネスを構築し成功し
お金にも何にも制限されない自由を得た時代まで
ずっと経験してきた感情なのでよくわかります。

気分障害の時代は
ほんとうに自分のことが嫌いで仕方がなくて
何度生まれてこなければよかったと思ったかわかりません。

それも今考えると
瞬発力の必要な運動が自分の筋肉を見たときに向いていなかったのに、
運動で頑張ろう、希少価値をあげようと頑張っていた、
つまり進化する分野を間違っていたことに由来していたんです。

その強烈な自己嫌悪があったから
このままじゃいけないという感情を抱えて
生きてきました。
しかしそれがあったからこそ
現在の自由な生活があるともいえます。
別の言い方をすれば自分に向いている分野で進化することができているということですね。

そして今まで経験してきた感情の中でも僕自身が
ほんとうに自殺願望に行くまで追い詰められたのが
「人生は長すぎる」
という感情です。

この僕の幸福論の記事でも語ってますが、
http://kimaman.info/この人生の幸福な生き方と働き方と天職の見つけ/

人生において最終的に目指すべきところというか
実際充実した人生を生きている人って

自分だからできること(希少価値を発揮できるところ)を見つけて
その希少価値をどんどん磨いていって
人と協力するなりしてどんどん世界に対して自分の貢献量を増やしていって
その結果自由なんて当たり前。
明日はどんな風に世界にプラスのエネルギーを与えようかということでワクワクする。
そんな人だと思うんですね。

人生がほんとにおもしろそうな人って
結局そこが共通していると思うわけです 。

人生は自分だけのために生きるには長すぎる。
だからこそ真剣に
自分がどこで人の役に立つべきなのか
じぶんが一番希少価値を発揮できるところはどこなのか。
どこが自分の貢献効率を最大化できるところなのか。
そういうことを考えていく必要がある。

やりたいことをやればいいとか
楽しければいいとか
そんな適当な人生論に右往左往させられていると
結局人生根本から変わることはないんです。

人間ほんとうに調子がいいときは
じぶんがどんな人間なのかということも考えないものです。
なにか苦難があってこそ
なにか挫折があってこそ
じぶんがどんな人間なのか
どこにいくべきなのかということを真剣に考えます。
そういう意味で苦難というのはほんとうに
ありがたい(有り難い)ものですね。

今ほんとうに苦しんでいる人こそ
僕のいう「内観的自由力」を身につけて
じぶんにとってベストな分野
ベストな方向性を見つけてもらえればなと思います。

では次回からは
「どんな風に自分を知っていくのか。
具体的に自分のどんなところ
どんな風に知る必要があるのか」
そういうを話していきます。

ということで今日はこのへんで。
また次回。bb

PS.カスミソウ/長澤知之

今日紹介する曲は一人一人が誰かになるために生きているわけじゃないという曲です。

自分だからできることを大切にして生きていきたいものですね。

とはいえ長澤さんの曲は聴いていると鬱になるものが多いのでご注意を。笑

https://listenonrepeat.com/?v=aTsso4YnuAs#長澤知之_「カスミソウ」Music_Video

最後までお読みいただきありがとうございます。

「PC一台自分のビジネスを持って1日2〜3時間労働で一生食うに困らない力」
をあくまで「経済的自由力」という自由力の一つとして自由の側面に位置付け
それを含む五つの自由力
内観的自由力
→自分の向き不向き好き嫌い経験を知って自分だからできることを知って人生の方向性を決める技術
内面的自由力
→感情と思考をコントロールしてモチベーションを維持する技術
行動的自由力
→時間管理、行動自律、方法決定など目標に向けて行動を最適化する技術
情報的自由力
→必要な情報をインプットしセルフイメージをつくり、独自のアウトプットをして価値を生み出す力
経済的自由力
→ビジネスの知識としての一生食っていくのに困らない力
の五つを進化させて
自分だからできる度合いを向上させることで
自由なんかはあくまで通過点に置き死ぬ前に後悔しないような充実した人生を創ることを目指す。
そして最初からそこを目指すことが結局自由への近道でもある。
そんな理念で人生をより面白くする無料メルマガコミュニティ「School Of Free Life」を運営しています。
まず初めとしてPC一台で一生食うに困らない力=経済的自由力をつけるべく10万字(本一冊)程度の講座を共有中。
死ぬ前に後悔しない人生を創ることへのきっかけになれば幸いです。

School of Free Life

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