【自己啓発本の効果って?】良い習慣が身につかない9つの理由まとめ

音声動画

記事まとめ音声です。この記事見ながら聴くと実現力進化が捗ります。

9/17それらしい例示に労力が割かれている

 

僕の「実現力」は一人の実現を支えるのに必要なのは実現のための考え方と行動レベルの策だと考えています。

それが僕の「実現力」を理論と実践にわけている理由ですが、理論としてかたらなけばならないことは多岐にわたっていて、余計なことを語っている余白はありません。つまり理論をいうときにその理論や考え方をわかりやすくするための簡単な例示はしても、例示に凝ることはないということです。

社会学者ホッブズは彼の理論において比喩を人を騙すための一つの手段として位置づけましたが、いかにありふれたことでそれが真実からそれたものであってもそれをたとえることによってそれらしくなってしまい受け入れられてしまう。そんな危険性が比喩にはあります。そして実現や成功を指南する本の中には、ありふれいてなんの役にも立たない内容をあれこれと例を使って装飾してそれらしく見せて終わるというものが多数あります。専門用語をうるさく並べることでいいことを言っている感を出すことにこだわっているものもあります。

筆者は基本的になんでも定義で覚えますが名前で覚えるより定義で覚えた方がその先で他の概念とつなげて考えることがたやすく新しい発想をするのに役立つからです。

また読者にとって価値があるかということではなくてとにかくにも今までに誰も言ってなかったことを言ってこれまでと違っている、ありふれていないと評価されることのみに焦点を当てて逆説や変わった表現の仕方に凝るばかりで結局特に役に立たないという類のそれらしさばかり演出しているものもあります。

今まで誰も言っていないと思ったことだってどうせ誰かが人類の長い歴史の中でどこかですでに言っているのだからありふれいてないようにしよう、おなじことを言わないようにしようなんてやたらに考えて特殊性ばかりを追求するのは無駄な労力です。一生実現を支えられるような本をつくるならありふれいても実現に非常に役立つと信じる重要なことならそれらしくなくても語るべきです。

 僕の「実現力」は考え方を理解してもらうために、わかりやすくするために簡単な例や言葉を使っても、それらしく言うための凝った例示や用語提示には一切労力を割きません。例のそれらしさよって判断せず、考え方や理論そのものを評価してもらえれば幸いです。

10/17文章や物語りの形式と体裁を整えることに焦点が当てられている

 

これもそれらしく言うことに労力が割かれているということとほとんど同じなのですが、小説でないにもかかわらず、いちいち文章の体裁と物語りの見栄えにばかりこだわっているような自己啓発の類の本があります。

そしてそのいちいち体裁とストーリー性を整えられて語られたその考え方なり方法論は特に役に立たない。筆者はそういう類の本に「そんな文章のうまさとかストーリーのうまさとか求めてないからなにか新しい方法論なり考え方を提示してほしいな。」とへきへきとしたものです。

僕の「実現力」はそういううまさを追求している本ではありません。

筆者は名文は書けませんし、僕の「実現力」のいかなる部分においても名文を書く気は一ミリもありません。そんな形式や体裁にこだわっている暇があるのなら、もっと僕の「実現力」の中に詰め込むことのできる考え方、新しい方法論はないかということに探るのに時間を費やしたいと考えているため、文章をうまく見せたいという考えを律しながら書いたつもりです。文がちょっとおかしいから、普通じゃないから、そんなこまかい誰でも整えられる形式にこだわるなら他の誰でも整えられる形式ではない自分だからできる度合いの高い内容にこだわった方が筆者としても楽しいですし読者にも価値を与えられるはずです。

それっぽく見えるだけで誰の役に立たないことをするために時間を使うのはこちらといしてもつまらないしそれでいて他人の役に立たないしでいいことなしです。見栄えがいい文章では確実にありませんが、形式と体裁を整えられているだけで結局とくになにも得るところがない内容になってはいないことはここに断言しておきます。

人生で情熱をかけるに値することとは誰かに笑われてでもやらなければならないと信じることであって、自分の汚れたプライドに急かされることではありません。むしろ筆者はこだわったところで誰の人生もよくすることができないような見栄えにこだわらないことにこそプライドを持っています。

11/17筆者自身の試行錯誤がない専門家の片手間の机上の空論になっている

 

筆者が15歳で軽い鬱になって自己啓発書やら心理学書やらを読み漁って感じたことの一つは「これ、書いた人は実際にやっていないな」ということでした。明らかに頭で組み立ててそのまま書いた感があり、言ってみれば血が滲んでいない、地道さがないのです。

たとえば自己暗示一つとっても実際にやるならばもっとも行き詰まるのは「どんな定型文で自己暗示をやるか」という部分ではなく「いかに毎日忘れずに自己暗示を続けていくか」という部分であるはずです。

しかし多くの自己暗示の本にはどんな形で自己暗示をやるのか、それがどんな効果があるのかということしか書かれていません。これでは実際に読んだ人の人生を変えられるとは言い難いでしょう。学者や専門家がいかにそれらしい理論を打ち出したところでそれを実際にやっていくにはというところで泥臭い実践がなされいなければ、その理論は人を助けるものにはなりえません。

大体において実現や成功を指南する本を書く多くの学者や専門家はもちろん本業があるのです。本業をやりながら片手間で本を書く。そんなことをしてほんとに一人の実現を一生支え続けるような本がつくれるでしょうか。筆者はこれまで多くの片手間でそれらしく書かれた本を読んできましたが、大抵「ほんとに変われなくて悩んでいる人を馬鹿にしている」という印象と怒りしか覚えませんでした。そのような「専門家としての名ありき」の本は大抵机上の空論を並べて多少のお金がつくれればいいという意図が透けて見えるものばかりです。

筆者は名のある学者でも有名人でもありませんが、15歳でほとんどの自信と楽観的観測を失ってから、本を読みあさったりなんなりをしながら一向に変われなかった2年ほどをすごしました。そしてなんとか変わることができてからも、何かを実現しようとするたび「理想を実現するには」という普遍的な理論を考え、またそれをじぶんの実現において実践して試してきました。ときには非科学的な笑われるようなことでも自分が実現に役立つかもしれないと思ったら試すということをしてきました。

そして僕の「実現力」は半年間筆者の主眼として書かれた本業ありきの片手間からは程遠いものです。もちろん僕の「実現力」を書いて出版するという過程もその「実現力」の理論を試す材料の一つとし、僕の「実現力」を書く過程でも大きく理論を修正しました。

なので机上の空論になっているという可能性はまずないはずであり、むしろ「こんな細かいとこまで書くなよ」というところまで書いたつもりです。そして実践して人生をよくすることを前提としているので続けられそうにないものについては紹介していません。そういう自分自身の試行錯誤の上に書かれていること、それが僕の「実現力」が実現や成功を指南する類の本としてまず空前絶後のものだろうと筆者が自負する大きな理由の一つです。

 

12/17解決策の優先順位が欠落している

変わることや実現を指南する本でありがちなのは「あれもこれも望ましい!」みたいな内容です。

たとえば理想を実現するために「日々望ましい習慣をつくる」ことと「日々理想の実現をイメージする」というのはどちらももちろん重要だし理想を実現するにあたって望ましいことでしょう。しかし二つ同時に身につけることというのは難しいでしょう。日々の習慣もないし毎日理想の実現をイメージする機会を持たない人はどっちかから着手するべきですが、どっちから着手するべきなのかという優先順位を多くの本では示していません。

あれもいい、これもいいではどれも身につけることができません。一番大事なのはこれ、その次はこれ、という段階が明確になっていなければ解決策の提案として不完全でしょう。

僕の「実現力」では理論編においてまず

長期で抑えなければならない最も重要なポイントとしての長期実現力(セルフイメージ力)

次に中期で抑えなければならないポイントとしての中期実現力(主に実現後に触れる頻度=実現後に対して感じているリアリティ)、

最後に長期と中期のポイントどちらもおさえられてやっと次に抑えるべき短期のポイントとしての短期実現力(方法×集中力×時間)

という風に、何かを実現したり変わるため抑えたいことに優先順位をつけています。そして実践力編においてもこの行動もこの行動もいいよという風に並列で提案するのではなくまず続けやすさその行動を続けたときの効果という二つの観点から行動レベルの解決策にも優先順位(重要度)をつけています。

変われないとしたらどこから手をつけていいか知らないからに過ぎません。集中力や時間捻出力というあくまで短期的な視座の中で重要な能力の向上から着手するのではなく、僕の「実現力」が勧めるように長期的に人生まるごと動かしているようなセルフイメージの向上から着手するなら、飛躍的に簡単に人生を変えることができるし実現の可能性も簡単に飛躍的にあげることができます。

 

13/17ソースや裏付けに無駄に説明を割いている

自己啓発書にはあまりありませんが心理学関係の本にありがちなのが「別に知りたくもない情報のソースや裏付けをこれでもかと行っている」という本です。

たとえば筆者が昔読んだ習慣化の本で本の半分以上が習慣化について、その本で提案する方法が、「いかに実験で効果があるものと裏付けられたか」という話に割かれ、じゃあどうやって具体的にその方法を使うのという行動レベルの解決策については全く触れないというものがありました。

そのときは「そんな使えない理論だけ知らされてその正当性をいくら裏付けされても結局こっちの役には立たないんだけどな」とへきへきとしたものです。
この「実現力」は学術書でも論文でもありません。あくまで一冊で数十年一人の人の理想の実現をまるごと支え続けることを目標として書いたものです。ソースがどこだこうだということをいちいち書いている余白はありません。

この時代、科学的根拠はネットで検索すればいくらでも出てきます。筆者は科学的根拠があるのかないのかということがくだらないといっているのではなく、それは試す価値があるかないかの一つの判断材料にすぎず、それを長々と書くことは一生一人の理想を支え続ける本として僕の「実現力」だからできる貢献ではないと考えているということです。
僕の「実現力」は絶対的な真実をいうものではなく、あくまで「実現力」という理論に従って実現の可能性を極限にあげるべく提案をするものです。正当性の裏付けは軽く済ませて筆者の実感に基づいて理想の実現のために効果があったと実感した経験に基づいて、解決策をどんどん提案していきます。

結局のところ役に立つ提案かどうかはあなたに試してもらうしかありません。あなたが納得したものだけ実際に行動に移してみて、その後のじぶんの実家で効果があるかということを判断してもらえれば幸いです。筆者はソースよりも経験を信じる人間であり、実際に何かを実現していくとなったとき僕らにとって役に立つのは他人のソースに裏付けられた方法ではなく自分の経験に裏付けられて骨肉になった方法だと考えています。

 

14/17「すでにある方法論」として描かれており「肉付けして進化させる技術」として書かれていない

自己啓発系や心理学書の類の本は大抵「ひとつのすでにある方法論の紹介」でとどまっています。

たとえば自己暗示の本は大抵、その本がよしとする自己暗示の方法論についての紹介で終わっていて、じゃあその方法論をふまえてその本を読んだ人が自分の自己暗示の技術をどのように向上するのかということにまでは言及していません

なのでそれを読んだ僕らは「ああなるほど、こういう方法論があるのね。じゃあ試してみよう」と思って、読んだだけで終わるか、試したとしても一度だけ試してみるのが関の山です。

 

当たり前ですがどんな方法論も万人にとって正解にはなりえません。「どうやって自分が実現したいことを実現していくのか」ということについてもこれは変わりません。絶対的に誰もの実現確率を高められるような方法なんてないのです。

そうである以上、

「すでにある方法論を学ぶ」というスタンスではなくて「自分の方法論にすでにある方法論を肉付けする」というスタンス

で学ぶ必要があります。

そしてこれは学ぶ側の問題のみならず、書く側も、自分の方法論に自信があるのならなおさら「参考にするなら参考にしてね。自分の方法論に肉付けするならこんな風に使ってね。」というスタンスで書く必要があるでしょう。考え方についても同様でその考え方が人にとってメリットが多いものであるという自信があればあるほど、「この考え方だけ盲信しないで他の考え方も試してね」というスタンスになるはずです。

僕の「実現力」が提案書にすぎないというのはそういった意味合いにおいてです。

僕の「実現力」はなんでもかんでもバカの一つ覚えで「セルフイメージ力」「時間捻出力」「習慣力」という風に「力」をつけます。そして題名も「実現力」という形で力をつけています。これは読者が「一つの方法論を学んでいる」という意識ではなくて

「自分の実現力を向上させるための材料として一つの方法論について知っている」という意識で読むなら、より嬉々として読めると思ったからです。

また、一度だけ、一つの方法論だけを読んでそれを実践することで人生が変わるだとか何かが実現できるということがありえない以上、すべてのことを「力」とみなすことによって試行錯誤して向上させていくことでしか実現は望めません。かたっぱしから「力」とみなしそれらを飛躍的に進化させることができれば実現できないことなんてなくなります。なのでなんでもかんでもバカの一つ覚えで「力」という言葉をつけるということをしています。

肉付けすることで長期的に向上させる力としてなんでもかんでもとらえることが実現のために必要だからということを話しましたが、それのみならずなんでもかんでも「力」をつけて向上させるものとしてとらえる方が楽しいからということもあります。

向上することにワクワクすることができる特定の技術なり力なりに焦点を当てることができれば、何があってもなくても人生が簡単により面白くなるというのは筆者の持論ですが、

たとえば、それを向上できれば自分が未来においてなし得ることがどんどん広がっていく実現力を筆頭として、

他にもそれを向上できれば習慣にしたいことをかたっぱしから習慣にできてその先で自分が熟達したいことをかたっぱしから熟達できる習慣力

それを向上できれば捻出したいだけ時間を自在に捻出できて最大限の努力をすることができる時間捻出力など、

世間ではあまり技術だとみなされていないものでも「力」を無理矢理つけて自分が進化することのできる技術だとみなし、その進化に焦点を当てることによって、人生にはもっと楽しめる余地しかありません。

そして僕の「実現力」がそのようなワクワクする進化に焦点を当てることを助けるようなものになればいいという意図も込めてかたっぱしから「力」という言葉をつけてかたっぱしから向上できる技術だということを強調していきます。たとえばこの本をカバンにいれておくと「今日も今日の部活を通じて自分の実現力を向上させるぜ」だとか「今日も筋トレを習慣化しようとすることによって習慣力を向上させるぜ」だとかそんな風に、カバンにいれることにより、より進化に焦点を当てることができるような本としてつくりました。

そして「どのようにして実現したいものを実現していくかという方法論」を示すことのみならず、「実現のための方法論の総体としての自分の実現力をどのように評価進化させていくか」ということについても実現力の進化力編としてページを割いて語っています。ぜひ一緒に、「実現力」というもし向上させたなら自分の可能性をどんどん大きくすることができる技術を向上させることに焦点を当てて、人生をより面白くしていきましょう。

僕らの実現力はほとんどの場合一度として進化させることを試みようとすらされていないため、筆者はもちろん多くの人にとって飛躍的に向上する余地しかありません

そしてその実現力が飛躍的に進化した先で、僕らが実現できる可能性も飛躍的に広がります。何度も何度も「進化できる」という文言が登場するので刷り込みくさいなと思われるかもしれませんが筆者は誰でもいつなんときでも進化できるという事実について語っているにすぎませんし、なぜかは後々語りますがて長期的な実現のためには間違いなく未来における理想的な結果にのみ焦点をあてることなく日々の「進化」にこそ焦点をあてることが必要です。そしてであるからには僕の「実現力」を進化に焦点をあてるために優れたものにするために善を尽くさざるをえません。進化しようという思想が滲んでおらず、家やバッグの中にあっても進化しようという気を(読んで進化しようという気を)起こさせないような本が、実現を一生支えることはおそらく不可能です。

 

15/17絶対的な一つの真実として書かれている

宗教書はじめ実現や幸せを指南する本は

「これが世の中において絶対的な真実だ」

というスタンスで書かれているものが多数あります。

「この本が言っていることを実践しさえすれば間違いない」そういうことを言われると、まず筆者は「ああ十中八九大したこと言ってないないな」と思ってしまうのですが、それは置いておいてここで考えたいのは「これが世の中において絶対的な真実だ」というスタンスで書くことの実現への弊害です。

まず一つには、

そのような「これが絶対的に正しいことだ」というスタンスで書かれたものを受け入れてしまう場合、権威なりすでにあるものにしがみつくという傾向を持っていることが考えられます。

僕ら人間は面倒なことが嫌いです。そして最も面倒なのは自分で考えることです。なぜそれをするのか、なぜそうなのか考え続けることです。絶対的な真実を探してしまうのはそのような考えることへの怠惰と不安の表れです。そしてそのような姿勢は全くもって実現に悪影響です。

手取り足とり全て道筋を教えてくれる人がいるなら自分で考えることなんて必要ないでしょう。コーチが言うことをなにも考えずにこなしたり、教師が言う通りの方法で勉強したりしてなんとかなる程度の実現なら考えなくていいかもしれません。しかし当たり前ですが誰も指示してくれないなら自分で考える必要があります。たとえ絶対的な事実であったとしても「この本が絶対的だ」と言うのは読んでいる人に「考えなくていいよ」と言っているのと同じでありこれは実現確率を著しく下げます。

もう一つには、

一人の一人の特性も状況も違う以上、実現のための方法論として絶対的に効率的で正しい方法論を語ることは不可能であり、もちろん一人一人が語られた方法論を参考にするなりそれに肉付けするなりして自分なりの方法論を確立する必要があります。

それなのに「これが絶対的だ」という態度で語ることは、他の方法論と合わせてさらに当人にとって素晴らしい方法論を確立できる可能性を著しく下げます。僕の「実現力」は間違いなくこれまで語られてきた実現のための方法論の中で実現確率を最も高められる方法論だと筆者は確信していますが、それは僕の「実現力」の方法論をそのまま使ってくれということではありません。僕の「実現力」の方法論を参考にするなりそれに肉付けしてあなた自身の実現力を高めることでこれまでのどんな方法論より実現の確率を高められるような方法論が出来上がるはずだということです。

僕の「実現力」は絶対的な真実ではありません。筆者のあくまで一つの思想を元に書かれたものです。思想家が自信のない思想の権威と自分の権威を保つために仕事をするなら、あくまでその思想が絶対的な真実としてその中に人を閉じ込めようとするでしょう。逆に自信のある思想で権威を高めるためではなくあくまでその思想を採用した人の幸せのために仕事をするなら、絶対的な真実ということはおろか、むしろ

「この思想があなたを害するものなら真っ先にその思想から逃げて別の思想を取り入れてくれ」

というでしょう。

筆者は僕の「実現力」の実現のための考え方と方法論に自信があります。だからこそ僕の「実現力」の考え方も方法論も一つの提案でしかないとここで明言します。あなたが自分の実現のために役立つと思ったものだけ採用して他と合わせて自分の実現力、実現のための方法論を育ててください。

 

16/17最後まで読む気にならない

 

ストーリー性なく方法論を語る本は、小説と違ってすぐに「読むのが面倒」になりがちです。

小説や物語は伏線を張りながら結論を先延ばしにすることで読者に「結論を知りたい」という気持ちにさせることで最後まで読んでもらうことが容易です。たとえばミステリー小説はそのもっともいい例ですし、たとえば筆者が好きな小説の上位にランクインする「海辺のカフカ」は二つの世界で行われることが同時に代わるがわる描かれだんだんと近づいていくことで最終的にどうつながるのかというブラックボックスを読者に対して生み出し読み進めることを容易にしています。

しかし物語性なく方法論を語る本はそれをすることが困難です。今すぐにでも語れるのに「でもこれは今は言わないから後でね」と先延ばしにするのはただのうざったい本です。ゆえに小説よりノウハウや方法論を語っている本がいわゆる「積ん読」になってしまう可能性が高いといえます。

筆者も「いかに実現するか?」「いかに思い通りに生きるか?」ということについての本をたくさん読んできましたが最後まで読む気になったものは少ないのです。世界最高の成功哲学書と言われる「思考は現実化する」に至っては5分の1も読まないうちに「これは延々と違う例を出して「思考は現実化する」と最後まで方法論なく同じ希望的観測を言っているだけだな」となって読む気が失せてしまいました。

内容がよければ最後まで読む気になるかといえば、そういうわけでもないでしょう。むしろ内容がよければよいほど、読者に最後まで読んでもらえれば飛躍的な成長が提供できると自信があればあるほど、多少みっともなくても最後まで読んでもらえるように工夫をしようとするはずです。最後まで読まないことが勿体無いと心から思っていたならです。

僕の「実現力」は例が少ないですし、多少抽象的で難しい話が多いかもしれません。それで途中で読むのをやめてしまわれては僕の「実現力」が全体で提供できると筆者が信じる飛躍的成長が失われてしまいそうなるならば非常に勿体無いことです。かといって読んでもらうことが最優先になればうすっぺらい内容をおもしろい例示でごまかすような方法論になりかねません。

なので、最後まで読む気に成る工夫を各所に組み込みたいと考えましたが、小説のようにブラックボックスをつくったり、知りたい◯◯などともったいぶることはしなかったので僕の「実現力」は別のやり方で最後まで読む気力を拡大しています。それは僕らのコンプリート欲求を刺戟することによってです。僕らにはもちろん

何かをコンプリートしたい、部分的に得ているものの全体を得たい

という欲求があります。

たとえば「〜な方法」、と銘打つより「〜な方法三つ」と銘打つ方がタイトルとしてクリック率がよかったりするのは具体的にいくつあるのかということを明示することでコンプリート欲求を刺戟してるからです。

僕の「実現力」には「網羅」という言葉が何度もしつこいくらい登場します。それは僕の「実現力」をただ読むものとして捉えるより網羅するものと捉える方がより最後まで高確率で読むことができ僕の「実現力」が多くの価値を提供できると考えたからです。

実際僕の「実現力」が語る8つのメイン実現力、2つのサブ実現力、それらをまとめる形の実現モデルプラン力、実現力の進化力と二つの番外実現力と最後に綺麗事で背中を押す意味合いの諦めない綺麗事力の15の実現力を全て網羅すれば、実現確率と何かを実現する地力に飛躍的な成長が保証できるのは間違いありません。ぜひ15の実現力を網羅しようという心意気で最後まで読み進め飛躍的な進化を遂げてください。

 

 

 

17/17思考と想像をコントロールする具体的な術を提示していない

 

思考と想像を自分が希望する方向に方向付けられるかということは、人が何かを実現しようとするときにもっとも根本的でもっとも影響力を発揮する部分でしょう。

そしてもちろん思考や想像が人が人生をつくるにあたってもっとも大切なものであるということはあらゆる本によってすでに言われています。

「思考は現実化する」は一冊を通じて多くの例を通じて「考えることが実現するのだ」と言われて終わりますし、世界で五千万部を売り上げたベストセラー小説「アルケミスト」においても「ほとんどの人は、世界を恐ろしい場所だと思っています。そしてそう思うことによって世界は本当に恐ろしい場所へと変わってしまうのです。」という言葉が登場します。

しかし世界においてベスト10に入るベストセラーになったその二冊は結局のところ

「それならば恐れをどうコントロールし希望に変えるか、どのように自分が実現したいことを想像し続けるか」

という思考と想像をコントロールする術を提示することができていません。

アルケミストにおいては兵士に捕まり窮地に立たされた主人公サンチャゴとサンチャゴが自分を風に変えることができると主張する錬金術師の間で以下のようなやりとりがなされます。

錬金術師「恐怖に負けてはいけないよ」

サンチャゴ「でも、僕はどうやって自分を風に変えればいいか、わからないのです。」

錬金術師「もし自分の運命を生きてさえいれば、人は知る必要のあることをすべて知っている。だが夢の実現を不可能にするものがひとつだけある。それは失敗するのではないかという恐れだ。」

このやりとりを見て「いいこと言うわ」とは筆者は思えないのです。むしろ錬金術師は答えていないじゃないかと思うわけです。

つまり恐怖をどうコントロールすればいいかわからない人に向かって恐怖は必要ないしそれに負けてはいけないよというのはやはりできない人にできることが大事だよと言っているに等しいのです。恐怖、失望、焦燥、不信、実現を阻む考えは多く存在します。しかしそれらはそれらが必要ないし克服すべきものだと考えるだけでは克服することはできません。

心がけで変えられない以上技術が必要なのです。そしてその技術が身につかないならば安定した実現は望めません。思考や想像が行動の前にそれを決定づける活動として行われる根本的なものである限り、それをコントロールする技術も実現にとって根本的な技術なのです。

僕の「実現力」は主に「触れる情報力」編で語っているように思考や想像を自分が頻繁に触れる情報を変えることによって変えるという方法論を語ります。これまでのいかなる本よりも僕の「実現力」が一人の実現を支え続けることができると筆者が信じるのはこの「思考と想像のコントロール技術」を提示できているからということに大きく由来します。

僕の「実現力」のことは一旦おいておいて、「思考が大事」「恐れは危険。いらない」「望めばそれは手に入る」という言葉に対して「いいこと言う」で終わらせないことをお勧めします。たとえそうだとしてもし思考や恐れや望みをコントロールできないなら「思考は現実化する」なんて言葉は結局人生は自分でコントロールできないと言われているに等しいのです。

僕の「実現力」の方法論も含めぜひ「思考と想像をコントロールする自分なりの方法論」を育ててください。それを育てるならばもっとも根本的な次元において人生がより自由になるはずです。

それでは実際に理論網羅編に入っていきます。筆者はおそらく流し読みも含めて100冊以上の自己啓発本を読んできましたが、その知識を踏まえて、僕らが飛躍的に進化しその先で自分が実現したいことを実現するにはこれだけは知っておきたということを最低限書いたつもりです。

それぞれの考え方について関連書籍でさらに深めていくということももちろん結構ですが、結局のところ優先順位がつけられず、知っている知識なり理論をすべて行動レベルに落とし込めもせず浅くなるのが一番危険なので、この理論力編を理解したら僕の「実現力」の実践力編で実際に今日からでも行動を始めていくことを僕の「実現力」はお勧めします。

 

まとめ

 

今回の記事では、

【自己啓発本の効果って?】良い習慣が身につかない9つの理由まとめ

というテーマでお話ししました。

(1/9) 文章や物語の形式と体裁を整えることに焦点が当てられている

(4/9) ソースや裏付けに無駄に説明を割いている

では、自己啓発本の形式や裏付け、例示などにこだわってしまっているがゆえに、内容が薄くなってしまうことを指摘しました。

(3/9) 解決策の優先順位が欠落している

(9/9) 思考と想像をコントロールする具体的な術を提示していない

では、読者が方法論として吸収する際のフレームワークまで、配慮されていないということを指摘しました。

(2/9) 筆者自身の思考錯誤がない専門家の片手間の机上の空論になっている

(5/9) 「すでにある方法論」として書かれており「肉付けして進化させる技術」として書かれていない

(6/9) 絶対的な一つの真実として書かれている

では、よくある自己啓発本に書かれている内容は、著者の傲慢な態度による机上の空論でしかなく、生きた方法論にまで落とし込まれてないことを指摘しました。

(7/9) 最後まで読む気にならない

(8/9) 持ちかえる気にならない

では、本として自信があるとは思えない、「読ませる気」「持って帰らせる気」が起こらないような本が多いことを指摘しました。

 

理想を実現させていくための力=「実現力」を鬼進化することで

ことで飛躍的に人生が鬼おもろくなる余地しかない。

僕らの実現力=実現の技術を鬼進化させる無料電子書籍「実現力」

発売開始から一週間で1,000ダウンロード超え、アマゾン電子書籍総合無料ランキング20位から10位の間に7巻分入り込んだ一時期は一日600ダウンロードもさ

れていた我ながら鬼進化を提供できるだろう力作です。

人生はカンニングし放題ためし放題。

一年越しで一生一人の実現を支える本として世界一のものを目指して時には泣きながら書きました。

70万字を10巻にわけていますが全巻無料で鬼進化できるのでよければどうぞ。

https://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=カタカナ&url=search-alias%3Daps&field-keywords=無料%E3%80%80実現力

「実現力」を高めるためのメルマガコミュニティも運営しているので、

「実現力」を鬼高め、飛躍的に自己を進化させた先で

理想を実現させていきたいという方はぜひ登録してみて下さい。

また他にも実現力に限らず一つの自由力

その中でも特に

一生一人で食っていくのに困らない情報発信ビジネス(ネットビジネス力)=経済的自由力

を鬼進化するための参加者一千人越えの無料メルマガコミュニティ

「School Of Free Life」を運営しています。

まず初めとしてPC一台で一生自由に食うに困らない力=経済的自由力を鬼進化できる10万字(本一冊)程度の講座を人生を鬼おもろくする通過点として共有

中。
死ぬ前に後悔しない人生を創ることへの鬼進化のきっかけになれば幸いです。

 

「PC一台自分のビジネスを持って1日2〜3時間労働で一生食うに困らない力」
をあくまで「経済的自由力」という自由力の一つとして自由の側面に位置付け
それを含む五つの自由力
内観的自由力
→自分の向き不向き好き嫌い経験を知って自分だからできることを知って人生の方向性を決める技術
内面的自由力
→感情と思考をコントロールしてモチベーションを維持する技術
行動的自由力
→時間管理、行動自律、方法決定など目標に向けて行動を最適化する技術
情報的自由力
→必要な情報をインプットしセルフイメージをつくり、独自のアウトプットをして価値を生み出す力
経済的自由力
→ビジネスの知識としての一生食っていくのに困らない力
の五つを進化させて
自分だからできる度合いを向上させることで
自由なんかはあくまで通過点に置き死ぬ前に後悔しないような充実した人生を創ることを目指す。
そして最初からそこを目指すことが結局自由への近道でもある。
そんな理念で人生をより面白くする無料メルマガコミュニティ「School Of Free Life」を運営しています。
まず初めとしてPC一台で一生食うに困らない力=経済的自由力をつけるべく10万字(本一冊)程度の講座を共有中。
死ぬ前に後悔しない人生を創ることへのきっかけになれば幸いです。

School of Free Life

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です