SNSのクリエイターにとっての危険性とは産みの苦しみへの耐性低下

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3、表現者やクリエイターとしてできることが限られる

これは誰かに貢献しようとして何かをつくるのではなく趣味で何かをつくる人、貢献しようとしてつくるけれど人に褒めてもらって承認欲求を満たせる程度の小さな貢献でいいし人に褒めてもらえれば十分という人を除き、お金をもらえる程度には何かをつくって人に大きく貢献して食べていきたい人、まさに自分がもっとも集中して取り組む貢献=仕事としてクリエイターの道を志している人に特に提言したいことなのでその道に興味がない人は読み飛ばしてもらって結構です。

SNSの投稿が創作じゃないといえばそれは嘘になります。立派な創作です。140字でもそれは人が新しく生み出したものです。

しかしあなたがもし自分が集中する貢献=仕事=お金を払いたいと思うほど感謝されるような大きな価値提供をしたいならばもちろん創作は創作でも大きな規模の創作をしなければなりません。

なぜなら完全にとは言わないまでも創作の規模とそれが与えられる価値量は大体比例するからです。

そんなことない、小さな創作でも大きな価値量を提供できると言われるかもしれませんがここでは価値量の提供のしやすさという傾向の話をしています。

140字に込められる内容と2000字に込められる内容と20万字に込められる内容に差があるのは当然です。そして量が大きければ大きいほどより体系的に人を助けられるようなものを内容として込められることは間違いありません。

筆者が本書を書いたのはツイートやいっときの会話では到底語れないし、ブログ記事×いくつという形にするとひとつの方法論として完成させる感が薄れるから控えたいし一部分一部分で検索エンジンに評価されるべきではないと信じる一つの方法論の種がありそれはツイートをすることでもブログを書くことでも音楽をつくることでも語ることができず本という規模の大きい創作をすることでしか語れなかったからですが、ひとつのツイートより一つの記事より一つの本の方が一人の人生を一生支えるような貢献=大きな価値量を与えることはたやすいという傾向について言っています。

別にクリエイターを志すならSNSを普通にやりながら大きな創作をすればいいじゃないか、思われるかもしれません。しかしこういう考え方はSNSの危険性のうちやはり時間的なリスクしか見ていません。

SNSの大きなリスクは別にあるということは語ってきたとおりです。

そして食っていける程度には大きな創作を実際にしているクリエイターよりも、特にそのような大きな創作を将来行ってそれを自分の主な貢献にしたいという道を志している段階の人にこそ時間的なリスク以外でSNSには致命的に大きなリスクがあるのです。

大きな創作には誰からも褒められないし誰にも価値を与えていないから一銭ももらえないという時期が存在します。つまり何時間も何時間もかけていても与えられる価値量に全くもって付与されないという時期です。

大きな創作であればあるほどその時期は長いのです。これは時給や月給をもらえる仕事と異なるところでもあります。

それに対して「いや認められるためにやっているわけでも、お金をもらうためにやっているわけでもないよ」と、実際にその時期を経験したことがない段階で言うことは簡単です。

もちろん重要なのはそのように大きな創作に励んでいて何も得るものがない時期を過ごしているときにその言葉を言えるかどうかです。そしてそのいわば「産みの苦しみ」に対して鈍感でいられるか、鈍感でなくても耐えられるかということこそがクリエイターの道に進んでやっていけるかということの一つの指標にはなるでしょう。

産みの苦しみは間違いなくなんらかの意味での自己犠牲です。それは美に対するものなのか、その先で救いたい人に対するものなのかはそれぞれですが、明らかに楽しいだけで続くものではないでしょう。

楽しいだけでクリエイトを終えられるのは0.0001%の天才かろくに作品にこだわったことのない人間かごく短期間で終わるような小さな創作しかしたことがない人間かいずれかです。

すでに理論編において全ての場所と環境に基準値があるという話をしました。その場所なり環境の中で常識とされているような何かに関する値です。そしてSNSにおいてももちろんそれがあります。

仕事をする時間、毎週飲む回数、いろいろあると思いますがここで注目したい基準値は自分がする創作の規模です。それはその創作にかける時間数という言い方もできるかもしれません。そしてSNSにおけるその基準値は著しく小さいということができます。

平均的にはSNSの投稿を「創作」するためにかけられる時間はせいぜい長くて5分です。そして創作の規模は〜一千字、その程度です。お金をもらえるくらいに大きな創作をするには一つに数百時間、数千時間かけるというのが普通です。

しかしSNSにどっぷりつかって創作の規模に対する基準値を著しく低く持ってしまえばそのようなクリエイターとして生きるならかけてしかりの時間がだんだん恐ろしく長い時間、おそろしく大きな規模に思われてしまう可能性があります。

 

別の観点から話します。SNS上で僕らは五分もかけないような創作を人にさらしてそれが面白いなり元気になる=感情的価値を与えられる、役に立つ=機能的価値を与えられるものならものの5秒でお気に入り=返ってくる価値を得ることができます。

SNS上で僕らが行っていることは非常に短い時間で非常に小さい創作をして短期的に返ってくる価値を受け取るということの繰り返しです。

そしてもちろん繰り返すことは自分の中で当たり前になり、習慣になっていきます。非常に小さい規模の創作が当たり前になり、また自分が何かしたなら短期的に評価されるのが普通になっていくということです。

別の言い方をすればそのような小さな創作でないと根気も続かず短期的に評価してもらえないとフラストレーションがたまるような人間に近づいていくということです。

べつにクリエイターを志さないなら多少認めて認めて人間になるというデメリットだけで済むかもしれません。しかしあなたがクリエイターを志すならこれは致命的なことです。

あなたはおそらく大きな創作をしようという気を無くすでしょう。短期的に評価されるものしかつくれなくなるでしょう。

最終的に創作においてある段階まで来るとこれ以上クオリティを上げるのか、このくらいにしておくのか、そういう選択を誰にも迫られず見られもせず一人で決めることになるでしょう。

そしてSNSによって短期的に即時的に価値が返ってくることが自分の中で常識になっていることはより「このくらいでいいか」という風に安易で即時的な評価なり金銭的報酬なりに飛びついてしまうことを促すことになります。

よりこだわった方が大きな価値量を与えられて長期的には自分が得するとしてもです。

つまりSNSに浸かり続けることは自分がつくったものが与えられる価値として金銭的報酬なり名声なりとして返ってくるまでのスパンの基準値を著しく短くし、すでに書いたような大きな創作をしているときの何をも得られないような産みの苦しみに耐えられない自分を作ることになりかねません。

SNSに浸かりながらクリエイターとしてやることもできるかもしれませんが少なくともこだわりにこだわり抜いた歴史に残るようなもの、多くの人を救うようなものはつくれない=偉大なクリエイターにはなれないことは間違いないでしょう。

自分が違和感を持たない範囲=コンフォートゾーンにある創作の規模が非常に小さくなるのです。小さな創作、即時的な評価に慣れるのです。

また創作というのはもちろん自分が普段感じていること、自分にあった出来事を直接は込めないまでもそれをなんらかの形で昇華、消化して込めるものです。

多くが昇華され、それがつなげられているものほど素晴らしい創作になるといえるのではないでしょうか。何の材料もなしに大きな創作をすることはできません。それはすでにあるもののつぎはぎです。

当たり前のように日々は昇華すれば大きな創作の材料として使うことができるのです。

しかしSNSで毎日かった」「嬉しかった」「こんなことがあったあんなことがあった」そんなことをつぶやいていたらどうなるでしょうか。日々は昇華されないまま投げ出されます。そして昇華されていないいわば垂れ流されたものは大した価値を与えることはできません

結果大きな創作の材料を失うことになります。たとえば半年で100の材料があった。SNSでいちいち垂れ流していなければ半年+半年で昇華してそれを300の価値に膨らまして人に提供できた。それを毎日SNSで垂れ流すか1×100の価値しか提供できなかった

そういうことが起こり得ます。

誰だか忘れましたがある作家はよりいい長編を書くためにエッセイだったか短編だったかを書くことをやめたそうです。

より大きな創作に向かうなら小さな創作は制限しなければならない。クリエイターにとって創作ならなんでも奨励されるかといえばそうではないのです。

以上、あなたが違和感を感じない創作の規模とつくってから価値が返ってくるまでのスパンを著しく下げること、そして創作の材料を失っていくこと、これらがクリエイターにとってのSNSのほんとうのリスクでしょう。

クリエイターにとってのSNSのほんとのリスクもやはり時間的リスクではないのです。そしてそのリスクはいとも簡単にクリエイター人生を破壊します。

筆者はクリエイターの端くれ中の端くれといえる人間ですが、本書を書くのに半年間で数百時間にもわたる時間を費やしました。もちろんその間いかなる金銭的報酬も賞賛もなしです。

それに本書は書きあがってから出版社に出版を打診したのでそもそも書いたところで出版できるかも不明でした。

本書は一生一人の実現を支えるものとして世界一のものをつくることを目指したものであり、お金や評判のためにやっていたわけじゃないと思っているつもりでしたがそれでもやはり「なんでこんなことやっているんだろう」だとか「こんだけやって未だ時間と喫茶店代が飛ぶという反価値だけか」という気に幾度もなりました。

そういう自分の声を交わすための仕組みも整えつつやってきましたがその仕組みがあっても、もしSNSにどっぷりつかっていたならとっくのとうに半分くらいの時間で半分くらいの内容で終わらせていたでしょう。

実際頻繁にはつぶやかないもののTLを頻繁に見ることでSNSにどっぷりつかっていた2年間、筆者は適当なものしかつくれませんでした。自分なりにこだわったものをつくることはできませんでした。

そこでやはり自分は小さな創作に慣れてしまっていると確信しTL含めSNSから相当に離れることになりました。なぜそこで現状維持をせずにSNSから離れることができたか、その当時好きだった芸術肌の女性に異性としてもクリエイターとしても相手にされず、自分がこのままでは人間としても自分がクリエイターとしてもダメなんだと思い知ったということもありますが、やはりそこで決定的だったのはセルフイメージだったと思うのです。

自分は自分が創ったもので多くの人を救えるはずだしゆくゆくは何かを創る人間として身を立てることができるという自負です。一種SNSで適当に投稿している人たちに対して「一緒にすんな」と思うことができていたのです。

「一緒にすんな」という考えはネガティブなものとして捉えられるかもしれませんが問題はそれをどう使うかです。

一緒にすんなという自負をそのまま吐き散らすなり垂れ流したりするならただの迷惑な勘違い人間ですが高いセルフイメージを持ってその先で実際に大きな貢献をしてそれらの人よりも評価されることになるなら一緒にすんなという思いが世界により大きな価値を付与したということになります。

あなたがクリエイターを志してしかし世間の創作の大きさと自分が何かをしてから何かを受け取るまでのスパンの低い基準値に埋もれているなら本書の方法論も使ってまずセルフイメージをあげてください。

自分は大きな創作をしてその先で多くの人に価値を与えて対価としてクリエイターとして名を上げることができるという自負をつくってください。

そうすれば自然と小さな創作だけが当然として行われる場所から遠ざかりたくなるはずです。才能なんて関係ないんです。思い込みと自負がそれを実現するような行動をとらせそれを実現していくんです。

筆者には今も昔も大した才能はありませんが思い込みだけは高く保つようにしています。結果として今だって勘違い人間でしょう。しかしその勘違いこそが自分を走らせてくれるしその先で死ぬ前に後悔しないような人生をつくってくれると筆者は信じています。

誰もがSNSにどっぷりつかって小さな規模の創作に慣れて大きな創作、こだわった創作をしなければ、世界に一石を投じるようなものを創るような人は非常に少なくなります。

クリエイターはもちろん現状に疑問を呈したり、警告を発するという役割を持っています。

司馬遼太郎の言葉に「思想家が警鐘を鳴らし、ついで革命家が奔走する。生き残った実務家が新しい体制をきづきあげる」という言葉がありますが、大きな警鐘を鳴らせるのは結果的には大きな創作だけです。

140字のツイート、一千字の文章、その程度で世界に大きな一石なんて投じられません

それらは嘆きの範疇を出ず立ち消えです。SNSが世界を変えることができるのはあくまで二次的な拡散においてだけでしょう。その本元となる大きな創作がクリエイトされない限りSNSが世界を変えられるなんてありえません。

あなたがクリエイターを志しているならばSNSは時間が吸われるなんてのんきなことを言っていないでリスクを認識して付き合い方を考えてください。そしてクリエイターならばSNSで大して投稿はしていないからといって「そこまで浸かっていない」という考えることをを改めてください。

SNSの時間的リスクにしか警戒しないことはあなたの作品の質を長期的には確実に下げています。そしてそのような実際のところ浸かっていないと思いながらSNSにどっぷりつかっているようなクリエイターが増えて全ての作品の質が下がっていくという未来を筆者は見たくないしそれがよりよき世界につながるとは到底思えません。

SNSの時間的リスク以外に着目しそれを踏まえて付き合い方を考えることで自分のつくる作品の質を長期的に飛躍的に向上することができます。

ということで理想を実現するということを考えた時に、SNSが具体的にどのような点でそれを妨げているのかということを語ってきました。じゃあどういう使い方をすればいいのかということを考える前に、次はそもそもどうして僕らはSNSをことあるたびに眺めてしまうのかということについて考えてみる必要があります。これも小さな動機だと思われるものからあげていきます。

 

 

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